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化け物達の帰省

雨雲が上空を覆い、降りしきる雨粒の音が支配する灯京とうきょうの街並みに紛れたとあるビルの屋上。


手すりに肘をつき、徐々に目覚め始める朝の街路に八角形の華を咲かして歩く人々。

それを同じように傘を差して見下ろしていた半吸血鬼女は、背後で着地した俺の足音に振り返る。


「よう。お前が俺を呼び出すなんて、手に余る厄介事でも起きたのか?」


記憶している限り、好感度の高い印象が皆無な異性からの呼び出し。

俺が面倒ごとを疑うのは、もはや条件反射だった。


「いえいえ、復讐も達成できて私生活も満たされている今の私が、剣さんなんかに惨めに懇願してまで果たしたい目的なんて、もうありませんよ。ふふっ」


挨拶代わりの辛辣な言葉を口にしたアシュリーは輝く長い金髪を揺らし、“今は“青い瞳を細めて微笑む。


こっちは何一つ可笑しくないんだが。


「それより奥さんとのお時間をお過ごしの中、突然呼び出してしまい申し訳ないですね」


「怪我人呼び出して、気にすんのそこかよ……あとまだ結婚もしてねえよ」


モンスターバスター社の医療班に、全治一ヶ月と告げられた左腕をサポーターで吊るしてやってきた自分へのあんまりな第一声に呆れてしまう。


「すみません……おじさんに遠慮とか気遣いを割くのは苦手なんですが、二人の時間を喜んでいそうな紗世さんには申し訳ないなって」


「まず、片手が不自由な奴を呼び出した事に配慮しまくれ」


「ああ、私って怪我とかは翌日になれば治癒されていますので、ごめんなさい」


涼しい顔で笑顔を作るアシュリー。

そんな彼女の謎マウントに俺は張り合うのをやめて肩をすくめて呟く。


「そりゃ便利でいいな。俺も人間辞めたら吸血鬼になるかどうか検討しておこう」


「いえ、治ると言っても普通に傷はついてしまうのでそれほど万能って訳でもないですよ。それにほら、私って心も体もか弱いので」


「……それに返す言葉はちょっと思いつかないから、ノーコメントにしとくわ」


真顔で言われると冗談だと判断できても、なんかツッコミ辛いんだよな。

ひょっとしたら本気だった時の沈黙に耐えられない。


「それで言うと、剣さんも吸血鬼と殴り合っても無傷なくせに都合よく一般人の意見で喋るのはやめてください」


「そんなことを言われたって、俺はこれでも人間だからなぁ」


傘を持ちながら広げた右腕。

前面を晒した隙だらけの体にはタネも仕掛けもあるけれど。


「――――自称人間はなどと供述をしており」


「誰が自称だ、誰が!」


これでも一応、真っ当に人間やってるわ。

ふざけんなコラ。


「とにかく、紗世のことはいいから怪我人に気を遣え!」


「まあ……しようとすれば、なんとか出来ます」


「しろ!」


俺の言葉に心の底から不服そうにアシュリーは頷いた。


目の前の無表情女は、人間性とともに道端に心でも落っことしてきてしまったのだろうか。


「それと紗世の事は心配すんな。今日もここには了承を得て来てるからよ」


朝から大声を出して乱れた息を整えた後。俺は一人分空けた彼女の隣まで歩き。

先ほどのアシュリーの不要な気遣いに補足しておく。


「本当に彼女さんに対してだけは真摯ですね、剣さんは」


「なんか嫌味を言われているように聞こえるのは、俺の気のせいだったりするのか?」


何を勘違いされているの分からないが、紗世は訳も話さずに怪我人の一人外出を許すような女ではない。

相手が俺であっても。


「それはともかく。もうあなたには関係の無い話かも知れませんが、優子は最近とても学校に行くのが楽しいと言っていましたよ」


「へえ……」


優子というのは約二ヶ月前、俺が目の前のヴァンパイア・ハーフに魅了された人間に襲われそうになっていたところを助けた少女。三間坂優子ちゃんの事だろう。


戦いの末。

吸血鬼の部下達は全て倒したがアシュリーだけは賢者を倒すという同じ目的と、親しくなっていた優子ちゃんの事もあり。

俺は自分の正義に基づき退治するのはやめておいたのだった。


あとこんな綺麗な顔して、しかも身に豊かな双丘を実らせた女、ぶちのめすなんてもったいないこと俺にはできないしな。


「なにか、剣さんにまた失礼なことを思われている気がするのですが」


「気のせいだろ」


俺は真横の胸元から目を逸らして、正面に広がるビル群と曇天の境界線を眺める。


「でも、そりゃ良いことだな。あんな事があったんだあの子が幸せそうでなによりじゃねえか」


「ええ。それと連絡がつかなくなった超人おじさんのことも最近は少しずつ話さなくなりましたから」


「それこそ、それでいいんだよ。あの子の居場所は俺達みたいな日陰の下じゃなくて、お天道さんが見守る明るい道で良い」


あの子が助けた俺に少しばかり好意的な感情を持っていたのは知っている。

しかし、俺は助けた女の笑顔以外に興味はない。


彼女が愛するのは自分を真摯に愛してくれる同年代の男の方が良いに決まってるだろ。

高校生の純情におっさんの出る幕なんて無くていいんだ。


「格好の良さそうなこと言いますね。ですが、それではまるで、あなたの彼女さんは日陰の下が相応しいと聞こえますが?」


灯京の上空に目線を投げ、遠くを見つめていた俺に右隣からアシュリーが言葉を刺す。


「まあそうだな。本音を言えば、他の女の笑顔にしてる余裕が無くなったってのも少しはある。お前の言う通り、俺は紗世の人生こそ一番、盛大に照らしてやりてぇんだ」


「へーそうですか。でも、恋人の前以外では許されない気持ちの悪い言葉を吐くのはやめてください」


「お前が言わせたようなもんだろうがッ!」


思わぬ、嫌悪の表情に俺は大声を飛ばす。


「そうなんですが、流石に目の当たりにしたら気持ちが悪いなって」


「このアマァ、いつか絶対一回は殺す……!」


「それで、そろそろ本題に入ってもよろしいですか?」


「その為に来てんだから当たり前だろ。前置きが長いんだよ、助走でスタートライン切ってるわ」


「では」


そう前置きすると、


「私とウォロフ君はしばらくの間この街を離れます」


アシュリーは、俺の遥か予想外の報告を口にした。

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