パトロールと吸血鬼。その二
「ありがとうねぇ。あんなサービスまでしてもらっちゃって、久しぶりに年甲斐もなくドキドキしたわ」
タクシー乗り場に運んであげたお婆さんは、タクシーに中から別れ際にお礼の言葉を口にした。
「いえいえ、俺は当然の事をしただけなんで」
ドキドキしたってのは、ちと分からんが手助けになったのなら何よりだ。
そのまま行き先を告げているお婆さんに背を向けて、俺はパトロールの続きをしようと横断歩道を渡る。
すると、またもや人々が俺を中心に左右に分かれて道を開ける。
俺はもうお婆さんを抱えていないから、そんな必要はないのだが……
まあ、歩きやすくなって助かるので、親切に文句は言うまい。
俺がスターになったような気分で横断歩道を渡りきると、少し離れたところで女性の悲鳴が聞こえた。
ついに、化け物が現れたのかと急いで声の元へ向かう。
「どうしたお嬢さん!? 化け物か? 化け物が出たのか?」
「なんでちょっとワクワクしてるんですかあなた!? 違います、ひったくりです! お願いです捕まえてください!」
女性が指差した先に、細道を全力疾走する黒いパーカーを着た男が入った。
「……ああ、ひったくりね」
「え、あたし今ガッカリされてますか?」
「あ、こっちの事情だから気にしないでくれ。とりあえずお嬢さんの鞄は取って来るけど、あれだったら犯人もいるか?」
「え、そんな近所のコンビニ行くみたいなテンションで言われても……怖いのでいらないです」
「そっか。一発くらい殴りたいかと思ってさ」
「あの、もう犯人五十メートルくらい離れちゃってるんですけど、助けてくれないんですか!?」
女性の言葉で、再び走っている犯人に視線を移すと、確かにさっきより少し進んでいた。
「ああ、じゃ取ってくるか」
走り出した俺は、一瞬で追い抜いた犯人の前で真横に腕を突き出して立ち止まる。
全速力で走る犯人が気づいた次の瞬間には、俺の腕に打ちつけた顔を両手で覆いながら寝っ転がって悶絶している所だった。
声にならない声で呻く犯人から、さっきの女性の小さな鞄を取り上げる。
「待ってくれ! 旦那」
「旦那って、俺の事か?」
慌てて立ち上がった犯人に妙な名前で呼ばれて、俺は思わず聞き返す。
「他にいないだろ。それより旦那、見逃してくれないか?」
「確かに個人的にはひったくり犯にそこまで興味とかねえけど、見逃すのは無理だな」
「わかった! じゃあ見逃してくれるならその鞄は旦那にやるから、な? 悪くない話だろ」
「お前……さてはアホだろ」
俺は呆れ果ててため息がでた。そもそも、やるも何も女性の鞄は俺が持っている。
つまり交渉材料にすらならない。決裂する前に交渉が成り立っていない。
「じゃあどうすりゃ見逃してくれんだよ!」
「清々しいくらいに逆ギレしてきたな。最初から見逃してやるなんて一言も言ってねえだろ」
「そうかよ、おらぁ騙されたってわけか。なら旦那とは話し合いで解決したかったが仕方ねえな」
この犯人、久しぶりに純粋にむかつくなぁ。
「人の話を最初から最後まで、一つも聞いてない奴と話し合いとか不可能だろ」
言いながら、怪しげにそっと手を腰の後ろに回した犯人の顔を、苛々にまかせて俺は躊躇なく殴る。
「へぶっ!?」
予想外のタイミングで殴られた犯人は、吸い寄せられるように綺麗に、汚い顔面に飛んできた一撃をもろに喰らった。
手加減はしたのだが、それだけで犯人の男はアスファルトにキスをしながら気絶している。
「これ、生きてるよな?」
念のため呼吸をしているか確認してみた所、しっかりと生きていた。
よかったぁ、予想以上に綺麗に当たったからちょっと心配したぜ。
一安心して、俺はさっきの女性の元へと鞄を届ける。
「ほら、お嬢さんの鞄、取ってきたぜ」
「……ありがとうございます」
女性は目を白黒させながらも、一応といった感じのお礼を言う。
「もう、離しちゃダメだぞ」
「いや、風船を取ってもらった女の子とかじゃないので、そんな事をあたしに言われても困るんですが……」
と、俺の渾身のスマイルは残念ながら苦笑いで返されてしまった。




