射抜かれるのは、ハートかそれとも心臓か。
「あ、おじさん。今日はどういうご用件でしょうか?」
会社の入り口から入ってきた俺に、今日は出勤日だったらしい受付のアシュリーちゃんが気づいて声をかけてくれる。
最近は毎日のようにこの会社に来ているので、社員と間違えられないか心配だ。
「いや、大した用でもないんだが」
「用もないのにアポなしで会社に遊びに来たんですか、そうですか。ではお帰り下さいませ」
さして興味なさそうに俺の前振りを遮って、アシュリーちゃんはたっぷり三秒間お辞儀をしてから顔を上げる。
「ごめん。本当は盾石のオッサンに頼みごとがあって来たんだよ」
「頼みごと? お金の相談なら今の社長にはするだけ無駄かと思いますよ、この有様ですし」
アシュリーちゃんは、言いながら木の板が打ち付けられた天井に目を向ける。
「いや、金のことで来たわけじゃないんだ」
昨日、報酬を受け取ったばかりなので財布はホクホクである。
「じゃあ、なんの用で来たんですか」
アシュリーちゃんは面倒くささを隠そうともせず不満げに尋ねてくる。
興味ないからって容赦ねえなぁ、この子。
「実は俺、家を追い出されちまってよ。寝泊まりできるところを探しに、真っ先にこの会社に来たって訳なんだよ」
「え? 私初めて見ました。ちゃんとホームをレスした方を」
「うん。別に俺ふざけてるわけじゃないよ? 今回は割と本気で困ってるよ」
「冗談はさておき、今回は少しかわそうではありますね。町も救って会社も救ったのになぜ追い出されてしまったのですか? セクハラですか?」
「ちげえよ! なんで俺がセクハラなんてすんだよ!」
一切身に覚えのない言いがかりに対して、俺は大声で反論した。
「斉藤様。では私と話しているときに、たびたび視線が下がるのはなぜなのか聞いてもよろしいですか?」
「それはすみませんでした。以後、アシュリーちゃんの視線が外れた時にするよう気つけます」
「おや、謝られてると思った時には、すでに開き直られていましたね」
アシュリーちゃんは特に気にした風もなく、肩を竦めて微笑を浮かべる。
しかしまあ、不快な思いをさせるのは俺も不本意だし、次から気を付けておこう。
「大家に言われたんだよ。化け物だからなにを救ってようが、隣人として暮らすのはごめんだってさ」
「それは……確かに腹が立ちますね」
アシュリーちゃんは珍しく瞳に苛立ちを宿して自分のことのように怒りを露わにする。
というか、俺の怒りが他人事のように見えるほどに静かにキレていた。え、怖っ。
「ですが、この会社も復旧作業で手一杯ですので、今は寝泊まりなどは難しいと思います」
「そうか、確かに邪魔しちゃわるいしなぁ。アシュリーちゃんありがとな、他あたるわ」
となると、次はネカフェかカプセルホテルだな。あれって連泊したらいくら掛かんだろう。
「待ってください」
「ん? どうしたアシュリーちゃん」
そんな次に行くところを頭に羅列しながら床に置いていたボストンバッグを肩に担ぎなおし、立ち去ろうとした俺をアシュリーちゃんが呼び止める。
「会社に泊まるのは無理ですが、この前のお詫びもしたいですし……私の家でよければ来ていただいても構いませんよ?」
机に身を乗り出す勢いで受付台に手をついたアシュリーちゃんが、頬を赤く染めて上目遣いで見上げてくる。
「そりゃありがたいな。ちょうど話したいこともあったし、よろしく頼む」
いつもと様子がおかしいアシュリーちゃんの願ってもない誘いに、俺は一瞬の迷いも挟まずに即答する。
断る理由などある訳がなかった。
「そうですか、嬉しいです。では私の仕事が終わる時間まで待っていてもらってもよろしいですか?」
もちろん、家に上げてもらう身なのだからそのくらいはお安い御用だ。
「ああ、構わないぜ。じゃあその辺で時間つぶしてくるから、終わるのは何時くらいなんだ?」
「今日は午後五時までなので、その時間になったらロビー集合ということで」
「了解。じゃあそれまで煙草でも吸って待ってるな」
時間も決まって会話が終わったと思ったところで、アシュリーちゃんはまだ何か言いたそうにこっちを見ている。
「もしかして、煙草の匂い嫌いだったか?」
「いえ、それはいいですけど、一応気を付けてくださいね? おじさんはブラック・パージの方々に狙われているんですから不用意に外は出歩かないでください。もちろん目立つ行為も、です」
「まあ、大丈夫だとは思うが一応気を付けておくよ。じゃあ、またあとでな」
忠告をしてくれたアシュリーちゃんに別れを告げ、外に出て会社の屋上へと跳んでいこうとして……
ついさっきされたばかりの注意を思い出し、非常階段で上へと向かう。
さすがに階段で五階まで上がるのは少しばかり時間がかかった。
まあ、今は時間をつぶさないといけないわけだし、ちょうどいいか。
到着した屋上には誰も居らず、見上げた空を遮るコンクリートの箱はこの高さには一棟もなかった。
俺は、出来合いの木の板で穴を塞がれている屋上を見渡した。
血の跡もあの日の戦いも過去の風景になったここで、あの夜散った吸血鬼のヨハンの最後の言葉を思い出しながら煙草に火をつける。
「あーあ、やっぱ……うめえなぁ」
そして、思い出したばかりのそれを無理やり吹き消すように白い煙と共に空へと吐き出した。




