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最強おっさんと狼少年。その二

数時間後。俺達は分厚い雲が隠した夜空に下、先ほどよりも空と近くなった灯京を一望できる場所に訪れていた。


ここには遮る物など存在せず、通り抜ける風が髪や衣服を、パタパタと揺らす。

日中は少しぬるく纏わりついてきた風も、陽が眠るとともに涼しさを取り戻し、今は心地よい。


「ここって、きていい所なの?」


言われるがまま連れて来たウォロフは帽子のつばを目深に被り、警戒した声でこちらを窺う。


「別にいいだろ。一応協力関係なんだし、ここなら人目も気にせず全力で能力ちからを解放できんだろ」


俺達の立つ場所。それはモンスターバスター社の社長室の真上に位置する屋上。

ウォロフにとっては、一応協力関係を結んでいるとはいえ、自分の天敵の巣窟の真上という事になる。


不安に抱くのも当然。しかし、俺の土地勘ではここ以外に該当する場所もないので我慢してもらう他ない。


「でも、あのオジサンにバレたらまずいんじゃあ……」


「大丈夫大丈夫。盾石のオッサンはこの時間仕事に没頭していて少しの物音ぐらいじゃ気にもかけねえよ」


あのオッサン。俺が何時に化け物に遭遇して連絡しても折り返しの電話を掛けてくる仕事人間だからなぁ。


それにシャッター囲まれた社長室は防音の機能もある。少しくらい暴れても問題はないだろう。


「ツルギがそう言うなら……それで、オイラはなにすればいいの?」


ウォロフは渋々、頷き。それから今夜の予定を要求してくる。

特に決めていなかった俺は、その場で思案して俯く。


……他人を強くするってどうするんだ?


漠然と浮かんだ思考に戸惑い、考える。自分の過去を振り返っても残念ながら答えは見つからなかった。

俺は、誰かと実力を高め合ったことなどない。やっていたことと言えば、毎日の筋トレに幹割りと山でのランニング。加えて、魔法体で扱える能力の自由を増やして持久力を高め、出力を高めたくらい。


対人の訓練というもの自体に、経験が乏しかった。


「そうだな。急に俺に勝てって言っても無理そうだし、かと言って目標も無しにがむしゃらに殴り合うっていうのもお前には得が無いよな」


「さいしょのはムリだし、二つ目はツルギにずっと殴られ続けそうだね」


「うーん。じゃあとりあえず、俺の顔面に一発当てるのを最初の目標にするか」


「ええ……それが最初の目標?」


捻り出した俺の提案にウォロフが不満気に聞き返す。

しかし、俺もウォロフに何をすればいいのか分からないため、今日はそれも含めて見極めたい。


「それが出来れば、少しは普通の組手とかもできるようになんだろ」


「わ、わかったよ。やってくれるんだし文句言いすぎるのは、よくないよね」


謙虚な言葉。言うとともにウォロフは人間の姿を捨てた。


大きめのサイズのジャンパーとジャージは七分丈になり。覗いた手足は純白の体毛に覆われて宵闇の中で輝いているように眩しい。


「そうだな」


俺は人狼化し見上げる形になったウォロフへ、掌を返しクイクイっと、手招く。


「じゃっどっからでもかかってこい!」


「オウッ!!」


地を蹴って疾走。ウォロフがお互いの距離を食い尽くし、迷いなく、顔面を狙って拳を打ち出す。


「くらえ!」


愚直なまでの真っ直ぐな軌道。

俺は棒立ちのまま首だけでかわし、顔の横、空を切った腕を掴み取る。


「なっ!?」


「ほらよっ」


身体を捻り半回転。円弧を描いて、自分の後方に放る。

宙を泳ぐウォロフが手足を掻いてコンクリートの地面に墜落した。


「ぐっ! まだまだぁ!」


ごろごろと転がりながら着地したウォロフは、すぐに立ち上がり。ちらりと、視線を下に向けまたも地を蹴って加速。


拳を振りかぶって迫り――――俺の眼前で姿を消す。


「おっ? 流石に変えてきたか」


狼少年の起点に安堵。思わず声が出た。

そして視界の下、俺の股の下を滑り抜けたウォロフが伸ばした手で足を掴み。勢いに任せて引き抜こうと引っ張る。


それは、俺が今朝の人狼戦で行った戦術。相手の足を取り、態勢を崩して隙を作る為の。


「っ!?」


けれど、掴まれた足は後ろにぴくりとも動かない。

ウォロフの起点はともかく、俺を転倒させるには根本的に勢いか、力が足りなかった。


「考えるのはいい。でも、それじゃ俺は崩せねえよっ!」


足を掴まれたままでの後転。

引っ付いていたウォロフは引きずられるように前方に発射。地を滑走する。


「アチアチ、アッチっ!」


猛烈な勢いで背中を擦りつけ、摩擦の熱で燃え上がる背を横に転がって離脱させる。


「どうした? もう終わりか」


「そんなわけっないだろ!」


少し焦げ臭い背中を掃いながらウォロフは吠え。負けじと果敢に走り出す。

再度、一瞬で接近するウォロフ。


今度は自分の方が長い腕を活かし素早く繰り出す両の拳でなりふり構わず俺の顔面を狙う。


「おいおい、顔に一発って言ったからって……」


高速で首を振りながら、俺は呆れた。


一発。確かにそれは致命傷である必要はない。

だがしかし、やたらめったら振り回す拳を当てられ、次に進まれてはこちらとしても困る。

それでは実力の向上が見込めず、何の役にも立たぬ成果を譲ることになってしまう。


俺はするつもりのなかった拳を軽く握り。反撃の意思を固めた。


「そんなもん当たるかあっ!!」


目の前で前後する腕を掴み。引き寄せる。

急な寄せの一手。必死に食らいつき、手を出し続けていたウォロフがつんのめる。


振り抜いた拳は左手と交差し、一直線にウォロフの顔目がけて向かう。


衝撃の瞬間。ウォロフの口端が吊り上がった。


「……まってたよ? ツルギ」


交差し肩に回されていた腕が俺を巻き込み。拳が逸れる。

そして飛び上がったウォロフの膝蹴りが、側面から俺の顔へと引き合うように飛び込む。

避けるのは不可能。まんまと罠に嵌ったのは俺の方だった。


「……上出来。だが」


迫った膝頭を掌で押さえ、不発の拳で肩に回されたウォロフの左腕を掴み取る。


「足りねえぇぇぇぇ!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


膝と腕、二つの取っ手を持ち。俺は力に任せて振り回す。

不安定なメリーゴーランドはウォロフの三半規管を滅茶苦茶に乱し、見る見る内に青ざめさせていく。


回転が十を超えた。

ウォロフの絶叫も聞こえなくなり、耳に届くのが風切り音だけになった頃。


……そろそろ終いにするか。


地に足を擦り付けての急停止。勢いを殺し、沈黙したウォロフを地面に下ろして手を放す。

俺は、まだ目を回しているウォロフの眼前に拳を突き出して告げる。


「うぅ~」


「ま、今日はこんなもんだな」


お互いに今朝の戦闘の疲れも残ってるし、準備運動ってこと今日はお開き。

なかなか起きない犬っころに、拳を開き。手で狐を作って鼻にデコピンをかます。


「イテっ」


「今日はもう帰っていいぞ。特訓はこれから三日間、この屋上で行う」


「え、帰っていいって? ツルギの家に泊めてくれないのか」


鼻を押さえたウォロフが意外そうな声を上げる。


「なんで俺が、犬のくさいガキと一緒の部屋で寝なくちゃいけねえんだよ」


残念ながら俺の家には寝具は二枚しかなく、自分用以外は紗世が使用済みだった。


「オイラは犬じゃねえよ! いや、そうじゃなくてアシュリーさんキゲン悪そうだし、じゃあオイラはどこ行けばいいの?」


確かに、先ほどアシュリーから逃走したばかり、気まずさは最上級だろう。


だがそんなことは、知らん。


俺は作戦の都合上そんなものは無いものとして、ウォロフに言い聞かせる。


「ウォロフ、アシュリーは仲間だろ? もし作戦の時に支障が出たら命取りだ。しっかり仲直りをしておけ」


アシュリーが憤慨した理由はどちらかというと俺にあるのだが、奴の機嫌を取るにはウォロフの世話を任せた方が手っ取り早い。俺は生贄に好物を持たせ速やかに送り出すことにした。




寄り道の後。我が家の前でウォロフの手にホールケーキを手渡す。


「じゃあ、任せたぞ」


「うぅ、ヤダなぁ」


そんな嫌そうな顔いっぱいの狼少年に、作り笑顔で手を振り。俺はこの後の健闘を祈るのだった。

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