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蠢く、黒い悪意。

灰色の雲が上空を侵略し、地上が弾む雨音を奏で続ける灯京とうきょうの真下。


コンクリートの壁面に覆われた広い空間には、各々が地上のゴミ捨て場から拾ってきた家具を並べて作られた秘密基地が出来上がっており。

付近からは流れる水音が微かに聴こえる。


「おい、やばくねえか? 三対一でも手に負えないなんてよ!」


「そんな奴を誘き出すなんて、ホントにできんのかよっ!?」


そんな薄汚れた化け物達の楽園で、吊るされたランプの頼りない灯りが作戦の失敗に動揺を揺らす集団を照らしていた。


「落ち着け、お前達。まだ何も確定してもいないそばから結果を決めつけるのは、愚か者への直通ルートだ」


喧騒を増す者達の一角。

つまらなそうに壁沿いの小汚いソファに体を預け、先ほど見送った部下の報せを待つ者が、騒ぐ部下達に声を落とす。

声の主である尾上おがみ成永なるながは、安っぽい生地の赤と黒の水玉模様のスーツに同じ柄のパンツ。そして頭には真紅のハット。

と、見るからに胡散臭い格好をしており、彼以外の鍛え上げられた肉体を持つ集団をまとめる人物としては不釣り合いにも見えた。


「「……」」


しかし、不安に支配されていた数人の男達は彼の声一つで、真の恐怖の対象を思い出したかのように沈黙する。


「で、でもよ尾上さん。そんな化け物におれ達ほんとに勝てんのかよ」


ただ一人の、愚者を除いて。

集団から一歩前へ進み出て尋ねる男に、視線を向ける他の者達が息を呑む。


「え、俺を疑ってる?」


片眼を閉じ、尋ねる尾上の低い声音に空気が凍り付く。

実際、今この場の温度が数度下がったと言われても周囲の者は疑わないだろう。


そう錯覚させるほどの恐怖が、彼には存在した。


「いやいや、そういうわけじゃないんだけど、計画に手を貸してる身としては確証が欲しいんだよ」


それでも愚者の口は止まらない。

彼の疑問に、視線から逃れるようにへらへらと口元を少し曲げて続けた。


「あーなるほどな。びっくりした」


部下のその態度に、尾上はため息をつき。

それから声音も戻して、緊張の糸を解く。


「え、そんなに?」


「うん、急に言いたいことでもありそうに喋り出すから、文句でも言われるのかと思ったよ」


「いやいや文句なんて、おれはそこまで言うつもりないよ? ただ、尾上さんの作戦が上手くいってなさそうだったから助け船? 出そうとしただけでさ」


「……皆も聞きたいかもしれないから、これだけ言っておく。当然の事だが、作戦実行の有無は偵察に行った者が帰って来たら伝える、と」


「だってさ、お前ら。な、おれが聞いといてよかっただろ?」


「お、おう。そうだな」


緊張が解放され、仲間達へ振り返る男と頷く者達。


「はは、助かったよ。あー面白かった」


男の背後で、ニヤケ面の尾上はゆっくりと腰を上げ、慣れ合うように男の肩に手を置いた。

次第に緩和していく空気。

集団にも穏やかな雰囲気が流れだし、周囲の者達の中にも薄っすらと笑みが浮かんでいく。


それを微笑んで眺めていた尾上は、


──蹴りで男の足を攫い、湿った灰色の床に転がした。


「っ!」


突然の衝撃に驚く男を尾上は笑みの消失した顔で見下ろす。


「本当に、笑えるな」


囁き、この場の誰もが理解するより早く、夥しい鱗を生やした黒い手の平で男の顔面を口に蓋するように鷲掴みにした。


尾上は少しずつ、少しずつ、掌に力を込める。

頬に長い爪の生えた指が食い込むごとに、骨はミシミシと嫌な音を立てて軋み、激痛が警鐘を鳴らす。

男の怯えた瞳が、少し先の結末を見据えた途端、思い起こすように最大限に見開かれる。

それすらも、彼は無感情な顔で見下ろしたままに機械的に掌を閉じていく。


「フゥー!フゥー!」


「でも俺、この場所におふざけは求めていないんだ」


引きはがそうと男が尾上の腕を掴み。

地団太を踏みながら荒い呼吸を吐き出して、周囲で傍観する仲間達に必死に何かを訴えようとする。


しかし、それに応えるものはいない。


「だから、死んでくれ」


最期に、尾上の無情な言葉だけが男の耳に届く。

後にはぐしゃっと、トマトのように容易く潰れてはじける。

噴き出した赤い液は黒い手と尾上の顔を赤く染め上げた。


広い空間には仲間のほとんどが集合しているにも関わらず、室内には完璧な静寂が訪れてしまう。

壁面の反対側。微かだった水音さえ正確に聴こえてくるほどに。


そこへ、場違いに接近してくる大きく地を蹴る足音。


「尾上さん! え、ひぃっ!?」


空間に通じる三つの通路の一つ。

東の通路から尾上の待ち人が現れ、自分の視界に飛び込んできた惨状に悲鳴を上げた。


しかし、尾上はそんな些細な反応を無視して、つまらなそうに俯いていた視線を男に向けて報告を促す。


「……おかえり。どうだった現場の様子は?」


「や、奴に返り討ちにあったみたいです……化け物退治の業者に運ばれていく、それらしい体も確認しました」


「そうか、それは残念だな。非常に」


尾上の言葉に周囲の男達は仲間の死に俯いたまま唇を噛み、拳を握って、皆同様の感情を共有する。

憎い敵への、悲しみと怒りを。


「彼らも共に、また地上での暮らしをしたかったのに……」


湿った声音を落とす尾上。

しかし、次に報告をしてきた男にかける声はすでに乾き切っていた。


「まあ、それはそれとして。運ばれていた体の中に人狼のものはあったか?」


「いえ、おれが見たのは同胞の二つだけです」


「それは良かった」


「?」


そして彼は、概ね予想通りの報告を耳にし、口端を弓なりに歪めた。


「喜べ、皆! 作戦はまだ失敗には終わっていない。我らの忠犬が必ず奴をここへ連れてきてくれるだろう」


委縮した部下達を奮い立たせるように、尾上の声は彼らの渇望を扉を叩き。

その赤黒く染まった怪しく光る黒い手を振り上げた。


「さあ、声を上げろ! 怒りを燃やせ! 英雄気取りの人間モドキに、我々の怒りを思い知ってもらおうじゃないかッ!」


「「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」」


秘密基地にいる十数名、全ての複種合人間キメラ達が雄叫びを重ねる。

化け物達の大合唱は通路の奥の奥。地下空間の隅々にまで響き渡り。

さらには、真上の街路にも振動として伝わるほどに膨れ上がっていた。

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