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しばしの休息、取り戻した日常。その四

煙草を買いに家からすぐそこの自販機から帰ってくると、マンションの入り口に知った顔のおっさんが立っていた。


服の上からでも分かる大きく出たお腹まわりに、年月やストレスなどに奪われた頭髪。


この中年ど真ん中のおっさんこそ、このマンションの大家だ。


「あ、大家さん。どうも」


仲が良いというわけでもないが、会って挨拶もしないのはマズいか。


とりあえず俺は、目が合った大家に軽い会釈をしておく。


今度家賃の支払いを待ってもらうときに困るしな。


「ああ、斉藤さんお出かけかい?」


「まあ、ちょっとそこまで煙草を買いに行ってただけですけどね」


「そうなのか。君に話があってきたんだけど、五階の部屋まで行くのは疲れてしまうからちょうどよかったよ」


このマンションはエレベーターが無い。


だから、一般的な人は五階までの昇り降りなんて、できればしたくはないだろう。


「話ってなんですか?」


先月の家賃なら盾石のオッサンに借りた金で既に払ったはずだが。


「いやぁ、近隣の方から君を追い出すように頼まれていてね。だから……明日までにうちの物件から出て行ってくれるかい?」


「は? いやちょっと待ってくれよ大家さん。なんで急にそんな話になってんだよ」


「なんでって、君が四日ほど前の昼間に家の屋根を飛び越えてどこかに向かうのを見たって聞いてね。僕も最初は半信半疑だったんだが、今朝テレビを見ていたら君が吸血鬼を素手で退治したってニュースを見たんだよ」


優子ちゃんが言っていた例のニュースか。


まあ、悪意的に報道されてるわけじゃなさそうだし、ほっとけばそのうち皆忘れんだろ。


「ああ、自分で言うのもなんだが町を一つ守ったってのに、なんで俺が出て行かなきゃならないんだよ」


俺の言葉に大家は露骨に眉をひそめる。


「うーん。別に君がどこの何を救おうが勝手なんだけどねぇ。化け物を素手で退治するような隣人がいたら誰だって怖いだろう? だからわかってくれよ。その代わり今月の家賃は払わなくていいから」


なるほど、要するに化け物を素手で退治した化け物をうちに置いておくわけにはいかないってことかよ。


「一応言っておくと、俺には人間を襲う趣味なんてねえぞ?」


「うーん、僕もそう言ったんだけどねぇ。やっぱり皆さんは怖いみたいなんだよねぇ、化け物と同じ建物で生活するのはさ」


なかなか首を縦に振らない俺にしびれを切らしたのか、大家の口から余計な本音が溢れた。


「化け物? そりゃ俺のことを言ってんのか、大家さんよぉ」


「そら見ろ! 今自分の言うことを聞かない僕のことを殴ろうとしただろ!?」


言葉とともに俺が少し目を細めた途端。大家は大袈裟な反応で周囲に響き渡るほどの大きな声で騒ぎ始めた。


「んなことしねえよ。やろうと思ったら喋らす暇もなくやってるよアホ」


大家の声を聞いた近隣住民たちが、何事か様子を見るため窓から顔を出す。


おそらく大家の狙いはこれだろう。


こうなると大家に言ったことが嘘か誠か分からない多数に見られている以上、従わずに言い返せばここだけ切り取って見た近隣住民からも疎まれてしまう。


それに、この大家の言ってることが間違っているかといわれるとそうでもない気がする。


俺のような隣人がいたら怖いというのも理解はできるからな。


「わかったよ。出ていきゃいんだろ準備するから待ってろよ」


勝ち誇った笑みを浮かべる大家の横を通り過ぎて、俺は仕方なく自分の部屋へと向かう。


部屋の玄関を開けると、相変わらずビールの空き缶と脱ぎ捨てたままのTシャツだらけの光景が広がっていた。


まあ、数分前も見ているので当たり前なんだけど。


俺は、部屋の奥にあるクローゼットを開け、くしゃくしゃになっているボストンバッグを取り出し荷物をまとめる。


まとめるといっても、俺の持ち物なんて着替えと携帯電話くらいで、家電は洗濯機と機嫌が悪いと映らないブラウン管のテレビ、それと何も凍らせない冷蔵庫くらいだ。


持っていくものなどあまりないし、俺はおんぼろ家電以外のものをバッグ詰め込む。


最後に、荷物を減らすためにくたびれたジャケットを羽織って部屋を出た。


これ以上、ここに長居しても胸糞が悪くなるだけだ。


「さて、これからどうすっかなぁ」


マンションの入り口に出ると、自然とつぶやいていた。


こんな気持ちは五年前、この町に来て以来かもしれない。


立ち尽くしてこれからの事を考えるが、自宅以外に無料で寝泊まりできそうなところなんて一つしか知らない。


とりあえず俺は、盾石のオッサンの会社に向かうことにして歩き出した。

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