仕組まれた罠。血鬼四夜、最後の吸血鬼。その七
盾石のオッサンに撃ち抜かれた傷口はすぐに塞がることはなく、ヨハンの胸には銀の弾丸が通った道が、ぽっかりと空いたままになっている。
「おじさん、人間のくせにやるじゃん」
「そういうお前は、吸血鬼の割には弱かったな」
皮肉で言ったオッサンの言葉通り、こいつは何かがおかしい気がする。
いくら二対一になったとはいえダイナーより格上の吸血鬼にしては弱すぎやしないか?
俺が吸血鬼に慣れて弱く感じているだけかもしれないが、あっさりと終わりすぎて達成感がない。
得体の知れない焦燥が、俺を襲う。
「おい、オッサン。さっきの杭、俺に貸してくれ」
胸騒ぎが感じる俺が、早急にとどめを刺すため白木の杭を受け取ろうとオッサンに呼びかける。
「いや、あれならこの吸血鬼の術から間一髪で逃れた時に壊れちまったから。別のを武器庫から持ってくるつもりっ――」
ヨハンを挟んで喋っていた盾石のオッサンの声が、目を見開いて唐突に止まる。
「ねえ、剣。僕がどうしてここにいる弱弱な人間たちを一人残らず、あと一歩のところで生かしておいたのか分かる?」
ヨハンが盾石のオッサンと俺の前から一歩ズレる。
そこには、背中からミミズのような肉の管が生え。ヨハンが撃ち抜かれた場所と同じ、オッサンの胸に突き刺さっていた。
「全員、おいしく食べるためだよ」
ヨハンは見開いた目で囁かれた言葉と共に、背中から生えた無数の肉の管が放物線を描いてあちこちに倒れている隊員たちに突き刺さっていく。
「てめえ……っ!」
「ああ、身体が幸福で満たされていくのを感じるよ。やっぱり食事はこうでなくっちゃね!」
管が繫がった二十人ほどの隊員たちからヨハンが血を吸い上げ始めると、一瞬で身体の傷が消え、胸の穴もすぐに塞がっていく。
「ふざけんてんじゃねえ!」
盾石のオッサンや隊員たちが搾りかすのミイラになる前に、俺は血の味にご満悦そうに目を閉じて堪能しているヨハンのムカつく顔面を狙って、思いきり殴りつける!
霧になると踏んでいたヨハンは殴られた衝撃で上半身を勢いよくのけぞった。
が、逆にいえばそれだけで足元は微動だにせずそこに張り付いている。
「痛いなぁ。インターバル中は攻撃しないのがマナーじゃないの?」
ヨハンはすでにきれいに治った顔で不満げに抗議してきた。やかましいことこの上ない。
早いとこ、こいつをここから遠ざけなくては隊員たちの命が手遅れになる、マナーなど知るか。
「ウラァァ!」
めげずに腹を叩いてみるが、ヨハンはその場でくの字に曲がるだけで足が床から離れる気配は微塵もない。
「ぐっ! ダイナーは血の遠隔操作と複数の結晶化が上手い奴だったんだよねっ。でも僕はそういうのはできなくてさぁ」
「んなどうでもいいこと言ってる暇があったら、さっさと吹っ飛びやがれ!」
ヨハンは殴られながらもよく分からないお喋りを継続する。
「僕にもダイナーが最後にやってた奥義みたいなのが一応あるんだよねっ。剣、ここまでよく頑張ったね」
ヨハンが、にっこりと爽やかな笑みをこぼす。その瞬間、俺の中で静かに膨らんでいた怒りが一気に弾けた。
「血の呪文<血の――――」
「させねえよ!」
突き刺す勢いで踏み込んだ足で床が割れ、ロビー中に振動と共にひびが広がっていく。倒れた隊員たちには心の中で頭を下げておく。
床が割れた拍子に、ヨハンの足から生え、地に突き刺さっていた血結晶の杭の様なものが地面から抜けるのが見えた。
「これ以上、テメエらに誰の日常も奪わせはしねえんだよ! 俺はっ!!」
自分を大地につなぎとめてくれるものを失ったヨハンを魔法陣を無視して、回転を加えたアッパーで打ち上げる!
そして、俺は夜空の果てに向かう前に膝をついて動かない盾石のオッサンに向かって、夢の中にまで届くように叫ぶ。
「おい、盾石! 聞こえてても聞こえてなくても、なんでもいいから武器庫にある剣を持ってきやがれ! もう眠いって言うんなら寝とけばいいけどな!」
俺の声に、オッサンが顔だけをこちらに向ける。
「誰に口きいてんだ剣! てめえの事をぶった切りに必ず持って行ってやろうじゃねえか!」
もう用事のなくなった俺は逆立ちになり手で踏み込んで、空中にふらふらと打ちあがったヨハンに真下からのドロップキック喰らわせる。
その勢いで一階二階とぐんぐんと昇っていき、屋上まで到達した。
きれいに着地した俺とは対照的に、蹴りで連れて来られたヨハンの方は屋上に受け身も取らずに落っこちて、寝そべっている。
「また死んだふりか? あんな不意打ち俺には通じねえぞ」
「あっはっはっは! すごいね剣、まだそんな力残ってるんだね」
自分でも不思議だが、怒りのせいか今は痛みをほとんど感じていない。
「お前が魅了で操ってた男どもにトラウマを植え付けられて、少し暗い道を歩くのも恐ろしい子もいるんだ。俺は人の為に戦うってガラじゃねえが、お前のやったことは俺が許せねえからここでぶっ飛ばす!」
それに、昔から女の子には優しくしろって言われてきたからな。
「あーうん。そっかぁ……まあ、そんなんどうでもいいから殺ろうよ!」
ヨハンは、俺の言葉にどう反応していいか分からない様子で答えた。
「お前……なんか隠してんのか?」
「うーん。それを言わせたかったら、僕を倒してからにしなよ」
「やっぱ、そうなるか。まあいいや、他に聞きたいこともあるしな」
「じゃあ本当はみんなまとめて殺っちゃうつもりだったけど、剣一人に使っちゃうね!」
ヨハンが何をするつもりか分からないが、もちろん黙ってやらせてやるつもりもない。
俺はヨハンが呪文を唱えるよりも先に攻める。
霧散して避け続けるヨハンに連打の手を緩めることなく霧を殴り続ける。
どちらにとっても有効打に欠ける攻防が続いたが、やはりこれでは終わってはくれないらしい。
霧が屋上の外へと流れていき、そのまま逃げるのか警戒して追いかけようとした時。ヨハンの姿が空中に現れた。
「血の呪文<血の巨人の剣>」
そして、ヨハンの声に答えるように。天に向かって掲げた掌の上に出現した巨大な魔法陣から、さっき出した二メートルの大剣が爪楊枝のように見えてしまいそうな、十メートルの巨大な剣を創り出した。
「この剣は見ての通り、創り出した僕でも一振りしかできないから避けてもいいよ」
俺が避ければ、この会社は崩れ去り一階で倒れている隊員たちがひとたまりもないと分かって言ってやがるな、コイツ。
とはいえこのデカさを真剣白刃取りで止めるのは、"この身体"ではさすがに無理か。
ヨハンの剣の結晶化が終わり、振り下ろす寸前。屋上の扉が騒音と共に勢いよく蹴破られた。
「おいコラ剣! てめえの注文通り武器庫にあった銀の剣を持ってきたぞ! って、なんじゃこの馬鹿でかい剣は!?」
「オッサン、いいところで来たな! その剣、そっから投げてくれ」
全てを説明せずともこの光景だけで緊急事態だと理解したオッサンが慌てて剣をこちらへ投げる。
猛威を奮って迫る巨大な剣が俺の視界を覆う。それはまるで、この世の終わりを間近で眺めているような凄まじい光景だった。
剣を振るのは十年振りくらいになるが、これはいつものように抑えすぎて力加減を間違えるとこちらが切り潰されてしまいそうだ。
俺は全力の一振りで迫りくる十メートルの大剣へと左腰に携えた剣を鞘から一瞬で振り抜く。
時間が止まったかと錯覚するような一瞬の後――――
砕けた巨大な剣がキラキラと光る欠片へと変わり、辺りを赤い星が包み込む。
一緒に切られたヨハンの上半身と下半身が別々に地に落ちたのを視界に納めながら、俺は横一線に振り抜いた、すでにボロボロの剣を左手の鞘に納める。
「今度こそ勝負はついたと思うが、まだやるか?」
「ううん、僕の負けだね。ずっと何のために生き続けているのか忘れてた、でも今思い出したんだ」
「思い出した?」
二百年も生きてりゃ忘れることの一つや二つあるだろうがいったい何を思い出したんだ。
「僕は母さんと父さんに早く会いたくて、死ぬために戦ってたんだ……きっと、二百年間この日を待ってたんだと思う」
ヨハンはあどけなく笑うと深呼吸をして、敵である俺に最後の言葉を口にする。
「剣、僕を殺してくれるかい?」
答えは決まっている。目の前に救いを求めてる奴がいるなら俺の出来ることならやってやる。
「ああ、すぐに両親に会わせてやるよ。それがお前の幸せならな」
そう言って、オッサンの方を向こうとした俺に、盾石のオッサンは何も言わずに白木の杭を胸に押し付けてくる。
「……わりいな」
「礼などいらん。オレは化け物が減るなら何でもいいだけだ」
妙な喪失感を覚えながら、おっさん同士で勝利の一服を味わい少し離れた場所に立つビルを眺める。
「あれがリーマン氏の会社だ」
「え、意外と近くに建ってんだな……」
「勘違いするな。あのうちよりデカい会社はただの一支部なんだよ、本社はテーマパークほどの規模があるらしいぞ」
ハッハッハッハ、と隣の盾石のオッサンが無駄にデカい声で笑った。
「なら、あんなもんは速攻で超えねえとな」
俺は今はまだデカい顔をして建っているビルへと、白い煙を吹きかけて宣戦布告する。
視界の中のビルが真っ白な煙で見えなくなり、しめしめとほくそ笑む。
すると、再び視界に現れたビルの最上階は横にスライドするように、音を立てて崩れ出した。
まるで、力の加減を知らない誰かに綺麗に切られたかのように。
「え、おいおい。嘘だろ……」
「おい、剣。化け物の次はてめえを殺してやろうか?」
横にいる盾石のオッサンが感情のなくなった声と表情で言う。
「ははは、今日もオッサンの冗談は面白いなあ。あ……」
「おい、どうした剣? おい! おい!」
オッサンのやかましい声を耳で聞きながら、俺は次の瞬間――
静かな暗闇の世界で、意識が途絶えた。




