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不滅の怪物。その五

視界から一蹴で消えた敵は壁面を破壊して、舞い上がった砂埃の中。

蹴りが効いているのか緩慢に立ち上がる人影が、こちら向けて何かを放り投げた。


「っ!?」


砂埃を抜けて、確認したのは小型の球体。

投球されたそれを俺は容易く大刀で切り捨てる。


「ふっ!」


瞬間。二つになった球体が爆ぜた。


「きゃっ!??」


目を閉じている紗世が突然の爆発音に、事態を把握できず背後で声を上げる。

至近距離で起きた爆発が大量の灰煙を生み、前方の視界を覆う。


「危ないもん持ってんな」


「片手で大剣そんなものを振り回している奴に言われたくはないんだが?」


「えー化け物相手にしちゃあ軽い武装だと思うけどなあ」


俺が身に着けている装備と呼べるものは、特別製の大刀に戦闘用のジャケットにボトムスのみだ。

少なくとも銀の銃弾とか、燃え盛る武器に比べたら物騒さは抑えめだろう。


「スゥゥゥゥ……ならば俺も化け物らしく少し本気を出すぜェ……!」


「まだ出し物が残ってんのか? やってみろ全部払い落としてやる」


「不思議に思わなかったか?」


煙を振り払い姿を現す尾上は、全身を強張らせ震わしながら語りかけてくる。


「人狼のガキがたった一人。複種合人間キメラの集団に身を置いていることに」


問いの続きを尾上は語らなかった。答えなど、一目瞭然だったから。

骨格が、筋肉が膨張する尾上の身体が仕立ての良い紳士服スーツを内側から引き裂き、先ほどよりも一回り図体の増した二足歩行の黒狼へと姿を変えた。


「へえ、まさかそこまで人間辞めてるとはな」


驚愕するべきは尾上の人狼化よりも、急に体格が変化したことで引き裂かれた履き物の膝下から覗く黒鱗が覆うふくらはぎ。


両腕どころか、四肢全部かよ。


「他の者達は人間として生きたい、などと言って拒んでいたが……そんなもの誰を降そうが恐怖で自由など手に入れられるわけがないだろうになァ?」


「それを分かってて、てめえは手下をけしかけたのか」


「愚問だ。俺ァは他人が積み上げたものを台無しにされた時の顔がたまらなく好物なんだ」


「そりゃあ、気が合うな」


牙を剝き出した凶悪な面で本性を見せた尾上に頷き返し、こちらも同様の感情をさらけ出す。


「俺もてめえみたいなクズをぶちのめした時の顔見るとスカッとするぜっ!」


目を見開き、叩きつけた言葉。

それを合図に互いが一斉に飛び出し、彼我の距離が消え去る。

大刀と拳。両者が同時に攻撃態勢に移る。


鱗の部分は切断できない。

けど、腕も脚も黒鱗に覆われた尾上の頭部はウォロフ同様、生身の人狼。


つまり胴体は知らないが、顔面に大刀を叩き込めばこの戦いは終わる。

なら、やることは単純明快。一発もらう覚悟で押し通す!


拳を引き溜めて直進してくる黒い巨躯。

ひき殺されそうな対格差の敵目がけて、真っ向から迎え撃つ。

時間が緩慢になっていくかように錯覚するほど、感覚を研ぎ澄ませた世界。

眼前に迫った尾上の懐から待ちわびた黒い砲撃が放たれ、それを目に焼き付けた俺は返し刀を背に溜める。


「ぐっ!?」


衝突。両者はともにまだ立っていた。

当然だ、攻撃を受けたのはこちらだけなのだから。


――殴られた。俺は頬を殴られていた。

いやそんなの当たり前だ。受けるつもりで飛び込んだんだろうが。


けれど、そんな当然な打撃の衝撃で微かに脳は揺れ、膝が曲がり体はよろめいていた。


噓だろおい、痛えぞ。


やすりに削られたように血がにじみ出る頬を拭い。

驚愕の眼差しを目の前の敵に向ける。


威力は大した事のない。首の角度を変えて一歩後退させられただけのパンチ

しかし、そんな拳が俺の頬にしっかりと鈍痛を残して居座っていた。


効いている。

たかが人狼の拳が?

硬質の鱗を纏っただけで?


疑問の尽きない思考の中で、俺はたしかに相手の力量を見失った。

そんな一時の混乱に陥る俺を窺う尾上は、憎たらしく口端を弓形に曲げて、ふざけた世迷言をのたまう。


「おや、この程度で効くなら俺にも勝機がありそうだなァ?」


「あ˝? 寝言は寝て言えトカゲ野郎」


耳にしたその戯言に、一瞬で感情が焚きつけられ体中が燃え上がる。


そうだ、あまり格好の悪い所は見せられない。

今俺の背中には、この世で一番イイ格好を魅せなければいけない人が立っているんだ。


「今すぐ、その自慢の鱗を削ぎ取って叩き潰してやるからよぉ」


「そんな鈍器で出来るのかァ?」


俺の内心など知らぬ尾上がつま先に体重をかけて、いつでも蹴りが出せるよう踵を浮かせて構える。

拳が効くなら蹴りも効く。当然の道理だ。

一気に倍増する手数に俺はじんわりと額に汗を掻く。


「精々、後ろの女が巻き込まれないよう注意するんだなァ!」


それに気づいているのかいないのか、尾上は威勢よく吠えて攻撃を開始した。


「!」


すぐさま襲いかかる素早い拳の二連打を大刀で弾き。

視界の外。攻撃権を譲らぬ首を刈り取る横薙ぎの上段蹴りが襲いかかり、空を切る。


「調子に乗るな!」


調子づく尾上への牽制に、俺は次弾のつま先に大刀を突き立てて抑えつけた。


「どうした? 先程までの余裕がないんじゃないか」


「こっちはまだ準備運動の段階なんだよ」


足の甲を大刀で押さえつけた尾上の、目と鼻の先で囁かれた挑発に俺は真顔ポーカーフェイスを維持して言い返す。


しかし、これは全力で行かないとマズいか。この男は思ったよりも危険人物かも知れない。

少なくとも、左手を負傷しながら戦う相手じゃないことは確かだ!


「なら、さらに激しくいくぞ!」


もう一方の自由な脚で大刀を蹴飛ばし、猛然と勢い増していく四本の黒い槍。

俺は大刀で一心不乱に直撃を避けて防ぐ。

目の前の化け物の攻勢を凌ぎ切る。


「口ほどにもない! 守っているだけでは勝てんぞォ!」


「そうだな、お前の動きはもう見えたぜ」


加速していく手足との攻防を繰り返し、俺は敵の強さを十分に理解した。


相手は思っていたよりは強敵だった。

けれど、俺が殺すべき奴らに比べれば強さも狡猾さも遠く及ばない。


俺は大刀を回転させながら頭上に放り投げ、敵の至近距離に体をねじ込んだ。

先ほどから敵がしつこいまでに望む接近戦インファイトを仕掛ける。


「っ!?」


防御を捨てた攻勢に一瞬。尾上の反応が遅れる。

それ見逃すほど、俺はお人好しじゃあない。

飛び込みざまに腹へ膝頭を突き刺し、浮いた顎を真下から突き上げた。


「ゴッ!?」


見上げた先には落下してくる大刀。

尾上は空中から落ちてくる刃を防ごうと腕を曲げようとする。


「させねえよ!」


見越していた俺は、尾上の左右上腕を足場代わりに交互に蹴り飛ばして敵の頭上に躍り出た。

待っていた大刀の柄を掴み取る。

再接触で魔力が供給され、その身に青白い線を刻み直した大刀を振り下ろす!


「これで任務完了だっ!」


「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


黒狼の頭部を割る縦斬。

そして、そのまま肉体を中心から腰元まで真っ二つに斬り裂いた。


「はぁはぁ……」


絶叫が止んだ広間は次第に緊張が緩和され、やがて静寂が訪れる。


「……もう大丈夫だ、紗世」


「う、うん」


かけられた声に紗世がおそるおそるまぶたを開く。

俺はできるだけ彼女の近くで、後ろに転がる血だまりと化け物の死骸を隠して立つ。


「……帰ろう」


「がんばったね、お疲れさま。剣」


小さな子供にかけるような優しい声音で言われ、急にむずがゆくなった俺は紗世を強引に後ろに向かせ、背中を押して歩みを急かす。


「はあ? このくらい普通だっての。さあさあ、とっとと帰るぞ」


「ふふっ、はーい」


戦いを終えて帰路に向かう俺たちを、側を流れる水流だけが眺めている。

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