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化け物達の帰省。その四

朝食と昼食の間のような時間に済ました食事の食器を洗いはじめた紗世の隣。

俺は、渡された擦ると音が鳴るほど綺麗になった食器に残った水気を軽く拭き取り、水切り用の鉄籠にゆっくりと並べていく。


「こうやって、二人で家事するのも久しぶりだねぇ」


紗世は、視線を手元に向けたまま嬉しそうに頬を緩ませる。


「そうだな。今日は急用もやることもなかったし、俺もこの位のことはおかないとな」


呪幸村にある実家では家事は俺を含めた斉藤家の四人での当番制。

あの頃は毎日、家の掃除やお義母さんが仕事で使うまじない用の珍しい名前の薬草を取りに行ったりしたもんだ。


しかし、食事を作れば味が壊滅的。

食器洗いや洗濯をすれば、皿や洗濯機を力加減を間違えて破壊してしまい。

早々に戦力外通告を言い渡され、台所に近づくことはめっきり少なくなったけれど……



俺は、紗世にはもちろん。こんな体の俺を最終的には受け入れてくれた斉藤家にも返しきれない恩がある。


賢者の打倒は"紗世との平和な未来の送る"という願いの為だが、それで娘の幸せな姿を見てもらう、という些細な恩返しができればなんて思ってしまう。


「そんなわかりやすいご機嫌稼ぎしたって、五年前のことはまだまだゆるしませんからねえ~」


「ば、ばかなこと言うなっ! これはご機嫌稼ぎじゃなく、日々のねぎらいだよ!」


こちらの浅はかな思惑は容易く看破されてしまい。

俺は声を荒げて反論した。


「……剣、もうその反応が一番わかりやすいよ……」


横で呆れる紗世は、深いため息をつく。


「くっ、やっぱりこれじゃ誤魔化せなかったか」


あれはあれで、俺なりに紗世の安全を考えた上での行動なので、いいかげんに許してくれるとありがたいんだが。


「当たり前です。その件に関しては、わたしがおばあちゃんになっても言い続ける自信あるもん」


「マジかよ……流石に、その頃には紗世が忘れていることを願うしかねえか」


「もう、ぜったい忘れませんよーだ」


そんな俺の最低な願望に、最愛の人は口を尖らせて言い返す。


「なら、こちらとしては次に紗世が盛大にやらかすのを待つしかないな」


「うわ、最低。そんなのいくら待てても誰も褒めてなんてくれないよ?」


「おいおい、犬でも待てたら褒められんのに、紗世は手厳しいなぁ」


「それわんちゃんだからだよ? あと、もうわかったから早くこれ拭いてよ」


呆れ果てた紗世は手に持った既に洗い終わっている食器を、俺の目の前に差し出した。


「……はい、すいません」


それを受け取り。言葉に従って、俺は食器に雫一滴残さぬように念入りに拭きとった。


「そういえば、アシュリーさんの用件ってなんだったの?」


洗い物も片付き、二人で居間の中央に置かれたちゃぶ台の横に座って落ち着いた頃。

そこで、紗世が言い出すタイミング窺っていたかのように、突然そんな事を尋ねてきた。


「紗世は、ウォロフって子供のこと覚えてるか?」


ちゃぶ台に肘を置いた俺は、向かい側に座る紗世の方を向かず、ぼーっと視線を宙に彷徨わせて、少し前に会ったことのある人狼の子供を覚えているか聞く。


「もちろんだよ。あの駅で剣と一緒に居た子でしょ? 戦いのあと動けない剣を家にも送り届けてくれたし」


そういえば、そんな情けない事もあったなぁ。

と、思いつつ俺は話を先に進める。


「実はこの前ぶっ飛ばした賢者は、そのウォロフの群れを裏で利用してた奴なんだ」


「えっ!? あの子も一緒に戦ったんだ!」


「あ、ああ。というか、大分助けられたとこもあったな」


ウォロフの鼻のおかげで、戦闘を有利に進められた場面がいくつもあったからな。


「そっか……じゃあ、あの子はなりたい自分に、強い自分に成れたんだね」


以前、魔導列車の駅に紗世が駆けつけた際。

ウォロフと紗世は、強くない自分を、立ちたい場所に居られないことを嘆き、お互いに強くなろうと言い交わしていた。


俺からすれば、どんなに痛くとも恐くとも、闘っていられるのは全て彼女の存在があるからで。

紗世の事を隣に居させられなかったのは、むしろ守り切る覚悟が足りてなかった俺の弱さのせい。


「そんで群れの事も解決したし、ウォロフは灯京に残された自分の群れの仲間を新しい縄張りに連れていくため、アシュリーは故郷に居る母親に無事を報告するために、一時的に里帰りするみたいだぜ」


「そっかぁ。じゃあわたしも約束したし頑張らないとねっ?」


聞き終えた紗世は、二人の近況に喜びながら今度は自分の番だと意気込む。


「まあ、紗世に強くなってほしいとは望んでないけど、ここまで来たら待ってろとも言えないしな」


「うん!」


だから、これからはあの日の誓い通り。俺達は絶対に隣に立ち続ける。


胸の奥、燃え滾る己に再び誓う。



俺が決意を熱い固めた視界の先。

ちゃぶ台の上で、唐突に畳まれた携帯電話がぶるぶると踊り出す。


「あ、わるい。電話かかって来たみたいだわ」


「はーい」


すぐに携帯電話を拾う。

そして、家の外に出てから俺は通話ボタンを押した。


『剣、オレだ』


電話向こうからは、聞き慣れた野太い声が聞こえてくる。


「着信画面を見てから出てんだから、知ってるよ」


『そうか、そうだな。それなら単刀直入に言うぞ?』


「──まさか、こんな平和な昼下がりに雑用程度の化け物退治の依頼とかじゃねえだろうな?」


頼まれたら、やらざるを得ないとはいえ。

怪我による休暇中にそんな理由で呼び出されるのは、正直気が進まなかった。


『それをオレの会社では仕事と言うんだが、今回は違う。早急に伝えておかなければいけない事ができた。直ぐ、社長室に来い』


盾石のオッサンがそれだけ言うと、携帯電話はそれ以降、プツップープー以外に何も話さなくなる。


「あのオヤジ。また言いたいことだけ言って、切りやがった……」


残された俺は、心底面倒だと思いつつも雇主しゅうにゅうげんからの呼び出しには、仕方なく応じるしかなかった。

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