板挟みの二人
窓枠の外が全てシャッターで囲まれた社長室。
外は昼間にも関わらず一日中陽の光を遮断しているため、天井から顔を出したような半球体の照明だけが唯一の光源を担っている。
居るのは、俺と盾石のオッサンの二人。
仕事終わりの道すがら、アシュリーとウォロフも報告に連れていくかと聞いたが「会社には二度と連れてくるな」という言葉を言い渡されてしまった。
なので、俺は仕方なく最寄りの客足の遠そうな喫茶店に二人を待たせて来ている。早速、自分の金で。
この場合、経費でどうにかならないのか気になるが、今はそんな話する空気ではないので自重。
しかし、割と切実な問題ではあるのだ、これが。
「……」
片付いた事件の報告を粗方終えると、盾石のオッサンはデスクに肘をつき、渋い顔で沈黙した。
「……つまり、その人狼には裏で手を引く人間が存在するという事か?」
「まあ、おそらくな」
オッサンの確認に対し、俺は自信を持って頷く。
まだ憶測の域を出ないので断定はできないが、そう考えるのが妥当なくらいにはヒントは揃っていると思う。
「その人狼が放り投げてきた魔導具、謎の球体は回収したか? 現場調査に向かった隊員達は破壊の痕跡以外には何も残っていなかったと報告してきたが」
腕を組み、偉そうに椅子に深く座るオッサンに答える。
「それなら俺がぶった切ったから瓦礫の隅っこにガラクタになって転がってると思うぜ」
「……人狼の死体も、か?」
瞬間、片目を細めた盾石のオッサンの威圧感が増す。現場でお目当てのものが見つからず、ご立腹のようだ。
「あれは依頼でもなければ、殺害を強制された任務でもなかっただろ――」
だから、と続けようとした俺に投げつける様な怒号が飛ぶ。
「化け物を殺処分さずに放っておくのは、次の被害者を探せと言ってるも同然だッ!」
オッサンはデスクに拳を叩きつけ、目の前に中央が凹み左右が盛り上がった奇妙なアート作品を作り出す。
室内は一変。一触即発の尋問室へと様変わりした。
「剣、最初に出会ったときオレが言ったことを覚えているか?」
あんな胡散臭い社名と勧誘。忘れたくても忘れられないだろう。
「この国の人々が化け物に恐れなくてもいい国を作る、だろ」
「ああ、そうだ。今でもオレはその考えを変えるつもりもないし改めるつもりもねえ……!」
「いいんじゃねえのか、俺もこの国の危険は出来る限り減らしたいとは思ってるしな」
紗世が生きるこの国が、化け物が跋扈するような無法地帯なんて、許すわけには行かない。
「なら今のテメエの行動はどうした? その言葉に反してんだろ」
個人的に言えば、あのヴォルフとかいう人狼が嘘ついてるとは思えなかった。
奴は全ての人狼を起こし数の有利を取り戻しても反撃の意思は見せなかったし、ウォロフに負けを認めた時もあの人狼はまだ戦えたと俺は見てる。
少なくとも、隙だらけのウォロフをもう一度人質にするくらいには。
それをしなかったのが、掟ゆえなのか兄弟ゆえなのかそれは分からない。だけど、そこには信用に値する何かがあったと思っている。
とは言っても、これは俺の理由だ。
盾石のオッサンはそんな曖昧な言葉で納得してはくれないだろう。
目の前に居るのは、化け物共と日々戦い続けている化け物退治を主な仕事している会社の社長様なのだから。
だから、俺は真っ向からの説得を諦め迂回して進む。
「ウォロフの賢者への願いはどうすんだ。まさか同族を滅ぼしてでも協力しろとでも言うつもりか? それこそ面倒なことになるだろ」
ウォロフは日本の賢者の顔を知っている。
今のウォロフなら協力者を集めれば、大規模な団体を作ることも無理じゃない。さらに、その状況だとアシュリーも敵になるだろう。
そうなれば人狼と吸血鬼に加え、アシュリーの魅了で操られた人間達を相手取りながら賢者の打倒などという地獄絵図の完成。
この国は平和どころか、戦争の舞台に仕立て上げられるだろう。
「なら、今すぐ奴らを殺せ。これ以上被害者が出るくらいならその方がマシだ」
「それをあの賢者は許すのか? 俺一人で全ての賢者を見つけ出して殺せるかは賭けだぞ」
「……チッ!」
額にはち切れんばかりの青筋を浮かべ、盾石のオッサンの苛立ちに任せて舌打ちを吐く。
まあ化け物を許せない気持ちも分からんでもない。この会社の人間なら全員盾石のオッサンの言い分に賛同するだろう。
けれど、相手はあの賢者。奴らは正攻法で勝てるほど甘くはない。
「落ち着けって、あいつ等は今のところ人間の利益になる存在だろ。それに俺が見張ってるんだぜ?」
風の賢者ゴルドール・リーマンの人類吸血鬼化計画を未然に防ぎ。今さっきの人狼人質立てこもり事件も怪我人、死傷者ともにゼロで解決。
全てついでだが、結果から言えば俺達の働きは上々。利用価値の有無など考える必要もない。
「俺だって指名手配なんてされんのはまっぴら御免被りたい。そん時は全力で止めてやるよ」
俺としても、賢者を全員まとめて地獄に落とせるこの機会を手放すわけには行かない。
確実性を向上させるあいつらの存在は、少なくとも道を違えるまでは必要だ。
「はあ……化け物がオレの町を這いずり回っていると知りながら見て見ぬふりを通さなければならないとは……胃がねじ切れそうな気分だ」
「可哀そうに。他人事なんで助けてやる気はねえけどな」
「ああ、今日はこれ以上この件の話はやめておこう」
頭痛でもするのか、盾石のオッサンは額を手で押さえながら、勢いの失せた声を出す。
「おう。いつまでも愚痴ってないで、さっさと報酬をくれよ」
まあ長々と前置きをしたが俺にとって報告なんてのは、ついで。
この国で盾石のオッサンに頼まれ、よくわからん生き物などと戦っているのは金のためだ。
「それなんだがな……」
盾石のオッサンは、机の上に置いた中央に滑り集まった書類に手を添え言葉を詰まらせる。
「ん、どした? 何か問題か」
「問題も何もねえわボケェッ! なんだこの請求書の山は!! 建物だけでもヤバいってのに中身も何から何まで丸ごとぶっ壊しやがって!!」
本日、二度目の怒号。目の前の筋肉ゴリラは今日も、とにかく元気そうだった。
「テメエにくれてやれる紙切れはここに積み上げた書類以外に一枚たりともありはしねえ! あの二匹と一緒に八つ裂きにされたくなけりゃ、さっさと出ていけっ!!」
追い出された社長室の扉を背にして、俺は肩を竦める。
「なんつう切り替えの早さだ……あのオッサン」
憑りつかれたようにウォロフとアシュリーに憎悪を燃やしているかと思えば、キッチリ俺の報酬の計算も済ませやがった。
ったく、くそじじいがよぉ。
「ふっ、まあいいか」
いつも通りのやり取り。胸中と財布には妙な清々しさだけが残った。
そして面倒な報告を終えた俺は、アシュリーとウォロフの待つ喫茶店へと向かう。