相対す、光の賢者。その四
「おい、ウォロフ。お前あの光線が見えてんのか?」
逃したクラウンの位置を探るウォロフの隣。
追いついた剣が大刀を拾いながら確認する。
「ううん。けど、アレを撃つ直前に群長の手から微かにコウゲキの匂いがするんだ。だから、それに合わせて体を動かしただけだよ。ツルギとの特訓の時と同じようにね」
剣にはウォロフの言っている事の五割も伝わっていなかった。けれど、今重要なことは“そこ”ではない。
「要は、お前はアレを確実に躱せるんだな?」
「まっすぐ向かってくるヤツだけなら、なんとかね」
単独で接近できる者が一人増え、手数が倍になる。剣にとって願ってもいない手札が配られた。
もはや剣の中で勝利の可能性は揺るがぬものなっている。
「……いけるぜ? 二人で賢者の首を取るぞ、ウォロフ」
「うん! ぜったいに勝とう!」
「おやおや、鼠たちが勢いづいているなぁ。だが、お楽しみはこれからだ!」
大胆不敵。
楽しんでいるようにも見える高揚した声とともに、離れた位置で再出現したクラウンが指を鳴らす。
直後、部屋全体を照らす天井中心の照明と大面積の床を繋ぐ壁面が音を立てて動き始める。
半円形の天井から床に向けてゆっくりと飲み込まれていく壁面。
裏にはもう一つの壁が仕込まれており、そこには中央に立ち並ぶ剣とウォロフの姿が無数に映し出されていた。
「ようこそ、俺様のミラールームへ。ここに敵を招くのはガイズが最初で最後だぜ」
大空間が真の姿を露わにした瞬間。
両腕を広げたクラウンが、左右それぞれ五本ずつの指を奇妙な形に捻じ曲げて各々異なる方向に射線を向ける。
「何物も通過する無数の光〈ライトマジック・シャイン〉」
一見して何が起こるのか理解し、三人が息を呑む。
これから始まるのは圧倒的までな蹂躙。
「おい、ウォロフ。覚悟はできてるか?」
「もちろんだろ」
「だよな! なら、ここからは一瞬違わず俺に合わせろっ!!」
「オウ!!」
息を合わせ同時に地を蹴った剣とウォロフへ、右、左から順に向かってくる脅威を剣は右に大刀を構えて防ぐ。
直後。
左横のウォロフと立ち位置を入れ替え、左の光線を防いで大刀を無限の軌道を描きながら振り回して猛進。
駆ける双影がうねり交り合いながら、光撃を全て遮ってクラウンとの距離を食い尽くしていく。
「まだまだ行くぞ、ボーイズ。これは凌ぎ切れるのかな?」
それを目の当たりにしてなお、クラウンの余裕は崩れない。
全方から二人を指差すクラウンは上下に二線の追撃に加え、左右の無数の光線を放出。
天井で数々の流星が輝き、瞬きを繰り返し始める。
「そんな星屑ごとき、何度向かって来ようが叩き落としてやるっ!」
剣が真っ向からの光を弾き。もう一つの光が頭上を通過。
振り返ろうとする剣は、曲げた肘に背中合わせになったウォロフの腕に引っかける。
「ウォロフ、お前はここから一撃入れることだけ考えろ。防ぐのは俺がやる!」
「うん! ツギで終わらせてみせるよ」
腕をかけたままの反転。
強引に位置を入れ替え、背後で反射し迫っていた光線を大刀で遮り。
続けざま、天井の鏡面から次々に反射され上方から降りそそぐのは無数の流星群。
「こんなところで負ける訳には、いかねえ!!」
鬼気迫る勢いで止めでなく襲いくる無数の光弾を右手の大刀で防ぎ。
左腕にウォロフを引っかけたまま、独楽のように回転し縦横無尽に振り回す。
「オオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
絶え間なく襲いくる無数の光弾を、剣は正確に順序を見切り死角を消して一つ残らず弾き切る。
無限にも思えた一瞬の攻防。
その第二波を送ろうとも一度クラウンが腕を広げた。
「まだ欲しいようだな? ほぉら、お望みのサービスだ!」
「頭に乗ってんじゃねえっ!」
光弾の途切れた一瞬。回転の急停止。
追撃の光弾を構えるクラウンへ向け、暴れ回る左腕にしがみついていたウォロフを遠心力に乗せて発射。
「頼んだぜ? ウォロフ!」
「オウ!」
毛並みをたなびかせて飛び出した白い弾丸が、クラウンの心臓目がけて爆進する。
「ハハハハハハハハハハハハハハッこれはクレイジーな思いつきだ!? ウルフボーイが俺様にたどり着くのが先か、光弾がボーイズを穴の空いたワイン樽に変えるのが先か、お楽しみだなぁ!」
「いいや。てめえの性格みてえに屈折した攻撃は、もう喰らわねえ……」
振り上げた両の拳。
剣は漲らせた膨張するほど力んだ腕を、噴き出した傷口の出血も構わず、渾身の勢いで振り下ろす。
「壊すのは、得意なんでな――――おらぁっ!!」
叩きつけたられた大豪撃。衝撃で剣の下半身が浮く。
衝撃は大地を揺らすだけに留まらず、壁面の鏡を連鎖的に砕き割り尽くし反射する場を失った光は壁に衝突しても返ってはこない。
「くっ!?」
見事に狙いを打ち砕かれたクラウンの顔が、今回ばかりはついに曇った。
「これは、父ちゃんとキョウダイの分だ!」
その隙に眼前に迫っていたウォロフ。
瞬間、クラウンから陽気な空気を消え失せ、深い息を吐くとともに険呑な眼光を灯す。
「全く被害者意識の強いウルフボーイだ。ウェアウルフ風情が一人前に嘆くなよ? 貴様らに人権など存在せんのだ。人間はお前らを殺すことになんの感傷も湧かないんだよ、害獣が……!」
「ガッ!?」
伸ばされた白い毛並みの腕を、クラウンは上半身を大いに仰け反って躱し、狼少年の首元を黄金の毛が揺らめく手で圧迫する。
じたばたと暴れるウォロフを片手で吊り上げ、もう一人の人狼が顕現した。
「それとなぁ、被害者というなら俺様の方だ。お前の父親に呪いをうつされたお陰で、一度味わった女は心臓まで食い尽くさなければ満足できない体に成っちまって、飢餓感と食衝動が収まらない。最初に喰ったあの日から腹が減って仕方がないんだよ……」
呼吸に苦しむウォロフを細めた目で眺めたクラウンは空いていた拳を固め、最後の一撃を整えた。
「その手を放しやがれっ!」
強襲一閃。
手を放し身を引いたクラウンの目前。
先ほどまで腕が伸びていた位置に剣の大刀が急降下し、二狼を別つ一撃を見舞う。