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おっさんと賑やかなお茶会。その五

デートの途中で乱入してきた謎の男二人と夜の散歩を始めて、すでに三十分が経過していた。


だが、一向にあの方という人物を紹介してもらえそうな気配がない。


「おい、いつまで歩くんだよ? 俺も暇じゃねえから、冷やかしとかならそろそろ帰るぞ」


「まあ、待て。あの方に会わせる前に幾つか聞きたい事があるんだ」


「なんだか知らんが、俺は野郎と長々と会話を楽しむ趣味はないから手短に頼むな」


男達と会話をしていると、気づけば俺達は人気のない住宅街を歩いていた。


「お前も、こちら側に来る気は無いか?」


「あーなるほどな」


敵の目的が俺の勧誘だと分かった所で、俺の中では二つの選択の間で少しばかりの葛藤が生まれる。


それは笑い飛ばして断るべきか、話を合わせてあの方の所までまんまと案内させるのか、だ。


数秒の思考の中で、さっきの優子ちゃんが笑顔で日常を嬉しそうに話をしていた様子が甦る。


ふっ、優子ちゃん取り止めもなく話すもんだから、次の瞬間には別の話をしてて、ちゃんと聞くだけで苦労したなぁ。


…………。


「なんか聞いてたら興味が湧いてきたから、俺もその人に会ってみたくなったな」


我ながら、何やってんだか分からない。


だけど、コイツらがこの街から居なくなったら盾石のオッサンから少しはふんだくれるだろう。


日々の生活の為にも、仕方なく慈善活動でもしておくかなぁ!


「そうか! それは良かった」


前を歩く男達が立ち止まって、背後に立っている俺の方へと一斉に振り向く。


ここで俺はやっと、この状況の異常性に気付いた。


住宅街だというのに、周囲の家はまだ午後八時前の時点で、灯りが付いていないどころか生活音一つ聞こえてこない。


こんな時間に全員寝静まっているというのは考えにくい。


謎の男二人とゴーストタウンに迷い込むとか、もはや俺には自分が異世界にでも来てしまったとさえ疑いそうになるくらいだ。


「おい、あの方っていうのに会わせてくれんじゃないのか」


「我々も、お前が強い事は分かっている。だから――」


その言葉を継いで、すでにナイフを低く構えたもう片方の男が威勢よく吠える。


「テメェは弱らせてから、ハムみてえにふん縛ってあの方の元に出荷してやるヨォ!」


「おいおい、やめとけって」


ここでコイツらとやり合っても、おそらく痛くも痒くも無い攻撃を受け続けるだけ。最終的に俺がゲンコツでねじ伏せて終わる未来しか見えない。


そうなったら、あのお方って奴の元まで案内させる事が叶わなくなってしまうじゃないかよ。


そんな時間のポイ捨てをするのは御免被りたい。俺はこれでもゴミはゴミ箱に捨てる派の人間だ。


「ビビってるようだなァ! だが、あの方に目をつけられた時点で、ジ・エンド。つまり終わりって事なんだヨォ!」


俺の態度を良いように勘違いした男が調子づく。


「そうじゃねえよ、お前たちじゃ戦いにならねぇから、やめといた方がいいって言ったんだよ」


「なんだとコラァ! こうなったら意地でも俺達の恐ろしさを分からせてやろうじゃねえかァ!」


勘違いを訂正しようと本当のことを言ったら結局こうなるのか……はあ。


しかし、今にも襲いかかってきそうな前傾姿勢になっている相方を手で制して、頭の出来がましそうなもう一人の男が前に出る。


「それは聞き捨てならないな、我々を舐めているなら後悔する事になるぞ」


いや違った。二人まとめて救いようの無いバカだった。


「はあ、結局やる羽目になんのかよ……」


「ハッハー! 早速後悔してるみてえだなァ!」


「ああ、後悔ならとっくにしてるよ。お前らに出会ってしまった事に対してな」


「安心しろ、それはお前の所為では無い」


「当たり前だアホ! お前らの責任に決まってんだろ。さっさと謝れ」


とりあえず、今謝れば一発ずつで許してやるんだけどな。


「御託はそれくらいでいいからよォ! さっさと己をぶつけ合おうぜ!」


先ほどから全く空気を読む気が無い方の男が低い体勢のまま、手に持ったナイフを手の上で回転し逆手に持ち替えて、俺の首元に目掛けて斬りかかってくる。


俺は、棒立ちで突っ立ったまま無表情で、冷静にビンタではたいて動きを止める。


「いや、話聞けよ。何勝手に始めようとしてんだ、次やったら殴るぞ?」


「え……あ、はい」


あっさりビンタで迎撃されて、男は張られた頬をさすりながら低くなったテンションで、とりあえずの返事をした。


「あとお前も相方なんだから話の最中に襲いかかるのは駄目だってちゃんと教えとけよ? じゃあ、俺はこれで帰るから」


「待て、何だその茶番は? そんな事で我々がお前を見逃すとでも思ったか」


「お前の相方は、あともう少しの所だったけどな」


「我々は、あのお方に命さえも捧げる覚悟なのだ! お前を捕らえて、必ずもう一度あの方の熱い抱擁を頂くのだ!!」


男は、俺の方を向きながらも目をくっきりと見開いて、ここには居ない違う誰かを見ている。


その証拠に、男は恍惚とした表情でよだれ垂らしてコチラに向かって来る。


ゆっくりと両手を手を広げて歩いてくる男がやっと俺に焦点を合わせた瞬間、男の拳が顔に向かって横から降ってきた。


「いや、きもっ!?」


それをなんなく俺が避けると、そのままに壁に拳を叩きつけてしまう。


ぐしゃりと、男の手から嫌な音がした。


男の手からは明らかにかすり傷で済んでいない量の血が流れている。


だが、すでに握る事ができなくなった拳でも、なおも男は向かってくる。


「おい、これ以上やったらお前の拳が潰れちまうぞ」


「そんな事はどうでもいい! あの方の為になら私は死ぬ覚悟さえ出来ている!」


仲間の声を聞いて、ずっと尻もちを着いたまま俺達を眺めていたバカテンションの男も、闘志を取り戻して立ち上がる。


「そうだ、俺はあの方に永遠の忠誠を誓ったんだ! テメェのペースに乗って忘れる所だったが、やっと我に返ったぜェ!」


威勢良く立ち上がった男も、目の色を変えて再び逆手に持ったナイフを構えて向かってくる。


「そんなんで忘れる軽い誓いなんて、本当はしてないんじゃねえか?」


「したわッ!」


それにしてもコイツらの動き。完全にごく普通の人間の喧嘩のような動きだ。


とても俺とぶつけるには相手に勝つ気がなさすぎる人選なんだよなぁ。


コイツらのボスは何の目的で、俺の元にこんな雑魚を寄越したんだ? 単なる暇つぶしか。


襲いかかってくる明らかに様子のおかしな二人組の当たった所で特に痛くもない腕やらナイフをいなしながら考えていると、ハイテンションな男が懲りずに再び喋りだす。


「流石の最強の男でも、二人がかりじゃ身を守るので精一杯みたいだなァ! アァン?」


男のそれはそれは分かり易い挑発を聞いて、俺は大事な事を思い出した。


なんとか戦わずにボスの元へ案内させようとしていたから、コイツらのどうでも良い話を黙って聞いていた。


でも、よくよく考えたら始まってしまったらボスが誰だとかコイツらが誰かなんて事は俺には関係ない話だった。


それよりも俺の貴重なデートの邪魔をされた事のお礼をしてやるのが、マナーってもんだよな。


「おい、お前ら覚悟しろ。優しい俺はお前らの命までは取らねえ。ただし、その一歩手前くらいの痛い思いはしてもらうぜ?」


相手の攻撃をいなすのをやめた俺を殴った男の拳はさらに、潰れた熟しきったトマトのようになっていた。


俺に当たったナイフの方も刃の根元からへし折れ、主役のいなくなったソフトクリームのコーンのようになった柄を、男がまじまじと見つめている。


目を白黒させている男と苦悶の表情で拳を握る男に一歩近づいて、俺は利き手ではない左手を軽く握る。


そして、ソフトタッチで腹に一撃ずつ入れられて一瞬跳ね上がった身体を、足で支えきれずに膝を着いた二人を見下ろす。


「これに懲りたら、もうこんな事するんじゃねえぞ」


「二人倒されたくらいで、我々が諦めると思っていたのか?」


その言葉で、周囲の異様な空間に合点がいった。


膝を着いて起き上がることも出来なくなった状態で、それでも尚不敵な笑みを浮かべて男は宣言する。


「本番は、ここからだ!」


さっきまで街灯と月明かりだけの、ぴたりと音の止んでいた住宅街に、突然、窓の割れる音やドアを蹴破る騒音が次々と連鎖して生まれていく。


「……なるほどな」


この二人組の男達が、わざわざ場所を変えたのも、なぜ勝てる筈もないのに勇敢に立ち向かってきたのかも、やっとわかった。


俺は最初から敵の群勢の腹ん中に居たってわけか。


辺りを見渡すと視界に捉えているだけで、五十人を超える敵に囲まれている。


そんな状況でも、俺を照らす今宵の月は息を呑むほど綺麗に輝く満月だった。

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