しばしの休息、取り戻した日常。
聞こえてきた声に返事をする為。俺は気持ちを切り替えて、まぶたを開く。
そこには真っ先に映る、視界いっぱいの盾石のオッサンの顔面が広がっていた。
「うぉぉっ!? びっくりすんだろ! 何してんだ、この強面ゴリラ!」
「てめえ……それが三日間も社長室で寝こけてた奴の吐くセリフか? まずは恩人にありがとうございますだろうが、このタコ」
それを聞いて、不意に自分の身体を確認すると腹に巻いていた包帯も真新しい白いものに変わっていた。
「オッサンが看病してくれたのか、そりゃ世話かけたな」
「本当だよ。お前みたいな超人を病院に連れて行く訳にもいかねえから、ここに寝かしといたんだよ、感謝しろ」
悪態をつきながらも、オッサンは腹を空かした俺に顎が外れそうな厚さの肉が挟まれたカツサンドを投げてきた。
しかも二個。
これも優しさかと思ったが、起きぬけにカツサンドは嫌がらせかもしれなかった。
それにしても、三日間も寝てたってのは我ながら無茶したと痛感する。
「朝からこれはさすがにキツイだろ、オッサン」
「あぁ? お前なに馬鹿なこと言ってんだ。今は午後の九時を回ったところだよ」
盾石のオッサンの言う通り、窓の外へと目を向けるともう街はすっかり眠りについていた。
固いソファの上で身体を起こして大きく伸びをすると、凝りに凝り固まっていた所為か、全身が骨を噛み砕いたような音を上げた。
一瞬、骨が一本一本折れているのかと思って、ゾッとする。
「ほらよ、報酬だ」
盾石のオッサンが、さっき貰ったのと同じ十万の入った封筒を、カツサンドを頬張っている俺に雑に放り投げてくる。
「おう、まいどあり」
「わるいな、今回に関してはオレの会社どころかこの灯京を救ったと言っても過言ではないんだが」
「いや、気にすんなよ。これだけありゃ今月はしのげるし十分だろ」
いつもは冗談で少ないとか言うところだが、会社に空いた一階から天井まで貫く大穴を見ながらギャラ交渉とか、さすがに鬼畜すぎる。
「そう言ってもらえると助かる。隊員達も少し血を抜かれただけで軽傷だったとはいえ、皆昨日まで病院のベットの上だったからな。任務に出動できるようになったのも今日からって状況でな」
加えてここの修繕作業で忙しいということは、俺とヨハンの戦いは終わっても盾石のオッサンの戦いはここからのようだ。
「まあ、辛気臭い話はこの辺にして。剣、良いニュースと悪いニュースどっちから聞きたいか選ばせてやる」
突然、そんなこといわれても今は良いニュース以外は耳を塞ぎたい気分なんだけどなぁ。
「いや、どっちも選びたくねえし本当に良いニュースなんてあんだろうな」
「じゃあ、悪いニュースからだな」
オッサンは俺の質問を無視して、会話を続ける。
「ああ、もうどっちでもいいから勝手に喋れよ。俺は早く三日ぶりに自宅の布団で寝たくてたまんねえんだよ」
「今回の事でゴルドール・リーマンの会社との協力関係を結ぶのは無理になった」
「あーそれは悪いな」
「そんなことは気にするな。元々吸血鬼生け捕りをしている奴らなどオレの会社の踏み台にしてやろうとしていただけだ」
あの時、ヨハンを生け捕りにしていればまだ交渉の余地は有ったかもしれない。
だけど、アイツの最後の一言を聞いたら、そんな損得勘定よりも先に身体が動いていた。
ブラックパージとの提携は俺にとっても旨い話だっただけにやってしまった感はある。
だからって、後悔などしていないけれど。
「それより不味いことになっているのはお前の方だ。お前、ブラック・パージ社の隊員達に完全狙われる立場になってるぞ」
盾石のオッサンは自分の話の時より深刻そうに言う。
「おいおい、マジかよ。賢者が直々に俺を狙ってるってことか」
そうなってくると、さすがに荒野にでも行かないと戦闘の巻き添えを喰らう犠牲者が出てしまいかねない。
「いや、恐らくまだリーマン氏まで話は届いてはいないはずだ。賢者は基本的に自然の多い森にしか住んでいないからな」
ああ、そういえば生き物や植物のような魔素を生み出してくれるものが多く存在している場所にしか、賢者は住まないんだっけな。
それ故、正確な居場所も特定するのに苦戦している。
「それに最初の吸血鬼こそお前に邪魔されて生け捕りに失敗しているが、後の二匹に関しては駆けつける間もなく退治されている。一応吸血鬼を主に取り扱っているとは思えない会社の失態をリーマン氏に伝えているとは思えん。おそらく今の段階ではお前に会社をぶった切られた者たちの独断だろう」
「なるほどな。なら、わざとじゃないし話し合いで解決とか出来るんじゃないか?」
「もしも、昨日ここに来た完全武装した黒服たちが話し合いに応じてくれそうだと思うなら説得を試みたらどうだ? 一応、お前の居場所はすっとぼけといたが」
「ありゃありゃ。そこまでしてるなら、一回大人しくしてもらってから話し合うしかねえか」
俺がこれからのあまりの面倒くささにため息を吐くと、盾石のオッサンが鼻で笑いながら話を続ける。
「それで、良いニュースっていうのが一階にお前のお客さんが来ているぞ。もうだいぶ待たせてしまっているから早く向かった方がいいかもしれんな」
と、オッサンは他人事のように言う。
「あんたが長々と話しこんでたんじゃねかよ!」
俺は社長室の扉から出ようとして、めんどくさいので部屋の中央に空いた一階まで直通の穴から飛び降りて退室した。
「きゃっ!? え、斉藤さん今どこから現れたんですか?」
飛び降りてきた俺に驚いていたのは、砂ぼこりから腕で顔を隠してこちらをのぞいている優子ちゃんだった。
「優子ちゃん、なんでこんなところに居るんだよ?」
突然訪ねて来た優子ちゃんは、飛び降りてきた俺の姿を見て安心したように笑った。




