不滅の怪物。その三
「……」
「……」
無造作に構える俺と複種合人間たちの間で再び視線が絡み合う。
沈黙を破る合図は、大刀を持ったままで突き立てた前後に振る人差し指。
「こいよ?」
「「ウオォォォォォォ!!」」
挑発を受けた開戦の声が地下道を満たし、誰も目撃することもない闘争の幕が上がった。
声を重ねる複種合人間たちの攻撃が一斉に襲いかかる。
「くたばれ!」
「くたばれッ!」
一撃を避け、二撃を大刀で弾く。
「くたばれぇ!!」
三撃目。大刀を振り戻す前に懐に踏み込んできた男の足刀が俺の腹を捉えた。
「ふっ」
……微動だにしない俺の左腹を。
脇腹に大振りの蹴りを置いたままの複種合人間に、大刀を上段に振り上げる。
「ガラ空きだぜ!」
刃先を裏返した大刀が敵に直撃する寸前。
「させねえェ!」
「お?」
横から飛び込む複種合人間の蹴りが大刀の側面を叩く。
軌道の逸れた斬閃は勢い余ってコンクリートの地面に突っ込んみ盛大な亀裂を生む。
「「今だァァッ!!」」
創り出されたのは痛恨の隙。
それを見逃さず空振った大刀で地を砕いて無様を晒した俺に周囲の複種合人間たちの黒腕黒足が前後左右から乱れ飛ぶ。
肩や腿、膝や背中に至るまで攻勢のタイムセールに飛びつく黒い手足が、俺の全身を隙間なく埋め尽くす。
「……ふっ」
自分が置かれた状況に、すぐ側に立つ敵にも聞こえないほど小さな失笑が漏れた。
一生懸命に全身を襲う乱打もお義父さんの戦闘服のお陰で裂傷すら刻めはしない。
ありがてえ。これなら今後、衣服を買い足す頻度がめっきり減りそうだ。
「さっさと死ねえェェェェェェ!」
「っ!」
服のストックに気を逸らした一瞬。黒い拳が左頬に迫る。
こいつは、さすがに気づくのが遅れた!
咄嗟に包帯に固定された左腕は動かせず、直撃。
なにも身に着けていない頬で尖った鱗による痛撃を味わう。
「そんな軽いもんじゃ死なねえな!」
今日初めての傷をつけた男にお返しの蹴りをお見舞いして、口内に入った血を吐き捨てた。
吹き飛んだ敵を視界の端に認めつつ、俺は考える。
やっぱり、こいつらの動きは素行が悪いだけの人間のものじゃあない。
以前襲撃してきた二人と同じ。戦闘の訓練を受けてきた者の動きだ。
しかも連携も一朝一夕のものじゃなく、明らかに俺を倒すための作戦を用意されている。
その後も、隙を見つけて叩こうとする俺の攻撃を複種合人間たちの黒腕黒足が何度も受け止め、弾き、逸らす。
隙を埋める連携で何度も直撃を回避し、数の暴力を継続していく。
「時間かけすぎか」
ふと視線を落ちてきた天井の穴の方に向け、そんな独り言をこぼしてしまう。
そろそろ待たせている彼女が心配しだしてしまう頃合いだった。
……一人一人を狙ってたんじゃあ埒が明かない、一気に終わらせるか。
手頃な者を探して動かす視線が、壁際に立つ三人の複種合人間と合う。
そこで俺は、にこりと笑顔を贈った。
今から始まる蹂躙の餞別を。
「???」
「よーい……」
脚に膂力を溜め、大刀を目の前で横に構える。
「どんっっ!!!!」
複種合人間たちが周囲を、距離を空けて取り囲む通路の壁側。
俺は大刀を盾にして急加速の突進。
そのまま大刀の腹で三人の複種合人間を巻き込んで激突した。
壁ごと爆砕して停止した俺に集団が啞然とする。
「……て、てめえッ!」
遅れて怒りを噴出させて背後から飛びかかる数人を、振り向き様に薙ぎ払う。
「ふっ!」
「ガッ!!」
無防備な態勢で横っ腹を大刀で殴られ、それに巻き込まれた男たちも盛大に宙を舞う。
その影はずいぶんな飛距離を飛んで地面に墜落した。
一瞬にして数を減らした仲間を確認して、残りの複種合人間たちの相貌に焦燥が色が浮かぶ。
そして――――
「勝てると思ってたか?」
他の仲間が倒れ、膝を着いた最後の一人に胸ぐらを掴み引き寄せて問う。
すると、男はなにが可笑しいのかヘラヘラと笑い出す。
「へっへっへ……おれ達が勝てなくても、てめえは尾上さんがぶっ殺す!」
返事は威勢と唾。
「ふんっ!」
「グッ!?」
吐きかけられた俺は、待ちあげていた男の腹に膝を突き刺す。
男の答えはノー。
しかし、男は複種合人間たち勝利を確信した薄ら笑いのまま意識を手放した。
「おーい、紗世ぉ! もういいぞ!」
その場に居た全ての敵を叩きのめし、俺は地上に向かって呼びかける。
「了解だよー受け止めてねー!」
「は?」
すると言うが早いか、俺の返事も待たずに紗世が穴へ飛び込む。
「おいおいおいおい!」
急降下してきたその細い体を右腕と胸で受け止め、尻もちをついて勢いを殺した。
「さすが剣、ナイスキャッチ!」
「心臓に悪いから、いきなりはやめてくれ……」
「大丈夫だよ。信じてるもん!」
「そりゃどうも」
「ん? えっ!? この人たち大丈夫なの!」
そこで周囲の光景を目にした紗世が驚愕し、心配の声を上げた。
「ああ、安心してくれ。気を失ってるだけだ」
「なら、いいのかな?」
「大丈夫だって、向こうから殴りかかってきたし」
まあこれから会うであろう男は意識を奪うだけでは済まないのだが、紗世が知る必要はない。
せめて、その時までは。
「よいしょっと!」
「本当にどこにも怪我はなさそうだな」
服を払いながら立ち上がる彼女を注視するが、目立った外傷は見当たらない。
「あはは、大丈夫だって。ほんとに心配症だなぁ」
ホッとする俺に、紗世は呆れ笑いを浮かべる。
ガタッ。
そんな張り詰めていた緊張が弛緩した一瞬。
「せめて、雑魚だけでもォ!」
向かい合う紗世の背後から、仲間の身体の下で機を待っていた複種合人間が黒い手を伸ばす。
「っ! 紗世、下がってくれ!」
「ううん。まかせて」
肩に手を置いて引き寄せようとする俺に、けれど、紗世は首だけを向けて答えた。
「御魔守り<空壁>!」
そして両手を突きだし、無尽蔵の魔力を前方に放出。
迫った男の手は見えない壁に阻まれて動きを止める
「クソッ! 何が起こってんだッ!?」
混乱の一途を辿る敵に、俺は紗世の横から飛び出してとどめの一撃を叩きこむ。
「もうちょい寝てろ!」
「がっ!」
殴り飛ばした複種合人間の男が壁に激突し、今度こそ気を失う。
その後、もう一度全てのキメラが動かないのを確認してから俺たちは奴らの来た道を辿って先に進むことにした。