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面会、からの挽回。その七

夜の帳が降りた灯京の街並み。

少し蒸し暑い六月下旬のじっとりとした空気が全身を包む。午前中よりも勢いの衰えた雨空の下。


「今日の目的地は、ここだぜ」


我が家での夕食を済ませて、向かった広い敷地に並ぶ駐車場にはこんな天気でも数台の自動車が止まっている。


やっぱここってそこそこは人気スポットなんだな。


他の人々が来たのは観光なのか、習慣なのか。

はたまた、今日の俺と同じ理由(デート)なのか分からないが、きっと訪れた目的は一つだろう。

その目的地は、数メートル先――どころか家を出た瞬間から南西に確認できた、俺達の正面に建つ巨大な鉄塔。


「うわぁ……すっごく高いね! つるぎの家に来るたびに車窓から見えてたから気になってたよぉ」


薄桃色の白い襟の付いたワンピース姿で明るい色の長い髪をゆるく結んで肩から垂らす、いつもより少しおしゃれしている紗世さよが故郷の田舎にはあるわけの無い高大さに目を奪われる。

闇の中でも圧倒的存在を示すように点灯ライトアップされた町一番の高さを誇る灯京の象徴シンボルである真紅の塔に。

灯京タワー。

三〇〇メートルをゆうに超すその姿は、この町に訪れた者が一番最初に目にする建造物で、最も多く目にする建造物。

近くでは首の角度を限界まで後ろに倒しても頂点が窺えない首都の名を冠するそれを、俺達は足元から見上げる。


かくいう俺も五年前に灯京(この町)を目指す際には、この塔を目印にしてたどり着いたのだった。


視線を正面に戻し、俺は見上げたままの姿勢で圧倒され足を止めていた紗世に声をかける。


「外から眺めてんのもなんだし、中に入ろうぜ」


「こんなに綺麗なのに、ここって中になにかすごい物でも展示されてるんだ?」


たしかに、様々な色の光で彩られたその姿は外側から眺めるだけでも十分に綺麗と言えるものだ。

しかし、今日わざわざ足元まで来たのは最前列で目に焼き付けるためではない。

むしろ外観を眺めるなら距離は出来るだけ取った方がいいだろう。


「まあまあ。行ってみりゃわかるって」


「そう、なんだ?」


田舎の山奥で育った俺達みたいな者には、この塔に登って何をするのかはなんてのはイマイチピンと来ないだろうからな。


不思議そうに頷きながら傘をたたむ紗世を連れて、俺はタワーを支える四つ脚の中央に建つ商業施設へと足を向けた。



そして中に入ると、


「見て見てすごいよ、剣!」


見たこともないものに溢れる景色に興奮して、紗世があっちこっちに視線を回す。その度に結んだ髪が短い尻尾の様に揺れていた。

そんな無邪気に喜ぶ横顔に、俺はつい優しい視線を向けてしまう。


俺とは違い、紗世は昔から村の外の世界に惹かれていた。

だから、縛られない現在いまを本当に楽しんでいるんだろうな。


「この建物の中だけで呪幸じゅうさち村にある全部のお店の数超えてそうだよ!」


入口付近にある館内の案内図を見ていた紗世がこちらに振り返る。

俺は場違いな感傷を胸の奥へと追いやり。いつも通りの表情で応答する。


「あの村はお義母さんのまじないに救われた人が多いからな。そもそも商売の目的が違うんじゃないか?」


「ふぅ〜ん」


村の人達は売り上げを求めているというよりは、食品も娯楽も情報も村の人達の生活を満たすのが主な目的という気がした。

それに比べて、灯京は全ての需要と供給の水準の桁が違う。だから、ここだけで呪幸村を超えてしまうのも当然なのかもしれない。


「そっかぁ、いいな~剣は。こんな楽しそうな所でずっと暮らしてたんだもんね~」


「うっ……! いや俺は灯京に遊びに来たわけじゃないからな?」


さすがに人聞きが悪すぎた。

苦し紛れの言い訳をするなら、俺が灯京ここに来たのはいつか俺達に訪れてしまう最悪の未来を避けるためであって。

退屈な田舎暮らしに飽き飽きして、単に刺激を求めて上京したわけじゃない。


けど、空虚な五年間を過ごしていた紗世じぶんと比べたら羨ましいと言われてしまったら、それ以上は何を言われても飲み込むしかないんだが……


「うん。だから、これからは楽しそうな所いっぱい連れってね!」


こちらの胸の内を見透かしたような笑顔でされた"お願い"に、


「まかせとけ。こうなったら飽きる暇もやるもんかよ」


――頷く以外の選択肢は毛頭なかった。


「そんで、俺が見せたいもんってのは上にあるんだ。だから、行こう」


「うん。お願いね!」


差し出した右手に、破顔した彼女がそっと左手を重ねる。

そのまま紗世が辺りを見回している間に買っておいた展望台への入場券チケットを係員に提示して、俺達は直通のエレベーターに乗り込み。上階へと向かう。

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