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帰還する管理者、その八

盾石のオッサンの秘書が応援を呼び。

事後処理をモンスターハンター社の隊員達に任せて、俺達は路地裏の袋小路を後にした。



「それでは、わたくしはエレベーターに乗りますから、貴方たちは向こう側の階段で上がってきてくださいませ」


モンスターバスター社のロビーに到着し、依頼人や戦闘員が行き交う中央付近で横を歩いていた秘書が立ち止まると唐突にそんなことを言ってきた。


「なんでだよ、一緒に乗った方が早いだろ」


「ええ、ですがその上で拒否します。貴方たちと狭い密室にいるなんて一秒でもありえませんもの」


お前、いっつもむさ苦しい筋肉ゴリラのオッサンと社長室で一緒だろうがよ……


という反論は、ついさっき給料を人質にされたばかりの俺の口からは出せず。

真面目に相手するのも馬鹿らしくなった秘書に背を向ける。


「はいはい、言う通りにしますよ。いくぞ? 青年」


「あ、うん」


ここに着いてからずっと生まれたての小動物のように後ろをぴったりついてくる青年に声をかけ、俺達は秘書とは反対側の階段へ向かう。


「ったく、注文の多い女だなぁ」


「聞こえてますよ?」


床に落とした言葉を拾い、背後から声をかけてきた秘書は表面上だけの笑顔を浮かべており。

既に反対側のエレベーターに向かっていたと思っていた俺は、内心でぎょっとしつつも真心の言葉で謝罪をしておいた。


「あーこれは失敬。思ってもない"本音"が口から勝手に」


「無駄口はいいので、とっとと社長室に向かってくださいませんか。このナマケモノ」


言われた通りに向かったロビーの左隅。正方形の壁に覆われた縦長に続く空間の入り口。

その内部で、俺達は鉄棒と鉄板で出来ている無骨な造りの段差を、カーンカーンと足音の残響を耳にしながら時計回りに上っていく。


しかし、社長室のある五階まであと一息という三階と四階を繋ぐ踊り場で、青年が足を止めた。

用件の人物を置いていくわけにいかず、俺は数段上がっていた場所で振り向く。


「……どうした疲れたのか?」


人狼に成った体がこの程度で音を上げる訳はないと分かりつつ、声をかける。

こちらを見上げる人狼の相貌を隠す為に深くかぶっていたフードの下に隠した顔は、いつの間にか人間のものに戻っていた。


「……正直、僕はあの女の人と別々でホッとしてるんだよね」


「ついさっき頭を撃ち抜こうとしてきた女が隣にいる状況なんて、そりゃ生きた心地しないだろうからな」


「うん。それに僕がおかしいのかも知れないけど、化け物って呼ばれ方もまだ慣れてなくて」


「何もおかしかないだろ。ただ、嫌でも青年の生き残る道はもうそっ側しか残されていないぞ?」


青年の吐露した葛藤は、何もおかしくはない。

むしろ、ついこの間までの常識が目を開けた途端、非常識に変わっいるなんて状況は混乱しない方がおかしい。


「わかってるって、頭ではね……」


「気楽にいこうぜ。群れの長が帰ってくれば監視はあるかもだが日常生活は送れるはずだ」


「いつ人狼化しちゃうかもわからない、この体で?」


けれど、眼前の青年の悩みに俺は戦う以外の答えを持ち合わせておらず、おざなりな言葉を並べる。


「そういう悩みも、人狼達なら何かしらの対処法もあんだろ。知らんけど」


「うわ、なんの根拠もない雑な励まし。心に沁みるなぁ」


「まあ、俺だって今は見逃されているだけで別に受け入れられているわけじゃねえからな」


彼が言っていた通り、人間離れした"俺達"の平穏を世界はまだ容認したわけじゃない。

賢者やつらが居る限り、休暇これも期限付きの平和に過ぎないのだ。


「……それって、どういう意味?」


「待て、誰か来る」


疑問には答えず、口の前に人差し指を立てて上階から近づく足音に耳を傾ける。

その男は、上階から疑問とともに俺達の前に姿を現した。


「……どうやら、わざわざ社長自らから降りてきたみたいだぞ」


「え、じゃあこの人が?」


つるぎ、お前こんな所で何やってんだ?」


そこに現れたのはもちろん。

今まさに、面倒事を土産に訪問しようとしていた盾石のオッサンであった。


「帰ってきたばかりのあんたの秘書に無理やり連行されて来たんだよ。あとちょっと頼みもあったりなかったり」


「ほう。まあいい、オレは今それどころではないので速やかに行かせてもらう」


「行くってどこにだよ」


そそくさと俺達の間を通り過ぎようとする背中に問う。


「とりあえず、久しぶりに帰還する鎧井よろいが落ち着くまで何処かに身を隠す」


「なんだそれ。こっちも急ぎの用なんだよ」


青年を匿ってもらうには社長である盾石のオッサンの許可が不可欠。

この機会を逃せば、ウォロフが帰ってくるまでの数日間は俺が監視と護衛をしなくてはいけなくなる。

それだけは無理だ。今、紗世の居るあの家に俺は厄介事を持ち込むわけにはいかない。


だから、迷惑でも何でも青年の身柄は必ず盾石のオッサンに押し付ける!


「悪いが、今度にしてもらおう」


「待てって」


取り合わず、足早に立ち去ろうとする背中に俺が手を伸ばそうとした。

その時。


「――隊長。どこかへお出かけですか?」


盾石のオッサンが向かう下階。

目下の踊り場から、優しくも責め立てる様にビリビリと空気を一変させる圧力を内包した声が届く。

そこには、俺に対するのとは別の苛立ちが滲んでいた。


「なっ! 五階に上がってきたエレベーターは囮か!?」


「フフフ、ダメではないですかぁ。隊長ともあろう御方が焦りから敵を視認もせず逃げ出すだなんて」


「ええい、こうなりゃヤケだ! 三階くらいなら打ち身で済む」


言うが早いか、オッサンは迷わず階段間中央に存在する空間へと手すりを超えて飛び込む。

浮いた身体はその巨体も相まって瞬く間に落下。下階にいた秘書の目の前を通過していく。


「……逃がしません」


瞬間。強烈な感情に秘書の瞳孔が際限なく開眼した。


「っ!?」


宙に浮き油断していた格好の盾石のオッサンへ、メイド服の長いスカートを翻して飛びついた彼女は太ももで頭部を挟む。

そのまま空中で頭上の手すりに手をかけ、足でロックしたデカブツを遠心力に巻き込みながら、踊り場から踊り場へ自分もろとも投げ飛ばす。

運ばれた標的は、背面を壁面へ打ち付けられた。


「ガハッ!」


背中を叩きつけられ空気の塊を吐き出すオッサンの前で、絡めていた太ももを解いて着地。

熱い視線を送りながら微笑む秘書は、見上げたオッサンの顔の両側を爆音を鳴らすほどの全力でぶっ叩く。


「隊長、この度は永久に思えるほどの長期休暇をいただき感謝致します」


そう言う彼女は笑っているようだった。

先程までと同じように。


「あ、ああ。だが、感謝しているのなら離れてくれると有難いんだがな……」


「それは遠回しに永遠に離れるなと仰っているのですか!? 嬉しいです!」


皮肉に返された皮肉の言葉。

それを聞いた彼女は、しっかりと理解した上で遠慮なく盾石のオッサンに抱きついた。


「違う、バカ! 言葉通りの要求をしてるんだ、抱きつくな! 誤解されるだろ!?」


「誤解だなんて。すでに私が二人の関係については皆さんに説明済みですから、お気になさらなくても結構ですのに」


特に女性社員には、と語気を強調して続ける。

おそらく重要なことなのだろう、彼女にとっては。


「ほぁっ!? 通りで新入社員が日に日によそよそしくなっていくと思えば……っ!」


愕然とする盾石のオッサンが頭を抱える様を、秘書は零れ落ちそうなほど緩みきった笑顔で眺めている。


うん。鬼畜かな?


「いいではないですか、それで今さら失うものなんて無いのですし」


「社長としての信用を失うだろっ!」


「おほん、そこはご安心を。信用など今までもこれからも、隊長の働きでうなぎ登りのですっ」


足を浮かせ、明らかに嫌がるオッサンの首の後ろに回していた腕で、さらに強く身を寄せる。


「貴方の京花きょうかが、ただいま帰還いたしましたから!」


「分かった分かった! お前のやる気は十二分に伝わった! だから腕を放してくれ、オレが社会的に死ぬ前に!」


わちゃわちゃと騒いでいるこの会社の社長とその秘書のやり取りを、俺は口端が引きつるのを感じながら、ただの傍観者として見下ろしていた。

そして隣に立つ青年に、その光景の感想を尋ねてみる。


「……青年。ここでしばらく過ごすことになるんだが、上手くやっていけそうか?」


「ここに着いた直後は不安でした、今の僕はここにいるほとんどの人から狙われる存在なんだって。でも、この二人を見てたらなんか……」


青年の顔にもうさっきまでの暗い感情は見えなかった。

というか、さっきよりさらに複雑そうな顔になっている。


「なんか、今は不安でいっぱいになったよ」


「だよなぁ」


青年の本音に、俺は同意の声を上げることしかできなかった。

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