轟く、赤い敵意。
雨が降りしきる灯京の夜。灯りが減り、次第に眠りについていく町の足元。
水流の勢いが増す地下水路の広い空間には、十数人の複種合人間たちの姿があり、対照的に夜はこれからだとばかりに騒ぎ出す。
そこへ濡れた黒スーツの男が地上から帰還した。
「あ、おかえりなさい尾上さん。どこ行ってたんですか?」
喧騒の端、出入り口付近に立っていた男が彼の姿に気づき。
しばらく姿が見えなかったことに対する疑問を尋ねる。
「少し敵情視察に、な」
年上の手下からの問いに、尾上は中折れ帽を押さえ軽い調子で答えて肩を叩く。
「はあ……?」
そのまま首を傾げる手下には構わず、尾上は複種合人間たちの間をぬって地下空間の奥に、コンクリートの床を色濃く染める足跡を残して進む。
彼に気づいた手下たちは一人また一人と口を声を奪われたように沈黙し、集団が言われずとも静粛に。
静寂を背負った尾上は辿り着いた広い空間の隅で、普段は皆がテーブル代わりや肘置きにしているドラム缶に飛び乗った。
そして――――勢いよく振り返る。仕立ての良い上着を翻し、両手を翼のように広げて。
「喜べ、諸君。目的の男がついに今夜、我々の籠の中に飛び込んできてくれるようだ!」
語られた朗報に複種合人間たちが眼の色を変えて色めき立つ。
「なにッ? 本当かよ尾上さん!?」
「待ってましたァ!」
「ぶっ殺してやろうぜ!」
前方に並ぶ屈強な男たちが次々に自由を求めて声を上げた。
「我々の犬が上手くやってくれたようだ」
泳がせていた青年が予想通り敵に口を割ったことに彼は寛容な笑みで告げる。
「あの人狼のガキ、もう使い道の無い愚図だと思ってたが役に立つんだなァ!」
「ひゃははは、違いねえ!」
使い走りの青年に対する嘲笑の笑い声が広がる集団に、尾上が鱗の生えた黒椀で拳を作って言う。
「おいおい、彼は案外役に立つ犬だぞ。なんならお前らも試してみるか?」
「いやいや、俺達は尾上さんほど人間辞めてないっすよ」
手下たちは機嫌を損ねないように言葉を選んで、その申し出を断る。
瞬間、彼は野生動物のようなギラつく本能を覗かせた。
「なんだァ、その人が極悪人みたいな言い方はァ?」
「そ、そんなこと言ってませんって!」
「ふっ、まあいい」
恐怖を貼り付けた手下たちの顔に尾上は挑発的な態度も程々に、一変厳かな口調で集団に語りかけていく。
「今夜はめでたくも我々(キメラ)の人権を取り戻す戦いの最初の一歩を歩み出す日。あの民間企業の強敵を殺し、ゆくゆくは騎士団をも全滅させて我々の地上を、必ずや取り戻そうッ!!」
「おう! 頼むぜぇ尾上さんッ!」
「さあ諸君、準備にかかれ! 宴の始まりだ!!!!」
「「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」」
複種合人間たちの黒と肌色の拳が突き上げられ、側を流れる水音をかき消す雄叫びが地下空間を満たし、壁面に、天井に振動を生む。
宿願へため、この場に今宵の正義を疑う者など一人たりとも居らず、下水道の王の号令に異を唱える者など一人として居るはずもなかった。
轟く巨大なうねりは止められない闘争の歌を奏で、一人のおっさんへと狙いをつけてその身を圧し潰そうかという勢いを以て猛進する。
眼下の複種合人間たちの湧き立つ歓声を一身に浴び。
下水道の天井を見上げた尾上成永は、帽子で隠した口端を心底愉快そうに歪ませた。