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パトロールと吸血鬼。その三

鞄を取り返した大きなお嬢さんに微妙な顔に見送られた俺は、その後もパトロールを続けているうちにあっさりと空腹に敗北していた。


最近の都会では、その街のだけで大抵の国の料理が味わえるなんて事を聞いたことがある。


けれど、そんな都会でも俺の所持金の五百円で食えそうな飯屋は、少し見回したかぎりでは牛丼屋くらいだった。


「まあ、後のことはどうにかなると信じて、とりあえず今はこの空腹を満たすか」


腹の虫の鳴く声に、後押しされて俺は牛丼屋の入り口へ向かう。


「……おいしそう」


向かう途中、声のする方に顔を向けると、まだ小学校にすら通っていなそうな少し汚れが目立つ服の子供が、店内の様子をガラスに張り付いて眺めていた。


周りに保護者の姿を探すが、それらしき人影は見当たらない。


「おい、ガキ。お前、迷子か?」


迷子らしき少年は、俺の方をチラリと確認するとすぐに目線を店内に戻して「おいしそう」と繰り返している。


可愛くないガキだな。


まあ、俺には関係ないし、そのうち保護者が現れて、この子供を温かな食事が待つ家に連れて帰るだろうし、今は空き缶と吸殻だらけの我が家に帰る俺の空腹を満たす事の方が優先するべき事態だ。


俺は可愛げのない子供の事は無視して、店内へと入る。


所持金で買える食券は残念ながら、並盛りが限界だったが食えないよりはマシだ。


食券を持って席に座ろうとした時、不意にガラス張り壁から外の景色が視界に入った。


店の前の子供がまださっきの場所で、こっちを眺めて立っている。


その姿はものすごく目立つというのに、この街の人間は昼間のお婆さんと同様に見えてもいないかのように、子供の横を素通りして行く。


ずっと眺めていたら、目が合ってしまい俺は後ろめたいことなどないのに思わず視線をそらした。


「あ、食券をお預かりしますねぇ」


牛丼屋の店員が、ニコニコとした愛想笑いで俺の真横からカウンターに置かれた食券へと手を伸ばす。


「はあ…………いや待ってくれ」


食券を持って立ち去ろうとした、店員の手首を掴んで制止させる。


「お客様、どうかなさいましたか?」


「ああ、悪いんだが“これ”テイクアウトしたいんだ」


掴んでいた手を離して俺は、自分の手に持った食券をひらひらと揺らして、店員に伝える。


「かしこまりました。そういう事でしたら申し訳ございませんが、あちらにお並び頂いてもよろしいでしょうか?」


そう言って店員が、『お持ち帰り』と書かれた札の下にある枠の前に並んだいる列に向かって手を差し出す。


「あいよ」


俺は腹は減っていたが、今更自分の空腹でイライラなどしてもこないので、俺より前に並んでいた男の後ろへと大人しく並んだ。




俺が店から出ると、少年は未だに店内を眺めてぶつぶつ呟いている。


「おい、ガキ。おじさんはお腹いっぱいだから、これはお前にあげよう」


俺が差し出したプラスチックで出来た安っぽい容器が入った袋を少年は恐る恐る受け取った。


「え、いいの?」


「なんだ、お前その歳で遠慮なんてできるのか? 可愛いところあるじゃねえか」


くしゃくしゃと頭を撫で回すと、少年は鬱陶そうに首を振って俺の手から逃れた。


「おじさん、ありがとう。でも、おじさんにはぼくが見えてるんだね」


「見えてるって、当たり前だろ? 頭だって触れたんだし」


そう言いながらも、周囲を見回すと周りの人々が俺を怪訝そうな目で眺めていた。


「まさかお前……」


言われてみれば、こんな歳の子供が出歩くにはもう遅い時間だ。日も落ちかけているというのにそれなのにさっきから保護者が迎えに来る気配もない。


何よりこの少年が保護者を待っているようには見えないし、迷子にしては落ち着きすぎている。


「……幽霊なのか?」


「おじさん、うしろみて」


急に言われて訳が分からなかったが、とりあえず自分の背後を確認する。


そこにはこの街の平和を守るため俺と同じくパトロール中だったであろう警察官が、背後から俺を睨みつけていた。


「君、その子とどういう関係?」


「は? え、お巡りさん。アンタもこの子供が見えてんのか!」


どうやら、俺がじろじろ見られていたのは一人で喋っているからではなく、子供と楽しそうに喋っているおっさんという理由だったらしい。


「君、バカにしているのかね? 見えているに決まってるだろ。それよりその子との関係は?」


「えーっと」


見知らぬ子供に、牛丼の施しをしていただけです。とか、言っても信じてはもらえないだろうなぁ。


「親戚の子なんです、この子。それで今日は一人で遊びに来てくれたんで一緒にご飯でも食べようとしてたところなんですよ」


「ほぅ~」


警官は疑いの目を緩める事なく俺を眺めながら、一応相槌をうつ。


そりゃそうだ。俺だって信じねえよこんな嘘。


「お巡りさん、おじさんは悪い人じゃないよ! おじさんはぼくにコレくれたんだから」


少年が問い詰められている俺を見て、助け船出してくれる。


「そっかそっか、それは申し訳ないね。今日はおじさんとは何をして遊んだんだい?」


「なにも、だってさっき会ったばかりだもん」


警官の穏やかになりかけた目が、少年の言葉を聞いた瞬間に鋭くなって俺に突き刺さる。


どうやら、少年の出した船は継ぎ接ぎだらけの難破船だったようだ。


「あはは……」


「では、詳しい話は署の方で聞かせてもらおうかな?」


「あ、いっけねぇ! 俺これからデートの予定があるんだった。そういう事だから失礼するな、お巡りさんお勤めご苦労様!」


最後に警官に敬礼をしてから、俺は垂直に跳び上がって逃亡する。

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