相対す、光の賢者。その二
「っ!」
爆ぜた閃光の一瞬後。
瞳に色彩を取り戻し覚醒した俺の脇腹を、火傷の痛みが襲う。
むきだしの焼き爛れた脇腹は見た目からすでに痛々しい。
チクショウ……! ついこの前、紗世に貰ったばかりのジャケットに大穴が空いてやがる。
内心で舌打ちをしつつ、脇腹の辺りが消失したジャケットを脱ぎ捨てた。
反撃か防御。
次の行動を考えながら、おもむろに右手で大刀の柄を握り直そうとした手の平は、しかし、何もない虚空を握りつぶす。
「……?」
違和感の正体を探してきょろきょろと辺りに視線を落とす俺に、小馬鹿にするように靴底を数回ノックする音が耳に届く。
音の鳴る先、前方に目を向ける。
そこには大刀の上で片足のタップダンスを披露しているクラウンの姿があった。
「探し物はこれか? 姿形も残らず吹き飛ばすつもりだったが、思ったより頑丈なボーイだな」
自分の魔法を受けて生きている生物を見るのは初めてなのか、クラウンは興味深そうに俺の脇腹へじろじろと無遠慮な視線を送ってくる。
「おかげさまでな。このくらいで死ぬようなか弱い体は与えられてねえよ」
「そうか、だが頑丈なだけでは俺様に触れることはできないぞ。もっとも男がこの体に触れるなど死んでも許す気などないがね」
「おいおい、悲しいこと言うなよ。俺はお前に会うために遠路遥々、半日以上かけて来たって言うのに……」
無駄話で整った呼吸を確認し、言葉と共に立つ。
そして拳を握りしめ、ツレない事を言う宿敵の顔を睨みつける。
「男の行動原理なんて、どんな理由があろうと俺様は興味がないんだよ」
目前で薄ら笑っているのは、俺の、俺達の未来を阻む害悪。
ここで絶対に払拭して紗世の元に帰ってみせる。
「奇遇だな。俺もどんな訳があろうと、賢者どもには拳を叩き込まねえと気が済まねえのよ!」
気持ちの昂りと共に走り出す一足。
「やれやれ、また正面からの特攻か。落ちぶれたサーカスでも、もう少し余興になるというものだな」
失笑を漏らす光る顔面に、拳を打つ。
手に残るのは空気を打った感触と空振りの虚しさ。
だが、そんなものには構わず、俺は大刀を拾い上げて再び足を前に動かし続ける。
眼で観ても、耳で聴いても、追いつけないというのなら……
こっちもテメエの照準の外で走り続けてやるまでだ。
円形の石壁に囲まれた広大な室内。中央を眺めながら、俺は壁に沿ってマラソンを開始する。
もうこっからは止まらない止まれない。奴の心臓が停止するまで!
「ほう。気づいたのか? それとも偶然か? どちらにせよ、ナイス判断だな」
周回しながら目線を注ぎ続ける室内の中央付近。
一際強い輝きを発してクラウンは唐突に出現する。
それを目撃した俺の中で一つの合点がいった。
奴の姿も足音も気配も感じ取れなかったのは、そもそも“居なかった”から。
だから奴は、視界の外や遠距離からしか攻撃を加えなかったのだ。
高速移動なら視界に入らずに真っ向からでも仕掛けられたはず。
それを出来なかったのは己の魔法のタネが明らかになるのを恐れたからだ。
「お前の移動魔法、見切ったぜ」
戦闘において、弱点の開示は致命的。
突ける隙は、穴が空くほど突かせてもらうぜ!
「魔法? これは"魔法"などではないが?」
つかれた図星にすっとぼけた言葉を吐くクラウン。
「負け惜しみは地獄で言うんだな!!」
光の衣を剥がれた哀れな賢者に、俺は進行方向を直角に側面へと切りかえて迫る。
唐突に訪れた絶好のチャンス。
必ず、叩き込む!
「隙をついたつもりだろうが、ボーイ。君の速度も力もできることの全容は、過去に黒須から送りつけられてきたしつこいほどの経過報告で知っているぞ」
魔力を滾らせた眼でこちらを見据えたクラウンは、いとも簡単に喰らいついた俺の大刀を躱し、眼前を通過した俺の姿に嘲笑う。
「そいつは、どこのガキの話だっ!?」
失速する自分の前に大刀を地面に突き立て、軸にしてコンパスのようにその場で回転。
手の平を俺に突きつけていたクラウンの顔に、初めて確認した驚嘆の表情。
刀じゃ駄目だ、振り遅れちまう。
刀身を僅かに沈めた大刀をその場に置き去りにして突撃。方向転換も停止も頭にない急加速。
最速の拳で仕留める!
ここで決めなくて どこで決めるんだっ!!
「予想外だボーイ。お前がここまでやるなんてな」
目を見張ったクラウンは衝突の直前に顔を引き、すれすれの一撃が奴の頬を掠めた。
拳がかすり、クラウンの端正な頬に一筋の血の雫が伝う。
届いたっ! これで反撃の糸口はギリギリ掴み取った!
「――だが、それもこの程度が限界。ゲームオーバーだ」
もつれる足を必死に立て直し、再び走り出そうと希望を見出した俺の背後から、無慈悲な声が届く。
「分かたれた二又の光、何物も穿つ軌跡を描け〈ライトマジック・シャイニング〉」
聞こえた詠唱に、俺はすぐさま振り返る。
咄嗟に浮かんだ防御という選択肢は、二又の指を向けるクラウンの後方。突き刺さった大刀を確認し消失。
やむなく、俺は、苦し紛れの片足飛びで側面へ緊急回避を選択。
――瞬間。
クラウンの指先が瞬時に飛び退いた先へと移動。
避けられない光撃に備えて腕を交差し、守りの構えを取る。
ここまで喰らってきたのも、耐えられない程の威力じゃなかった……!
だから、これを耐えれば、次に会心の一撃を叩き込める。ここが最後の踏ん張りどころだッ!!
こちらに向けられた人差し指と中指から伸びる二つの光線は腕を構えた上半身の奥……
心臓ではなく。
視界の下方をすり抜け、俺の両膝に穴を空けた。
「ぐっ!?」
走る激痛に奥歯を噛む。
しかし、体の方は横に飛んでいた途中で脚を失い、着地も出来ず、見事に床の上を転がってしまう。
「ボーイ、最後の最後で戦術を放棄しただろ? そんなんで俺様に勝てると本気で思っていたか」
床に倒れ込んだ俺は即座に力を入れ、血が噴き出す足を力尽くで動かし緩慢な動作で立ち上がろうとする。
「速度を失ったボーイに、戦況を覆す術はない。完全に積み、だな。お前の負けだ」
クラウンがこちらに腕を伸ばし、照準が合わせる。
自分でも理解できる……今の俺には避けることも防ぐことも出来ない。
残る手は、時間内に倒せる確証の無い『〈武御雷〉』を使う以外、手は残されてはいなかった。
死に物狂いで足掻いて、尚、詠唱を終えられるかは賭けだ。
だが、ここまで来たらやるしかない。
覚悟を決め睨みつけた敵は、なぜか攻撃を中断して光の中へと姿を消す。
そして次に、後方から飛来した無数の赤い軌道がクラウンが立っていた位置を通過する。
「……来たのか」
柄にもなく安堵してしまう自分に少し戸惑いつつ、俺は援護射撃を放った主の方へ振り向く。
そんな視線の先には焦燥を顔に張りつけ、息を切らしたアシュリーとウォロフが到着していた。