面会、からの挽回。その五
不意に沈黙の訪れた室内。
「それにしても、剣の奴はまだ敵を見つけられんのか」
タバコの火を消した盾石は何気なく話題を探して思い出したことを愚痴るように呟く。
「肉体の出来だけが取り柄のあの男ですもの。さすがにノーヒントでは仕方ないのでは?」
ひと足先に休憩を切り上げていた京花は自分の仕事に視線を固定したままフォローに聞こえなくもないただの悪口で答えた。
「うむ。確かに」
モンスターバスター社には現在。
複種合人間に狙われたという人狼の青年を匿っているが、本人も剣も複種合人間の集団に狙われる心当たりなどないと言う。
なので、剣は仕方なく灯京中を走り回り。ほぼ毎日、青年との面会にモンスターバスター社を訪れていた。
「それならわたくしが優しく尋ねてみますか? 手足の一つでも失えば、彼も話したくなるかも知れません」
彼女からの提案を、
「やめろバカ者! 相手は化け物と言ってもまだガキだぞ? そんなことを京花に命令するほどオレは腐っちゃいねえ」
盾石は声を荒げ、怒りを露わにして否定する。
化け物を憎む思いは人一倍にあるはずで、気乗りはしなくとも手段としては理解できないということは無いはずの彼が。
『賢者を討伐する為に三条兜によって組まれた部隊の一匹の関係者に危害を加えるのは、色々とややこしくなる』という、もっともらしい理由も忘れて。
「ごめんなさい冗談です。そういう方法もあると思っただけで……」
怒られてしまった京花は気を落とし、突っぱねられた提案をすぐに取り消す。
「せめて、こちらで敵の居所が分かれば。あとは剣に協力を頼むだけなんだがな」
「また、そうやって……」
「そう拗ねるな。お前含め隊員達が気に入らんのも分かるが仕方ないだろう? 剣の今までの戦歴は十二分に信頼に足る」
下水道の大型スライムや人狼の巣窟と化した廃墟、吸血鬼の本社襲撃など、過去に剣が数々の危機から隊員の命を救って帰還したのは一度や二度ではない。
まあ本人は「そんなつもりはない」と否定するだろうが。
故に盾石は剣に期待してしまう。せずにはいられない。
さすがに零とは行かないが、彼なら今回も街の人々も自分の部下達も被害を最小限に抑えて脅威を晴らしてくれるのではないか、と。
しかし、今この場において、彼女に対してそれは最悪手だった。
「じゃあ京花は……京花は隊長のお役に立てていますか?」
彼女は問う。
椅子を回して盾石に正面から向き合い。今にも不安に胸を圧し潰されそうな表情で、問う。
「当然だろう。お前なら大抵のことはできると信頼している」
彼女の想いに盾石はあっさりと答えた。今まで一度たりとも疑ったことのない感情で。
「あの男よりも、ですか?」
しかし、それだけでは京花は満足しなかった。
「それがここ数年続くあの過剰行動の原因というわけか」
(特に今日はいつになく拗らせているなあ)
京花がここまで盾石に露骨に好意を示すようになったのは、実はそれほど過去の事ではない。
盾石に近づく女の影を遠ざけていたのは元からなのだが、彼女の積極性を引きずり出したのは他でもない斉藤剣であった。
彼の活躍が増すごとに、彼が担当した事件の報告書を見た盾石が喉を唸らせ瞳を輝かせるたびに。
彼女の存在意義と対抗心に大量の燃料が投下され、燃え上がっていった。
問い返された京花は一度考えこむように俯く。
そして顔を上げて、ふっと微笑むと、
「え?」
何食わぬ顔で頬に指を当て首を傾げて、とぼけた。
「え? じゃないだろなにをとぼけとんだっ! どんな不満があるのか知らんが、いい加減にオレで遊ぶのはやめろ!!」
「わたくしは別に、遊んでいるわけでは……」
十分そう思われても仕方ない言動だったが……盾石の発言に彼女の胸がチクりと痛む。
「なら、どうした? その態度は明らかにおかしいぞ。オレが気づけてやれなかっただけで何か深い理由でもあるのか?」
「理由分かりませんか? わたくしは傍から見ていてもわかりやすいと部類だと思うのですけれど……」
「すまん、オレは女性の悩みというヤツにはてんで疎いんだ。知っているかもしれないが」
それは知っている。
過去にそれが原因で怒られている盾石を幾度となく目にしたことがある。
それを密かに喜んでもいたし。
「はあ、じゃあもうせめて質問の回答をいただいてもよろしいですか?」
「急に対応が投げやりになったな……」
いつもの通り理想の返事は貰えそうにないので、京花は落胆の濃い顔で別の回答を求めた。
「まあ……剣のはあくまでも戦闘に特化した能力だ。それ以外の事で言えば京花の方が頼る機会は多いと言えなくもないだろうな」
「本当ですか? 今たしかに聞きましたよわたくしが一番だと!」
「それ聞いてないだろそこまで言っていないんだが!?」
回りくどい回答をしたら斜め上の受け取り方をされて、さすがに焦る盾石。
そんな彼を無視して京花はすでに有頂天の彼方へと飛んで行ってしまっていた。
「うふふふ、これからも困ったことがあればなんでも京花に言ってください絶対に一番に頼ってください! 必ずや他の誰よりも隊長の望みに応えると誓います!!」
「お、おい。話を聞いてくれないか?」
「嬉しいです! 意図せず結ばれることが出来るなんて、夢でも見てるみたいですわ」
彼の懇願もむなしく京花は一人で舞い上がる。そして盾石の大きな手を小さな両手で握り。
心ここに在らずといった具合で盾石の頭上。なにもない空間を見つめて機嫌が良さそうに口端を曲げていっそ怖いくらい幸せそうに笑い続けている。
「ああもういいわ! これ以上こんな所に居られるか! オレは今日は社長室には戻らないから少し頭を冷やしておけっ!」
そんな彼女の暴挙に盾石は、キレた。というより本気で怖かったのだろう。
握られた手を振り払い逃げ出すように社長室の扉から勢いよく飛び出していく。
「あらあら、本音とはいえ少し調子に乗りすぎましたかね?」
取り残された彼女は少し反省し、彼からの疑問を頭の中で反芻する。
(どうしたって……こうするしかないではありませんか)
そこで席を立ち。
少し前から抱えている疑念を確かめるため彼女もまた社長室を後にする。
「京花があの青年に拷問をするなんて言ったら、隊長は必ずお止めになりますもの」
廊下を歩きながら拳銃の弾倉に丁寧な手つきで銀の弾丸を込めていく京花は、瞳に冷酷な光を宿す。
「我儘な京花をお許しください……貴方の願いには絶対に応えたいのです」
社長室を出て直ぐの突き当りにあるエレベーターに乗り込み。B1を押す。
彼女を乗せた鉄の箱は、匿っている青年の待つ地下へ送り届けるため動き出した。