おっさんと賑やかなお茶会。その三
「えっと、あたしは三十歳までは大丈夫ですから!」
しばらくアシュリーちゃんに罵られ続けられた俺を。あたふたしながら見守っていた優子ちゃんが、的外れなフォローをしながら両手で机を叩きつつ立ち上がった。
「いや、優子ちゃんそういう問題じゃ……」
「おじさん、あなたまさか本当に……?」
さっきまで汚物を見る目で、俺を罵っていたアシュリーちゃんの瞳が完全に駆除対象を見る目に変わっている。
この子、アレでも手加減していたというのか……!?
「変な勘違いするなよ、違うからな! それと優子ちゃんも今は勢いで喋るのはやめてくれ……」
この喫茶店の他の客達も、ちらちらこっちを見始めて注目を集め始めている。
「そうですよ、優子さん。年上が駄目と言っているのではないんです。私はただ生ゴミとは付き合ったりは出来ないという当たり前なことを言ってるんですよ」
「えっとガトレットさん、それはさすがに酷くない?」
「そうですよ。斉藤さんは絶望的につまらないですけど、ゴミなんかじゃありません!」
「え、優子ちゃん、その発言って恋、じゃなくて故意かな? そろそろ目から滝のように溢れ出しそうなんだけど、涙が」
そんな泣き出す寸前の俺に、アシュリーちゃんは睨むのをやめて穏やかな口調になる。
「おじさんの号泣は可哀想とかじゃなく、ただただ不快なだけなのでやめてください……」
と、穏やかな口調で手厳しい感想を述べる。
「あ、別にここで慰めたり謝ったりはしてくれないんだね」
むしろ追い打ちなんだね。お前の涙には遠慮する価値もないという。
正直、ここまで言われる事はしてないと思うんだが、アシュリーちゃんはともかく優子ちゃんも良心とかは家に忘れてきてたりするのかも知れない。
もしそうなら、今すぐ取りに行って欲しい。おじさんが人前で泣く前に。
「まあ、今日はこのくらいにしておきます」
「そうですよ? 斉藤さんなんだか疲れてるみたいですし」
と、優子ちゃんは笑顔で言う。
「ははは、確かに、ここ数分で五年分は老けた気がするかな」
「本当ですよぉアシュリーさんちょっと言い過ぎです。あたし見ていてハラハラしましたもん」
優子ちゃんも割と言ってたような気がするけどなぁ。まあ、無自覚ならそっとしておいた方が良さそうだ。
「そうですね、いくらあなた相手でも少し言いすぎたかも知れませんね、すみません」
「いやいや、そこまでは気にしなくていいから、でもまあ他の人には言わない方がいいぞ」
「はい、さすがにあなた以外の人にここまでは言いませんが?」
「え? それって……お、俺が特別だからか?」
「そうですね、特別です。特別に、嫌いです」
うん、知ってた。
アシュリーちゃん、盾石のオッサンの会社で会うたびに嫌な顔を隠そうともしてないしな。
「それでは私はこれで帰りますけど、その前に優子さん。あなたの連絡先を教えてもらってもいいですか?」
「あ、はい! こちらこそお願いします」
綺麗なお姉さんと連絡先の交換ができるのが嬉しいのか、優子ちゃんは瞳をキラキラと輝かせて頷いている。
目の前で連絡先を交換すると言ってから、唐突に何やらスマートフォンを振っている女の子二人に狂気を感じていると。
ウェイトレスがアイスコーヒーとアイスココア、それからケーキを二つ運んできた。
「お待たせしました。ご注文の品になります」
「ありがとうございます。アイスコーヒーは俺で、あとはこの子のなんで」
飲み物とケーキを置いたウェイトレスが他のテーブルに注文を取りに行く。
「では、今度こそ本当に失礼しますので。優子さん何かあったら連絡してくださいね」
アシュリーちゃんはウェイトレスが立ち去るのを待ってから、もう一度別れの言葉を口にする。
余計な言葉とともに……てゆうか、言うなら優子ちゃんの方向いて言えよ! こっち見んな!
それはともかく、真面目だな。俺だったら会話に飽きた時点で勝手に帰っている。
「おう、また盾石のオッサンの会社でな。今度はお土産も待って行くからさ」
「はい、その時だけは営業スマイルでご対応させていただきます」
「それは真顔で言うんだな……」
「私のスマイルは無糖なので」
「それを言うなら無料じゃないのか?」
「冗談ですよ、私はこれでもよく笑います」
いや、そもそもいつも笑ってない上にアシュリーちゃんの性格は無糖を通り越して辛口だけどな。
「そうなのか、まあそれは良いことだと思う」
「何言ってるんですか? おじさんの前でもよく笑ってますよ」
「え、そうだっけ?」
俺が見ている限りアシュリーちゃんの笑顔なんて見た覚えがないが。
「ふっ」
「鼻でかよ!」
ああ、確かに。嘲笑だったら会話中ずっとされてる気はするな。
いや、人の話聞けや。
最後に失礼な笑いをすると、アシュリー・ガトレットは喫茶店から満足気に去って行った。