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仕組まれた罠。血鬼四夜、最後の吸血鬼。その五

アシュリーちゃんと別れて、全速力でオッサンの会社に駆けつけた俺が見たのは、自動ドアがあった場所にできた巨大な穴から見える襲撃の痕だった。


外から視界を遮るものがなくなったロビーには、倒れた隊員達と、受付台で退屈そうに座っている幼い顔立ちの小柄な美形の青年が見えた。


十中八九、こいつが吸血鬼だろう。


吸血鬼ってのは、どいつもこいつも美形が揃っているようだ。実にムカつく限りである。


「おい、これはお前がやったのか?」


俺は床に倒れている虫の息の隊員達を見回しながら、目の前の化け物に己の罪を問う。


つるぎ、面白いね。そんなこと聞くまでもないじゃん」


「……お前、なんで俺の名を知っている?」


「うーん、なんでだっけなぁ……忘れちゃった」


赤い瞳に宿した嘲笑を消し飛ばしてやろうと振るった俺の拳は、吸血鬼の代わりに現れた霧に包まれて空を切る。


「僕がまだ名乗ってもないのに殴りかかってくるとか、剣は野蛮だなぁ」


背後に漂っていた霧から馴れ馴れしい軽薄な声がする。どうやらこいつは霧になることができる吸血鬼らしい。


魔法を使えることは、ダイナーの『自分以上の吸血鬼』という言葉でわかっていたからな。今さら驚きゃしない。


「黙れよガキ。俺はお前みたいなチビでも化け物には容赦する気なんざねえんだよ」


ここの隊員はムカつく奴らだが、俺と同じく化け物を退治する同業者だ。仇くらいは取ってやらないと気が済まない。


まだ、死んではいないんだけどな。


「僕の名前は、ヨハンだよ。ヨハン・コーネリア。よろしくね斉藤さいとうつるぎ


無警戒で近づいてきた吸血鬼(|ヨハンというらしい)が差し出してきた手を払って、低い顔に向かって蹴りを繰り出す!


しかし、これも霧散してかわされる。


そして、背後に現れたヨハンの顔面にすかさず裏拳をお見舞いするが、これも不発。


そこから霧状のヨハンに高速で連打を繰り出すが、これは当然のように空を切るだけで意味を成していなかった。


「ダメだよ剣。怒りでやみくもに攻撃してきたって僕には当たらないよ? そんなボロボロの身体じゃあね」


滲んだ血で、腹に巻いた包帯は赤く染まっている。


今はかろうじて血は止まっているが、戦闘中に力んだだけでも、傷が開きそうだった。


「このくらいのハンデでちょうどいいんだよ。お前ら血鬼四夜ヴァンパイア・フォースナイトも最後の一匹だしな」


それでも相手に隙を見せるのは愚策だ。俺はやせ我慢のポーカーフェイスを貫いて、ヨハンを指差す。


「ああ、僕その組織名きらいなんだよね。ダサいし」


「無駄口はいいからさっさとかかってこいよ。早くしねえと夜が明けちまうぞ?」


反撃の糸口を探して、俺はわざとらしくヨハンを挑発する。


「しょうがないなぁ。ブラッド・呪文スペルブラッド・ソード>」


ヨハンが唱えると、かざした手の先に魔法陣が現れ、そこに自分の血で剣の形を出現した。


結晶化した真紅の片手剣をヨハンが手に取る。


「来なよ。望み通り真面目に相手してあげるからさ」


意外にも簡単に挑発に乗ったヨハンが上に向けた手のひらを曲げて、かかってこいと手招きをしてくる。


「さあて、ガキに大人の怖さを教えてやろうかな」


ここからは、ちとしんどい我慢比べだ。


だけど、大人の意地にかけて負けるわけにはいかないよな。


「さっきからガキガキってさ。僕こう見えてもそろそろ二百歳なんだけど」


「だったら尚のことだ。俺みたいな落ち着いたスマートなおじ様になりたかったら、心を厳しく律していくんだな!」


言いながら、俺は跳び蹴りで突っ込む。


「いや、剣はどう足掻いてもズボラなおっさんじゃん」


それを霧化もせずに避けたヨハンに着地と同時に足を払い。体制を崩したところへ回し蹴りを叩き込む。


俺は、とにかく手当たり次第に攻めの手を緩めずに出し続ける。


それを繰り返すうちにヨハンの動きに変化が出てくる。


霧化をしなくても防げそうな攻撃やかわせそうなものは自力で対処し始めたのだ。


緩い攻撃にも霧化を使うのかを試してみたが、素直に防ぐ。やはり、選んで使用するということは霧化も無限にできるわけではないようだ。


「どうやら、もう気づかれちゃったみたいだね。でも――」


霧化したヨハンが俺を吞み込んで背後に回って……


居ない!?


「別に霧化は防御や回避だけに使うわけじゃないんだよ?」


振り返ろうとしていた俺に、ずぶりと鋭い痛みと共に“目の前に立っていた”ヨハンの剣が脇腹に突き刺さる。


「ゴボッ」


俺は堪えきれず、喉の奥から溢れた血の塊が口からこぼれる。立っているのも怠くなり視界がぼやける。


そんな息も絶え絶えといった様子の俺を見て、ヨハンは満足そうに笑う。


「じゅあ、もう飽きたから殺すね? バイバイ、剣」


ヨハンは確実に仕留めるため、俺から引き抜いた剣を上段構えてから必殺の一撃を振り下ろす!


渾身の一撃にはためが生じてしまうが、一歩も動けそうにない今の俺ならかわせない。



と、思っているだろうな。



「太刀筋が見え見えなんだよ。ばーか」


猛威を振るって向かってくる俺を二つに分ける直前の剣戟を、鼻先を掠めるすれすれの距離で半身になってかわす。


瞬間。刹那に生まれた隙をついて、ヨハンの瞳が俺を捉えるよりも先に、俺の拳がヨハンの横っ面を捉えた!


無駄に整った顔を歪ませる鬱憤の晴れる一撃で、ヨハンは顔に引っ張られるように頭からぶっ飛んだ。


一瞬の攻防の後、吹き飛んだ吸血鬼と床を割って突き刺さった剣。


二つの衝撃音が響いたロビーには、静寂が訪れる。


「当たり前のことだよな。霧になっている間は自分の剣も当たらねえんだからよ」


とどめを指す瞬間だけは霧化するという思考に隙ができると踏んだが、結果的に正解だったみたいだ。


「剣ぃ! お前最高だよ! 上級吸血鬼の僕に一発入れるなんて本当に規格外だよ!」


たったの一撃で終わるとは思ってなかったが、まさかここまで元気とはな。


これ以上は演技でもなんでもなく立っていられるかは賭けだ。せめて、少しでも休めれば……


「ダイナーとの戦いはやっぱり手を抜いていたんだね!」


あの一瞬で血を吸ったならその可能性はあると思っていたが、渋山の戦いの時も近くに居たのか。


「手を抜いていたわけじゃねえ。ただアイツとの戦いには情報を得る目的があったからな。てゆうか、見てたんならなんで仲間を助けに来なかったんだよ」


「僕たちは仲間じゃないよ。全員の目的が一致していたから使えるうちは自由を与えていただけで、役に立たない奴は強者の糧になった方が合理的でしょ」


コイツら吸血鬼は性格や見た目は違っても『強者こそ絶対』という弱肉強食の考え方は変わらないのか。


「……結局、お前たちの目的ってのはなんなんだ?」


答えが返ってくることは期待していないが、もう少し話を引き延ばす口実を作るために俺は聞いた。


「ああ、ゴルドール・リーマンを殺すことだよ。そのために僕たちは手を組んだんだよ」


答えなど期待してなかった。


それなのに子供が親に出かける行き先を言うようなテンションでヨハンが語った目的は、賢者殺害というこの世界では鼻で笑われてしまうような壮大な計画だった……。


「お前は……そのゴルドールがどこに居るのか知ってるのか?」


「知らないよ。そもそも僕は頭を使うのは得意じゃないから」


そんなあっさり判明した衝撃の事実に驚いていると、チーンと俺の背後でエレベーターの到着を知らせる音が鳴った。


「おい腐れ吸血鬼。うちの社員たちが世話になったみたいだな」


そこから降りてきたのは、銀色に輝く装甲を腕と足にまとった盾石のオッサンだった。


オッサン、まさか戦いに来たのか? 


いくら強面のゴリラといえども、吸血鬼と戦うのは自殺行為でしかない。


「おい、オッサン。気持ちはわかるがやめとけ。そいつはあんたが見たことのある銃や剣でどうにかできる類の化け物じゃねえぞ」


「剣、勘違いしてんじゃねえ? オレは今これ以上ない程冷静だ」


そう言って、俺の横を通り過ぎてヨハンの元へと歩いている盾石のオッサンの震えている拳からは、赤いしずくがポタポタと落ちていた。

登場人物紹介その五。


ヨハン・コーネリア

上級吸血鬼。(ブラッド)呪文(スペル)の使い手であり霧化も可能。しかし、霧化中は通常の数倍の速度で血液が消費されていくので時間、回数には注意が必要。やりすぎると血が枯渇する。

容姿は、癖の付いた金髪。童顔。爽やかな少年のような笑顔を良くするが血鬼四夜(ヴァンパイア・フォースナイト)の中で最も腹黒い狂鬼。

身長は、約165㎝

好きなもの、戦闘、人間の血、苦痛に歪むんだ顔。

嫌いなもの、弱者、団体行動。

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