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帰還する管理者、その四

少し距離を置いて立つ俺と人狼の青年。

互いに路地裏の形に切り取られた空の下で雨に濡れながら視線を交わす。


青年の問いに苦笑いで誤魔化す俺は、今になって気がつく。

光の賢者が灯京に放った人狼達が、あの廃ビルに人間を攫っていたのは何も食糧にする為だけじゃない。

狂狼病の人間を増やし、灯京に人狼を増やすことで混乱や制圧の目的も兼ねていたのだ。


ウォロフは人狼の群れから孤立していたし、既に首謀者である光の賢者はこの世に居ない。

よって、野放しになっていた計画の被害者だけが残り。

目の前でこちらを睨みつけている。


……知らなかった。

とはいえ、いよいよ他人事にも出来なくなった事態に俺は頭を悩ます。


「それでアンタが、僕をどう助けるって?」


俺の苦悩など関係のない青年は、顔の体毛から水滴を滴り落としながら挑発的に尋ねてきた。

問いかけに、俺は顎に手を当てて渋面を作り。


そして数秒の逡巡の後……


「あ~それは、今から考える!」


不甲斐なくもはっきりと無計画だと告げた。

耳にした青年は人狼の姿で肩を竦めて嘆息する。


なんだろう……人狼が肩を竦める仕草って、中に人間でも入っているのかってくらいアンバランスな動きでちょっと笑ってしまいそうになる。

いや、この状況は全然笑えないんだけど。


それから彼は、口を開く。


「ムリでしょ。てゆうか、おじさんも偉そうなこと言える立場なの?」


「?」


失望の色を濃くしたその瞳は『どの立場でものを言っているんだ』と訴えかけてくる。


「聞いたよ。おじさん僕とあきらを助けた時、素手で人狼たちを倒したんでしょ」


一瞬、晶というのが誰だか分からなかった。

しかし、すぐにあの灯京北の廃ビルで一緒にいた軽薄そうな柄シャツの男の事だと察する。


あの時は、投じられた魔道具には驚かされたけれど、あんな程度の相手には負ける方が難しそうだった。


「自慢じゃないが、あの程度の人狼の集団なら訳ないぜ」


なので、俺は拳を鳴らしながら包み隠さない本音を言う。


どうやらその答えはお気に召さなかった様子で。

青年は唾棄するような視線をこちらの背後に送りながら呟く。


「それって、僕達よりよっぽど化け物じゃんよ」


直後。

視線に応えるように背後の路地から響いてくる深靴ブーツの生地が軋むようむ重い足音。


振り返った視界には、黒い一色の外套を纏う体格の良い男二人の影が映り。

こちらに敵意を向け、袋小路に唯一通じる通路を塞いでいた。


少なからず驚いた目を見開き。男達の特徴カラダつきを観察する。


開かれた外套の前から覗く胴体は一見しただけで、判るほど、丹念に鍛えられており。

無駄に引き締まった体と構える姿勢から、この二人がただの暴力や喧嘩の為に己を磨いてきた訳ではないことは歴然だった。


それらの事から、俺はこの状況が偶然ではなく仕組まれていたものだと悟る。


「おいおい、また野郎どもに狙われてんのか俺は……」


目の前の光景に今度こそ。俺は目元に手の平を被せて、天を見上げて嘆く。

どうしていつも俺を狙う悪人は、むさ苦しい男ばかりなのだと。


たまには、美女の刺客にハニートラップでも仕掛けに来てもらいたいもんだね。

それなら俺だって、敵だとしても過激に怒らず。穏便に優しく話し合うというのに……拳でね。


「言われたとおり、あのおじさんをおびき出しました! やっちゃってください!」


青年の声に答える代わりに男達が、動きづらそうな外套を脱ぎ捨てた。

その姿は、俺の驚愕を引きずり出す。


「!」


全貌を露わにする男達の凶悪に歪む人相。

そして、それぞれ左右の片腕は、およそ人間のものではない夥しい鱗に覆われた黒腕。


複種合人間キメラが一気に、二人だと……!?


今まで、俺がこの街で発見してきた複合種人間キメラは全てが逃走や隠れる場所を探しているような孤立した者のみ。

二人の複種合人間キメラが目的を持って、徒党を組む姿など、初めて見る光景だった。


これは偶然か? 

いや、俺を狙う男達が二人揃って複種合人間キメラなんて奇跡より、こいつらを匿い纏める者の存在を疑った方がまだ現実味がある。


昼に感じた謎の視線といい、徐々にきな臭さを増していく厄介事に気が遠くなってきた。

しかし、こっちの気も知らずに黒腕の男達は徐々に距離を詰めてくる。


正直、逃げるのは簡単。

奴らの腕は少し危険だが、それ以外はどんなに鍛えていても俺には脅威になり得ない。

あの腕以外は、所詮ただの人間なのだ。


この状況。

垂直跳びでビルの屋上に飛び移れば、この三人を撒くのはわけ無いだろう。


俺はそこで背後な立つ青年を窺った。

その表情は獰猛の狼の相貌とは裏腹に緊張が支配し、怯えた牙を浮かしてなりゆきを見守っている。


はあ、そんな顔するくらいならはなからこんなところに来るんじゃねえよ……。

ただでさえ、賢者との戦いだけでもクソ忙しいってのにっ。

こんなもんやるしかねえだろ!


目前に迫る黒腕の男達に視線を戻す。

戦の口火を切るように雨を切り飛ばし、今日は持ってきていない大刀に代わりに、折りたたんだ傘の先端を突きつける。


「てめえらから、喧嘩売ったんだ。怪我しても文句は聞かねえぞっ!」


おそらく俺を狙う何者かの刺客に対し、その覚悟を問う。


負けてから「聞いてない」だの「非常識」だの。

負け惜しみを言われるのは、至極面倒だからである。

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