おっさんと賑やかなお茶会。その四
俺はアシュリーちゃんが出て行った喫茶店の入り口を見つめて考える。
結局一度も座らなかったけど、あの子は一体何のためにこの喫茶室に入って来たのだろうか?
疑問を抱きつつも、目の前でしばらく放心状態の優子ちゃんに声をかける。
「で、優子ちゃんはどうしたの?」
「あ、すいません。あんな美人な方と連絡先を交換出来たことが嬉しくてつい」
「女の子同士で、歳もそこまで離れてなさそうなんだし大げさじゃないか?」
多分、合コンに居る男でもそこまでは喜ばないと思うよ。行ったことないから知らんけど。
「そんなことないです……あたしなんて、あの時斉藤さんが助けてくれなかったら今があったかも分からないですし」
優子ちゃんは、そこで今日初めての申し訳なさそうな顔をする。
どうやら、この前の夜道で妙な男から助けた時の事を言っているらしい。
「あれはたまたま、仕事からの帰り道で偶然目に入ったから助けただけなんだから、気にしないでいいんだよ」
「でも、やっぱりもっとちゃんとしたお礼をしたいんです!」
優子ちゃんは、納得がいかないのか大きな声を出す。
「いやいや、このデートで十分だって、それに俺は優子ちゃんの当たり前の日々を守っただけだよ。だから今の君は奇跡的なんかじゃない普通の女の子だよ」
それでも、少し不満気な表情をしていたが、最後には渋々という形で納得してくれたようだった。
「斉藤さん、ありがとうございます。こんな事しか出来ないですけど、あたし精一杯頑張りますね」
「うん、じゃあ最近あった一番楽しい話でも聞かせて欲しいな」
それからは、最近の学校や家で起こった出来事の話をどんどん話してくれる優子ちゃんを、俺はしみじみと平和を感じながら眺めていた。
話も終わり、優子ちゃんの目の前の皿の上のケーキが綺麗に姿を消した所で俺は席を立つ。
「そろそろ、日も落ちてきたし帰ろうか?」
「……まだ、少しお話したいって言うのはダメでしょうか?」
上目遣いで聞いてくる優子ちゃんに、俺は努めて穏やかな声と笑顔ではっきりと答える。
「あんまり帰りが遅くなると親御さんが心配するから、それは駄目かな」
まあ、喫茶店で女子高生とお喋りしてたおっさんが言う台詞ではなかったけれど……
「そう、ですよね……。あ、今日はありがとうございました! いつもお喋りは話を聞いてることの方が多いので、とても楽しかったです!」
「俺も、こんなに誰かと話したの久しぶりで楽しかったよ。ありがとう」
穏やかな空気で俺たちが、会計を済ませて店を出ようとする。すると、ちょうど二人の男が店内へと入って来ていた。
男たちは酒でも呑んでいたのか、よろよろとおぼつかない足取りでこちらに向かって来る。
「あの人たち、なんかおかしくないですか? あの、男の人みたい」
言われて気づいたが、男たちの行動はあの日の夜に優子ちゃんに襲いかかろうとしていた男と似ている気がする。
「大丈夫、今回は最初から俺がいるからな」
俺は言いながら、怯える優子ちゃんと男たちの間に立つ。
「斉藤剣、我々について来い。あの方がお前をお呼びだ」
片方の野太い声の男が俺を見るなり、そう言い放つ。
どうやら、こいつらの狙いは優子ちゃんではなく俺の方らしい。
基本的に男の誘いは断る主義だが、ここは一刻も早く優子ちゃんの視界からこの男たちを消す為、俺は男の要求に頷く。
「……やれやれ、分かったよ。誰だか知らねえが会ってやる」
「あまり図に乗るな、黙ってついて来い」
「ムカつくヤロウだ! なんならその女とまとめて再起不能にしてから連れて行ってやろうかぁ!?」
もう片方の耳障りな甲高い声の男が、優子ちゃんの方へと一歩踏み寄ろうとする。
それを肩に手を置き制止させて、俺は優子ちゃんには聞こえないよう男の耳元で静かに告げる。
「おい、さっさと外に出ろ。お前らが今すぐ叩きのめされないのは、この子の前だからって事を覚えとけ……!」
「え? 斉藤さん、その人たちは悪い人じゃないんですか?」
不安そうに見つめる優子ちゃんを少しでも安心させてあげる為に振り向く。
「大丈夫大丈夫、こう見えて俺って最強だからな!」
俺は、優子ちゃんに親指だけ突き出した拳を向けてニカっと笑う。
果たして、その笑顔に優子ちゃんがどう思ったのか分からない。そのまま俺は、振り向くことなく男達に続いて喫茶店を後にした。
登場人物紹介その三。
三間坂優子
高校生。剣に助けられた少女。
年齢十七歳。誕生日3月5日。
容姿、セミロングの黒髪。可愛いらしい外見だが内向的な性格のせいで、友達は多くない。
身長は約160㎝
好きなもの、読書、真夜中の散歩。
嫌いなもの、声の大きい人、強引な人。