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不滅の怪物。その六

「もう、終わったつもりかァァ?」



――声がした。

背後で膝をつき、二つに分かれて絶命した物体から声がした。


「っ……!?」


踵を返す俺はその化け物に驚愕し目を奪われる。

変化が、変容が、進化が止まらない。その怪物に。

裂かれた肉体を血の糸で縫い合わせ、元通りに再生してのけた尾上は床に捨てられた中折れ帽(ハット)の下に隠していた真紅の瞳で不敵に嗤う。


「その顔は予想もしていなかったか。賢者を失った吸血鬼の残党もまた、少数でもお前に復讐しようと灯京に赴いていたことなど」


「吸血鬼まで部下にしてやがったのか」


「いや、吸血鬼アレはダメだ。あのプライドが高くて協調性のない従順にはほど遠い種族は血を譲ってもらった後、塵になってもらったよ」


告げられた事実は予想外ではあったが、俺は納得もしていた。

人狼というだけでは信じられない怪力の正体は吸血鬼の力による上乗せだったということなのだろう。


「一回再生できたところで、結果は変わらねえと思うけどなっ」


一度で駄目なら、血肉も残らないほど徹底的に刻んでやるだけだ。


目の前の怪物を今度こそ完全に終わらすため、地を蹴って一足飛びでお互いの距離を埋めた。

そのまま最速で武器を抜く!


「焦っているな、そう結論を急ぐな!」


袈裟の一撃を左肩で受け止めた尾上の相貌が憎たらしく歪む。

側面から、力任せに振り回す黒い右腕が迫る。


「言っただろ。この程度で効くなら、と」


今さらな単発の腕撃ラリアット

それを余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で打ち上げようと構えた眼前。

尾上の全身の筋肉が波打つように拳へと移動し、人状態と変わらぬ背丈にいびつな巨拳を創り出す。


「!?」


「ここからがッ! この肉体からだの面白いところだァッ!!」


災害のような前腕の薙ぎ払いを逆さまの大刀が受け止める。

途方もない衝撃に大刀を持つ手が絶え間なく震えた。


「ざっけんな! この怪物がぁ!?」


敵のまさしく自分の体重を乗せた一撃を止めることに全神経を注ぐ。

キィィィィィィィン、と。

吹き飛ばされぬよう必死に踏ん張る俺の耳に異音が聴こえた。


「!」


音の鳴る場所は尾上の掌の中。

俺が気づくのとほぼ同時に爆音は轟く。

至近距離で爆発した腕から黒煙が生まれた。


目暗ましか!?


しかし、尾上は大刀と拮抗している分厚い腕を一向に離す素振りがない。

それでは、煙が晴れれば元の態勢に戻るだけ。


こいつは一体、何がしたくて俺の視界を奪った?


思考が疑問に塗りつぶされた瞬間。足元を何かが攫う。


「おっ?」


「剣!?」


背後から紗世の悲鳴が聞こえる。

遅れて見れば、やせ細った左手を蔓のように変化させた尾上が俺の足首を絡め取っていた。

途端にひっくり返る天地。

宙ぶらりんの態勢に、追い打ちをかける肥大化した恐竜のような脚が未だ包帯に固定された左腕に叩き込まれた。


「隙だらけだな。その程度かァ!」


「がはっ!」


痛恨の一撃をもらい。

たまらず空気の塊を吐く俺は、右手の大刀を取り落とし足首を解放されて宙を飛ぶ。

そのまま空を泳いだ先は、広間の横を流れる水流。


くそっ! これは完全に不味い!


――ドボン、と。

着水し冷たい感触に歓迎され、水中が衣服を包む込んで身動きの邪魔をする。

落ちた俺は足を水底に着く間もなく、激流によって流されてしまう。


紗世が、まだそこに――


行動に移す暇も与えず押し寄せる水流は、残酷にも彼女と俺の距離を引き離す。


「剣、わたしは大丈夫だから!」


激しい流れに呑む込まれる間際。

最後に聞こえたのは、彼女の屹然とした声だった。





じたばたともがく流れの中。

なんとか態勢を立て直して、がむしゃらに伸ばした足で水底を蹴る!

水飛沫と一緒に飛び上がっての水中脱出。

俺は視界に飛び込んだ手すりに掴まり、持ち上げた体を通路に投げ出す。


「ゴホッゴホッ! はあ、はあ……」


喉に侵入した水を吐き出した後。

仰向けのまま呼吸を整え、ずぶ濡れで張りつく不快で重くなった衣服とともに体を起こした。


早く紗世の元へ戻らなくねえと……あのクソ野郎、指一本でも触れやがった斬り刻んでやるぞ。

……いやそうでなくても結局斬り刻むのか。


「どちらにしても、急がねえと」


立ち上がり、すぐにでも駆け出そうとする足を、けれど微かな疑念が引っ張る。

このまま戻れば、また予想外の事態に手こずる可能性を捨てきれない。

そんな最悪を想像して決断を鈍らせる俺に脳裏に、あの日の彼女との誓いの言葉が浮かぶ。



剣を、隣で救い続ける。



一番は、一緒に闘うためなんだよ?



思い出して、歩みを止めた。

彼女を確実に、絶対に、完璧に守るため。俺は目を閉じて詠唱を紡ぐ。


紗世、俺に少しだけ時間をくれ。


「その腕は大地を揺らす剛力。その脚は千里を駆ける雷鳴。その一振りは万を葬る剣撃」


連なる声に呼応して背中に刻まれた魔法陣が頭上に展開。真上から俺を囲んで足元へと落ちていく。

三つに重なる円が地に刻まれた後、俺は詠唱の最後の言葉を放つ。


「剣帝顕現〈武御雷たけみかずち〉」


体内の魔力が体を支配し、全身を祝福のいかずちが迸った。

黒髪を白く染まり、全身は青白く発光する。

成った肉体。金の瞳で見通す目的地はただ一つ。

彼女の待つ戦場。


一歩、二歩、跳ねるように地を蹴り。

勢いのまま両足を揃えて屈み、次の一歩に全力を溜める。

そして、跳ぶ!

最大限を溜めた脚での跳躍は地を盛大に砕き、力も意思も推進力に変えて最高速で最愛の人が待つ場所へと向かう。


今、く!

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