不滅の怪物。その二
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「ここが敵の住処への入り口らしいな」
「え、ここって……この下ってこと!?」
都内某所。
足元にあるマンホールの前に立つ俺の呟きに、傘を持っている紗世が軽く悲鳴を上げた。
隣で青い顔をして絶望している紗世のことはとりあえず無視して、秘書に渡されていた小型の通信機器の電源を入れて耳に差し込む。
「あーあー聞こえてるか?」
ブツブツと雑音が混ざる通信機に応答を呼びかける。
すると、雑音が消えて音が鮮明になった瞬間。向こうから女の冷ややかな声がした。
「わたくしが不快な感情になったということは、貴方の声は正確に届いています」
「あ、そっすか」
通信状況の確認にすら余念なく悪口で返事をする秘書に呆れつつ、俺は作戦前の最終確認を改めて行う。
「俺が複種合人間の集団を制圧して尾上をブッ飛ばした後で、あんたらが乗り込むって手筈でいいんだよな?」
「ええ。この作戦に割ける人数は多くありませんが、複種合人間の気を失わせるか再起不能にしてくだされば後はこちらで対処いたしますわ」
「了解だ。じゃあ切るぞ?」
「必要な会話は終了しましたので許可を取る必要はありませんわ。その声と無駄話を興じるなんて苦痛には耐えられませんもの、オーバー」
ブツッ、と。
一方的に通信が途切れる音を聞いてから紗世の方を振り向く。
通信に気を遣って静かにしていたのか、まだヒドイ臭いのしそうな地下への入り口に視線を落としているかと思ってのだが。
しかし、なぜだか彼女は他に気に入らないことでもあったように硬質な笑顔を浮かべていた。
「……えっと紗世さん、どうかしましたかね?」
「なにが?」
おそるおそる問いかける俺に食い気味で答える彼女は十中八九キレていた。
おかしい……この短い間に俺は一体なにをやらかしてしまったのだろうか。
「いや、ご機嫌の方が優れないようなんで」
「どうして? わたし、こんなに笑顔なのに」
だから怖いんです! とバカ正直に言えるわけもなく。どうにか思い当たる節を探す。
「あ、下に行くのが嫌なら上で待ってても……」
そうして先ほどの反応から察して、導き出した提案を伝えようとした。直前。
「――あと関係ないんだけど」
提案は、紗世の疑問によってかき消された。
「剣がいつも会いに行ってた会社の人って女の人? わたし、なにも聞いてなかったけど?」
「……ん?」
告げられた指摘に一瞬、なにを言われているのか意図が分からず疑問符を浮かべてしまう。
が、次の瞬間には彼女の言わんとすることを理解して、早口で誤解を解く。
「違うんだよっ! 今の女は面会相手である被害者の青年に会う時に同席してたってだけでっ」
というか、なんださっきの前置きは……それ関係あるじゃん根源じゃんっ!
「ふーん。そっかーそうなんだねー」
返事からして、明らかに納得していない紗世。
というか、事実だろうが誤解だろうが弁明だけでは許さないという圧を感じる。
誓って。俺はやましいことなどしていないのに!
しかし、残念ながら許してもらえるまで議論を重ねている余裕は今はないだろう。
「えーと、とりあえずこっからはそういう雰囲気じゃないんで一回切り替えてもらえませんかね?」
「うーん。じゃあ、あとでねっ」
まるで何かの契約を取り付けたように、紗世がいたずらっ子のように快活な笑顔で答える。
まだ何も言ってないんだけどなぁ。
ともかく、この先の戦いよりも厄介そうな問題は一時保留にしてもらい。
後頭部を掻きながら後ろに控えた厄介事の入り口。マンホールに視線を戻す。
「それじゃあ俺が先に行くから紗世は合図したら降りてきてくれ」
「うん、了解ですっ!」
紗世が返事とともに敬礼で答える。
「返事だけはいいな。頼むから無茶だけはしないでくれよ」
それに割と切実な本音を言い残し。
俺は引っ掛けた指でマンホールの蓋を脇に捨てて中へ飛び込む。
落下中。浮遊感に身を任せながら真下の通路を確認するが見たところ直下に敵の姿はない。
複種合人間たちは見つからないと高を括って見張りなどは置いていないのか?
それはこっちにとっては都合が良いので文句はないが、以前の襲撃時に比べるとだいぶ詰めが甘く、どこか嫌な予感を覚えてしまう。
着地の瞬間。予感は的中する。
薄闇の足元に張られていた細い鉄線を踏むと同時に狭い下水道の両脇で爆発が起こり、円状の通路に爆音と煙が立ち昇った。
「予想以上の大歓迎だな、刺激はちょっと足りないが」
他の化け物退治の人間だったら大怪我を負っていただろうが、俺にとってはイタズラ程度に過ぎない威力だ。
「この程度のだけで済んでくれたら楽なんだが……まあ無理だよな」
そんな俺の期待に応えるように離れた通路の先からは、さらなる歓迎の足音が耳朶に届く。
先ほどの爆発は侵入者用の迎撃装置であり警報装置の役割も担っていたらしい。
「やっぱ、そう上手くは行かないもんだなぁ」
音を聞きつけた十数人の複種合人間が既に鬼の形相を浮かべて駆けつけ、先頭の一人がそのまま立ち止まることなく殴りかかってくる。
「やっと来やがったなッ! ぶっ殺してやるッ!」
「うぉっ、初対面で別れの挨拶かよっ!?」
とんだ挨拶で突っ込んできた男の尖った鱗の生えた黒腕をかわす俺は、複種合人間たちの気合に少々面食らう。
侵入者なのだから向けられる敵意は当然なんだが。
にしても相手の姿をよく確認もせず襲いかかってくる姿は、前回とは打って変わって冷静さなど皆無な蛮族にしか見えないぞ?
その証拠に、俺を見つけた複種合人間たちは血走った瞳と唸り声を上げて自分たちの宿敵を殺さんとする狂戦士のように次々と突っ込んでくる。
「てめえを殺して、おれ達の自由を取り戻してやるッ!」
「なに言ってるか、分からねえけどっ」
雪崩れ込むように始まる多対一。
多勢の嵐の中で、俺は黒い手足を続け様に避けて避けて避けて、大振りで隙のできた一人の複種合人間の横顔に狙いを定め、
「そういう奴らの方が殴りやすくて助かる!」
「ゴッ!?」
側面から、不細工な顔に拳を叩き込む!
会心の音が鳴り。男が一撃で壁面へと吹っ飛ぶ。
壁に激突した男は尻で着地し、項垂れる仲間によそ見をして硬直する複種合人間の集団。
その間に、俺は背負っている上半身程の長さしかない刃の大刀を抜き。
こちらも本番を開始する準備を整える。