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それは開戦の合図?

「ただいまー」


ガチャンと、扉の閉まる音。

それを背中で聞きながら、俺は後ろ手に玄関の鍵をかけて居間にいるであろう待ち人に帰宅を知らせる。


「おかえり~つるぎ。遅かったねって、どうしたのその恰好!? びしょびしょだよ!」


声を聞きつけ笑顔で駆け寄ってきた紗世さよは、頭上からつま先まで雨が滴る俺の姿を見るなり大げさな声を上げた。


「あ~……ちょっと、出先で傘落としちまってな」


さすがに、「また敵に襲われて傘壊れちった」と馬鹿正直には言えず。

余計な心配をかけないようにと、己の不注意をよそおう。


「落としたって、傘くらい帰り道で買ってくればいいのに」


「寄るのめんどいだろ。それに早く帰ってきたかったんだよ」


「それって、わたしに早く会いたかったから?」


ドヤ顔である。

紗世は何か確証の持った上目遣いで俺に問う。


少々腹立つが、これを真っ向から否定出来ないのが惚れた弱みというやつなんだろうか。

……かといって、うっかり肯定するなんてヘマもしないんだが。


灯京このまちで一人にしておくのが心配だから、だ」


こっちも早く帰宅した理由に含まれているので、別に嘘ではない。


「え~つれないなぁ」


期待はずれの発言に最愛の人から不満の声が上がる。

しかし、これは罠。

ここで紗世を調子に乗せすぎると今夜は眠れなくなる可能性が大いにあり、この辺の言動には気をつけなければならなかった。


アシュリー達の帰省に複種合人間キメラによる襲撃。

そこからの賢者の被害者で人狼の青年を助けたり、盾石のオッサンの秘書から逆恨みされたりと、イベントが盛り沢山。

今日は本当に騒がしく面倒な一日だった。


だから、さすがに今夜は静かに眠りたい。


「あ、それより俺の仕事の依頼人から土産もらったぞ」


「話、そらしたね」


「体に抱えてきたから、そんなには濡れてないはず……」


紗世の呟きを無視して、右手に持っていた白い箱を確認する。


「まあ……無事そうだな」


「なにそれ?」


濡れないようにぐしゃぐしゃにしないように、気をつけて走ってきた甲斐があったな。

そのせいで余計に身体が濡れたというのは否定できないけれど。


「ほいっ」


俺は残念ながら外側が少し雨で濡れてしまっている箱を手渡す。

受け取った紗世は甘い香りの漂う白い箱を物珍しそうに眺めている。


「これ、洋菓子屋さんの箱?」


「おう、開けてみてくれ」


紗世はその変哲もない箱を物珍しいそうに眺める。

だけど、疑問を抱くのも無理はない。

昔から田舎の山奥で他人と関わらないように育った彼女なら。

かく言う俺も、灯京とうきょうに来たばかりの頃は始めて見るものばかりで戸惑いの連続だった。


まあ紗世ほど外の世界そのものにはもう興味が薄れていたから、感動とかはそこまでなかったけれど。


「わあ!」


箱の持ち手を左右に開いて中身を確認した瞬間。紗世が瞳を輝かせて喜ぶ。


「ドーナツだってさ」


「これっお母さんが遠くに出かけた時に買ってきてくれたことあったよぉ」


「ああ、そういえば。でも、灯京とうきょうじゃ珍しくもないどこでも買える物なんだぜ」


「そうなんだぁ、すごいね灯京って! 美味しいものとか綺麗なものがたっくさんあるんだね!」


すごいのはこんな些細な物で、無邪気に喜べる紗世の感性の方だと思うが、紗世が灯京に来てから買い物以外で外出はしないよう頼んでいた。


そのせいで、少し退屈を持て余してしまったのかもしれない。


こんな化け物と敵で溢れた街だからというのはあるが、たまには気晴らしに有名おれでもわかるな名所にでも連れて行った方がいいかもな。

家族サービスを欠かすことは愛する人の笑顔を欠けされることだと、昔どこかで聞いたことがあるような気がする。


「興味があるなら今度どっか行ってみるか? と言っても、俺もこの街にそこまで詳しいわけじゃないが――」


と言いかけた発言を最後まで聞かず、紗世は高揚して無駄に大きな声で食いついた。


「――本当!? 絶対だよ? もう約束したからね!」


「あ、ああ。約束だ」


鼻歌を歌いながら足どりが軽くなる上機嫌な彼女の姿を目にすると、この平和のために受けた痛みなど全て吹き飛んでいく。


微塵の疑いも無く、俺はこの時この瞬間のために生きているんだと信じられる。


「じゃあ剣、ご飯の前にシャワー浴びてきなよ」


「え~大丈夫だろ、今日ぐらい」


「だめだよ。風邪なんか引いたらどうするの」


「はいはい、言われると思ってましたよ」


「っもう。じゃあわたし着替え持ってくるから、先に入っててね」


着替えはそこに置いたままでいいから、と当たり前のように二人分の着替えを取りに向かおうとする背中を呼び止める。


「ゆうてシャワー浴びるだけなんだし、一人で大丈夫だろ」


というか、汗と雨水を流すだけなら一人の方が都合がいい。


「でも、片手じゃあ怪我してて不便でしょ?」


その視線は、サポーターに覆われている肩から吊るされた俺の左腕を見つめ、紗世はどこか不服そうな表情で言う。


「いや、それはそうなんだが……だって、二人で入るとまた長くなるだろう?」


むしろ全ての抵抗の理由はそこにある。そこにしかない。


「うん」


「迷いのない即答はやめてくれ」


あと微塵も悪気の無さそうなその笑顔も。

油断すると、うっかり許しそうになるだろ。


「ほら、夕飯もまだだし今日は俺も遅かったから風呂くらいぱぱっと済ました方がいいだろ?」


「うぅ、それは確かに……わかった」


既に夕飯が夜食の時間になりつつあるので、葛藤を浮かべて紗世は頷く。


いや、そんな悔しそうにせんでも……


「今は、早くご飯にしよ」


そして紗世は微笑んで納得してくれた。


いくら五年振りの二人だけの生活だとしても二週間も経つんだ。さすがにもう慣れたのだろう。


ひと安心した俺は冷えた体に熱を取り戻すために風呂場へと足を向けた。





「これは世間話なんだが……」


「?」


「紗世は、化粧が上手いって言われたらどう思う?」


「どうしたの急に? してほしいお化粧でもあるの」


風呂から上がり、晩飯を片付けた居間で二人。

食後の茶をすすりながらちゃぶ台の向かいに座る紗世に俺は疑問を投げかけていた。


「そういうわけじゃないんだが、今日そう言った女に撃たれてな」


「さらっと言ってるけど、それって大事件なんじゃないかな?」


「ああ、発言には気をつけないとな」


「えぇ……気をつけるとこ、そこ?」


戸惑った紗世は困り顔になり、答える。


「わたしはお化粧って、ちゃんとしたことないからわかんないけど……」


少しずつ小さくなる自信のない言葉を続け……


「剣に褒められたら、とにかく嬉しくなっちゃうかなっ」


照れ笑いで言い終えた紗世の笑顔に、再認識した。


やっぱ俺はツイている。

紗世に出会えたこと、紗世を愛されていること、紗世を愛せること、その全てが。


ああ、やっぱ――


「紗世でよかったなぁ……」


「ねえ、剣。もしかすると、今わたし誘われてる?」


「ん? ああ、声に出てたか」


「ばっちりね。改めて告白してるのかと思ったもん」


「いやいや、そういう意味じゃないんだが」


「遠慮しなくても大丈夫だよ。ほら、顔にオーケーって書いてある」


「いや、ホント違うからな? 今夜はほんとに勘弁してくれ!」


「もう照れなくていいのに~」


「ノォォォォだっ!!」


慣れた動作で右腕に抱きついて見上げてくる視線に、俺は確固たる意志で叫んだ。


今日は疲れたってのもあるが、それより明日からの複種合人間キメラ集団の親玉探しのことを考えると、そういう気の緩みはしばらくは控えなければ。


その後は、なんとか仲良く寝支度を始めて素早く布団を敷き。まどろみに身をまかせて速攻で目を閉じた。


……隣からの強烈な視線とぶつぶつと続く怨嗟の声なんて聞こえない聞こえない。

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