仕組まれた罠。血鬼四夜、最後の吸血鬼。その六
吸血鬼の前に立った盾石のオッサンが静かに構え、少し腰を下ろして深く長い息を吐いた。
その無駄のない一連の所作から、どれだけこの動きがオッサンの身体に刻み込まれているのかが分かる。
「あのさ、ただの人間が――」
吸血鬼のヨハンが目の前で構えるオッサンに手を伸ばそうと、微かに肩が動いた瞬間。
パァン! と破裂音のようなものを響かせて、オッサンの掌底がそれ以上の動作を阻止する。
「驚いたか? クソ吸血鬼。この籠手はお前たち化け物と戦うためにうちの開発部の皆が作った、名をシルバーガントレットという対怪物装備だ」
まだ試作品だがな、と盾石のオッサンは付け足した。
「はっ、おじさんまさか僕とパンチで戦うつもりなの? あんま……ナメるなよ」
ヨハンの顔から、さっきまでの無邪気な表情が消えオッサンを真顔で睨みつけた。
これに関しては俺も吸血鬼に同意せざる負えない。吸血鬼相手に、いくら手足を厳つい銀のプロクターで守っているからといっても素手で戦うのは無策すぎる。
やはりオッサンは怒りで状況が見えていない。
いくら銀が化け物に有効だといっても今回は相手が悪い。そんな装備で戦えるのはせめて、最初に出会ったロイという血の魔法が使えない吸血鬼くらいのもんだ。
「おい、オッサン! 悔しいのは分かるけど、ここは俺がやるからオッサンはどこかに隠れといてくれ」
「まったくどいつもこいつも、化け物も化け物じみたガキも言いたいことを言いやがって。人間様の泥臭い努力の研鑽を見くびってんじゃねえぞ!」
盾石のオッサンの怒号と共に破竹の勢いで繰り出す連打が吸血鬼の顔から腹にかけて乱れ飛ぶ!
だが、それでも喰らっているヨハンの方は小突かれいる程度の反応だ。
「もう飽きたよ。僕が遊びに来たのは剣であって、あんたみたいなおじいちゃんは孫にでも相手してもらってよ」
飽き飽きした様子のヨハンが一歩踏み出そうと動き出す瞬間。盾石のオッサンが足を踏みつけて、動きを止める。
「オレがいつ歩くのを許可した? てめえは唯一動かせる口だけでも動かしとけハゲ!」
驚くことにそれから何度ヨハンが攻撃に至ろうとしても、オッサンの牽制が割り込んで身動きが取れていない。
結果、俺もヨハンも予想していなかったが、まるでカンフー映画でいくつかの出っ張りがある木人での修行のシーンにように、動けない吸血鬼を一方的に殴り続ける盾石のオッサンの独壇場になっている。
「くっ、なんだこのおじさん……!?」
「他の本能で動く化け物ならともかく、わざわざ人間と同じ格好をしてくれているお前らみたいのは関節もあり脳で動く。そういう化け物の方がオレは扱いやすいんだよ。馬鹿限定でな!」
その言葉と共に、オッサンが一瞬だけ俺に視線を移す。
おい、誰が馬鹿だよ。くそじじい。
身動きが取れないヨハンは反撃を諦め、背中の羽を広げて強引に飛び立つ。
見上げるオッサンはそんな状況でも、何か秘策でもあるのか、にやりと笑った。
盾石のオッサンが上を見つめて、一直線に羽ばたいていたヨハンの足を、手のひらを空中で合わせて、逃がすことなく掴みとって叫ぶ――――
「人の会社をめちゃくちゃにしておいて、とんずらしようとはいい度胸だなぁ!!」
その瞬間、オッサンの籠手の側面が開き。手首から火炎が噴き出して、まるで火の鳥のように炎の翼を広げて急降下する。
「ウオォォォォォォ! なんだこの機能は――」
その勢いのままオッサンは気合の雄たけびを上げ、足を掴んだヨハンを弧を描いて地面に叩きつける。
「クソ熱いじゃねえかっ!」
あ、違った。ただ横から届く熱風に耐えている苦悶の声だったわ。
オッサンがもう一度手を合わせると、展開されていた籠手が元に戻る。
「クソ吸血鬼が、とどめを刺してやる」
オッサンが腰の両脇に付けた片方のホルダーから取り出した白木の杭を持って、倒れて動く気配のないヨハンの胸へと杭を越しの掌底を振り下ろす。
杭が胸を貫く直前、ヨハンが目を見開いて叫ぶ。
「血の呪文<血の塔>!」
ヨハンの声と共に、五階分の天井をぶち抜いた長大な真紅の槍のような物が、ヨハンの上半身からそびえ立った。
俺が助けていなければ、オッサンは今頃空の彼方で貫かれていたかもしれない。
「はあ、あんなおじさんに血の呪文まで使っちゃうなんて笑われちゃうよ。まあ結局、傷一つ付いてないから無駄な時間だったけどね」
いいや、無駄ではない。
オッサンがここまで戦ってくれていたおかげで、俺の傷は血と包帯ががちがちに固まった状態ではあるが、一応塞がっている。
これなら、もういっちょ闘える!
「オッサン、ここからは俺に任せてくれ。だから、アンタは手は出さずにここで見ててくれ」
俺は不本意ながらお姫様抱っこしていた盾石のオッサンを受付台の裏に降ろして、すでに腹の槍をしまっていたヨハンの方に向き直る。
「……分かった。オレの代わりにあの野郎にげんこつを叩き込んでくれ」
「任せろ。百回は殴ってくっからよ」
盾石のオッサンの悔しそうな声に、俺は勝利を約束する。
「やっと本気の戦いができるね剣。血の呪文<血の大剣>」
ヨハンが魔法陣を展開すると、そこから自分の身長を超える刃渡り二メートル程の大剣を生み出す。
それを片手で持ったヨハンは肩で担いで、構えもせずに立っている。
「本気なら──」
舐められたもんだ。この距離なら一歩飛び込めばふところまで届くってのに。
「準備くらいしておけよな? うすのろ」
滑り込むように低い姿勢でふところに現れた俺に、ヨハンは大剣の柄を腹に引きつけ、水平に構えて言い放つ。
「そんな必要ないよ。だってもう僕の剣のテリトリーの中なんだからさ!」
ヨハンは大剣を水平に構えたまま、その場で勢いをつけて回り出した。
目の前に見えていた刃が俺の脇腹に直撃するのを剣の腹に手をついて一回転目をかわす。
そのまま天地がひっくり返った姿勢で、俺は回り続けるヨハンの剣の上でバク転を繰り返して避け続ける。
数回転したところで、ヨハンは唐突に回転を止めて床に叩きつけた。
「僕の剣の上からから下りろ。この曲芸師」
そして、剣ではなく床に着地した俺が最後に一蹴り入れるが、それは大剣を盾に防がれてしまう。
仕方なく地に足をついたところでヨハンがさっきとは逆回転で回り出した。
「そいつはもう見た技だぜ、ネタが切れたか?」
俺は横から迫る刃を白刃取りの要領で上下から抑えて、回転を止める。
「それによぉ。お前、さっき霧になって回避しなかったな? ダメージの回復と魔法の使用で血が足りてねえんだろ」
さっきの蹴りを剣で防いだ時からおかしいと思っていたが、完璧にかわされた技を二回続けて繰り返した時点で確信に変わった。
コイツはすでにガソリンタンクが空になっている。
「それが分かったからって何だっていうんだよ。次の一撃で剣を切り伏せれば済む話じゃん」
その言葉に対し、俺は腕に全身全霊の力を込めて大剣をへし折ることで否定する!
そして、同時にヨハンの背後で声がする。
「てめえに次なんてもんはねえよ。腐れ吸血鬼」
バァン!
盾石のオッサンはそう言い残して、もう一つのホルダーから取り出していた銀色のレリーフが施されたリボルバーの引き金を引いた。
ヨハンの身体を貫いた弾丸が俺の横を通り過ぎ、背後で床にコロコロと音を立てて転がる。




