最強の男の最悪な目覚め。その四
「それにしても、あなたって凄く頼もしい方なんですね。私、頼れる方って素敵だなぁって思います」
抱き止めた彼女が喋るたびに、吐息が首筋にかかって妙にくすぐったい。
「まあそうなんですよね。こう見えて少しばかり腕には自信があります」
俺はここぞとばかりに自慢げに、彼女に告げる。
「そうなんですかぁ? それは、ますます興味が唆られてしまいますぅ」
吐息混じりな甘ったるい猫撫で声を耳元で囁かれ、俺の中で一つの感情が膨れ上がる。
「自慢じゃないが、俺にかかれば人間はもちろん大抵の化け物は一捻りですからね」
「そうなんですかぁ。それは見てみたいですぅ」
「そうですね。是非見てほしいです」
非常に勿体ないが、言いながら驚く彼女の魅惑的な身体を引き剥がすと、俺はニッコリと笑いかけた。
「牙を向けた相手が悪かったな。でも、悪い奴にはお仕置きが必要だろ?」
肩に手を置いたままで、俺は口元を吊り上げた笑顔で吸血鬼の紅い瞳を覗き込む。
「チッ。せっかく痛くないように殺してあげようと思っていたのに」
「そりゃお優しいことで。俺は思いっきり痛くするつもりだけどな」
「ちょっと腕に覚えがあるくらいで、人間ごときが図にならないで!」
吸血鬼の鋭い爪が顔に当たる。が、傷一つ付かずに肌の上をすべっていく。
「そんなっ!?」
まるで、撫でられたような気分だ。
吸血鬼は驚きに目を見開き、追撃の手が止まる。
俺はその隙を逃さない。
吸血鬼を黒い布にもう一度包みなおし、トランクの扉を蹴飛ばして車外に放り投げる。
「おい、今はあまり動かない方がいいぜ? そのまま布から出たら陽の光に当たって灰になるぞ」
陽の下でジタバタ暴れる吸血鬼へ長生きの忠告。
優しさからではなく、灰になられたんじゃ討伐の証拠が無くなっちまうからな。
そんな布を見下ろす俺の元に、騒ぎを聞きつけた野次馬かただの暇人かは定かではない。
フードを目深にかぶった人影が背後からこちらに近づく。
「おい、あんたここは危ねえから──っ」
「エリナ!?」
男は俺を素通りすると、地面に転がっている黒い布に向かって話しかけた。
「え!? その声、ロイなの?」
吸血鬼の方も声を聴くなり、布越しでもすぐに反応する。
知り合いだったのか。
「どうしてこんな所に居るんだ? 心配したじゃないか」
「ごめんなさい、でも……」
「もしかして、また僕の為に人間の血を無理矢理集めていたのかい?」
どうやらただならぬ関係の様で。しかも男の方も吸血鬼のようだ。
「おい、あんたこの女吸血鬼の恋人か何かか?」
「ごめんなさい。でも、あなたが飢えに苦しんでる姿を見ていたら、私いても立ってもいられなくって!」
俺の質問は、女吸血鬼の必死な声音によってかき消された。
そして、エリナと呼ばれていた女吸血鬼は、布で身体を覆いながら目に涙を浮かべて立ち上がる。
「分かってる。君が悪気がないことなんて、ちゃんと分かってるよ。僕は君を愛してるんだから」
何故か、突然愛の告白をしている男吸血鬼に俺はもう一度聞く。
「おい、あんた。この女の知り合いか?」
「そんなの、私だって愛してる」
しかし、もう二人の瞳にはお互いの姿しか映っていないのか。
心底どうでもいい会話が目の前で交わされていく。
「いや、僕の方が愛してる」
そして、なぜか彼女の愛情を上回ろうとする男吸血鬼。
「ううん、私の方が愛してる!」
それに、応戦する女吸血鬼。
このまま殴り合いに発展すればいいのに……
「ありがとう! じゃあ、これでおあいこだね」
どれで? 何のおあいこなんだよ。
「うん! ……帰りましょうか」
不毛な会話を披露すると、吸血鬼のバカップルはビルとビルの隙間。
裏路地の闇へ向かって消えていく。
終わったなら、せめて質問に答えてから行けや!
一部始終を目の前で披露され、呆然と眺めていた俺はくさくさとした気持ちで財布を開いた。
そこにはペラペラと真顔で微笑むおっさんの姿。
所持金を確認した俺は、目的地を目指して、虚しい風の吹き抜けた道で一歩踏み出して立ち止まる。
「……寂しくなんかねえぞ!!」
「うっせえぞ!」
「はい!」
横の家から飛んできたじじいの怒号に返事して、俺は今度こそ勢いよく走り出す。




