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傷が早く治るからって痛くないわけじゃないですよ?

「……オイラの、勝ちだね」


決着を確信したウォロフが、荒い息を吐き義兄あにの首から手を引く。

そんな義弟おとうとを視界に収めながら腹部に手を当て、ヴォルフはゆっくりと身体を起こした。


「ああ、文句なしでお前の勝ちだ。強くなったな、ウォロフ」


戦闘前と打って変わり、優しく微笑む義兄あにの笑顔に強張っていた身体が脱力し、ほっと息を吐いてウォロフは一安心。

同時に、ヴォルフの腹に突き刺し血の付いた膝から伝わった消えないこびりつく様な鈍い感触が、やっぱり自分に殴り合いは不向きなものだと思い知らせる。


「水を差すようで悪いんだが、これでこの事件は一件落着ってことか?」


決着のついた義兄弟きょうだい喧嘩の結末を見届けたつるぎが、感動的な空気に割り込む。


「オレが負けた以上、ウォロフが日本遠征隊の隊長ということになる。つまりその隊長の判断がこの場に居る群れの判断ということだ」


「だとよ、どうすんだ?」


剣は分かりきっているとはいえ、たった今、隊長に就任したばかりのウォロフに意見を仰ぐ。

二人の間では周知の事実だが、人狼達に示すため言葉にしておいた方がいいだろう。


「オイラは……」


ウォロフは、少し躊躇い。だけど、やっぱり譲れない思いを言葉にする。


「この戦いを止めたい。できることならこれから先も人類と争わずに済む未来が欲しい」


もう群れの義兄弟きょうだいを誰も失いたくない、と。


「ふっ」


剣は、何処かのオッサンに似た大それた目標に思わず苦笑をこぼす。その顔に軽蔑の色はない。

そんな夢物語のような戯言に、呆気に取られるヴォルフもまた同じだった。


「はっ! オレに勝ったのがこんな理想論主義者とは泣けてくるぜ」


「……うん、それはごめん」


義兄あにの言葉に、ウォロフは潔く頭を下げた。

自分でも自覚はある。なので今はまだ無謀だと分かっている発言に謝罪を述べる。


「気にするな、お前がどう思おうと掟は掟だ。ここにいる人狼は一人残らずお前の意思に従う。それだけだ」


すんなり頭を下げる義弟おとうとに、戸惑いつつも柔和になった瞳でヴォルフは吐き捨てるように言った。


「あ、でもオイラ。隊長になるのはやめとくよ」


「は? おい、それなら何のため鼻血出してまであんな事したんだ」


自分と戦ってまで得た地位を簡単に一蹴され、真意の解らない発言。義弟おとうとの不透明な意図に、ヴォルフは今度こそ隠しもせず困惑した。


「それは人間を襲うのを止めたかったから。だから、隊長は今までどおりヴォルフがやっていいよ。オイラには今、他のチームでやらなきゃいけない事もあるしね」


言って、ウォロフは剣を見た。


そう、やらなければならない。目の前の同族を守るため、そして群れの未来を変えるため。


「そうかよ。ならオレ達は暫く仮縄張りで大人しく家畜の肉でも食っておくとするかな」


空を見上げたヴォルフが、何処か清々しそうに笑う。


「助かるよ」


義兄あにの言葉にウォロフもまた微笑む。


その家畜の肉がどこから消えるのか、剣は少し気になったが聞くのはやめておいた。


「ただし、そんな生活も永遠に続けるわけには行かないぞ。例えお前に頼まれても群長ぐんちょうの命令には逆らえないからな」


「うん、わかってる」


結局のところ。この話はそこに行き着く。

人狼達を束ねる親玉。ウォロフが強さを求めた根源にして、怪しげな球体を部下に与えた張本人。


剣の頭の中で、点と点が繋がり線になろうとした時。ヴォルフの問いかけが思考を吹き消した。


「おい、人間」


「ん? どうした人狼」


腰を下ろし、こちらを見上げる大柄の人狼に剣は見下ろす形で視線に答える。


「そいつは、弱くてビビり癖のある臆病者で、とてもお前達の戦いについて行くなんて無謀以外の何もでもないとオレは考えている」


「え、ちょっ!? それただの悪口じゃん!」


ウォロフの言う通り。並べた言葉は散々なものであった。

しかし、ヴォルフの眼には義兄弟きょうだいの無事を祈って灯る慈愛の光が揺れている。


「でも、お前には勝てた。つまりウォロフの覚悟はそんな安いもんじゃなかったってことだろ?」


「阿保が、だからこそだ。成功体験は時に正確な判断を曇らせる。ウォロフは世話になった元群長の忘れ形見なんだ」


ヴォルフは自然と早口になり。最後に少しだけ、悔しさを滲ませる。


「……」


「ウォロフを導く新たな指導者なら、義弟おとうとの命、お前に預けるぞ?」


「どいつもこいつも、無関係な荷物を次から次へと人の肩にぶら下げやがって……」


剣は心底嫌そうにぼやく。


なんせ、先ほど盾石に化け物二人のお守りを押し付けられたばかりである。

こんな早さで増えていたら、賢者を全員倒すときには一体どれだけの面倒ごとを押し付けられていることやら。


「わーたっよ! 指導者なんかになる気はねえが、協力関係にある限りはテメエの弟の命くらいついでに守ってやる……ったく」


「そうか。その言葉が聞ければ、オレは満足だ」


ヴォルフは満足気に、口端を上げる。


「アニキ……」


「いいか、ウォロフ。この先何があろうとオレはお前の義兄あにであり、お前の味方だ」


「うん、オイラも何があっても群れのみんなを救いたい! ううん、救ってみせるよ!」


その後、気絶していた人狼達が目を覚まし、ヴォルフと共に人の姿で立ち去るのを見届けてから二人は崩壊した複合型スーパーのなれの果てを後にした。


★ ★ ★


「お二人とも、助けに来るのが遅くありませんか?」


瓦礫の山に埋もれた身体を掘り起こしアシュリーから告げられたのは、俺達へのお礼ではなく。


そんな不満の声だった。


「え、いやそんなことないと思うけど……ねえ、剣!」


「おう。人狼の制圧が終わってからすぐ駆け付けたぜ」


遅くなった自覚がある。というか、建物を出るまですっかり忘れていた俺達はお互い咄嗟に口裏を合わせた。

しかし、まだ納得していないアシュリーは戦闘に不釣り合いなちっこいセカンドバッグから、スマホを取り出すとバックライトで照らされたロック画面を見つめて呟く。


「すぐですか? 私の目が腐食を始めていなければ、時刻は九時を間近に控えていますが」


俺達が隣の事件現場に到着したのが朝の七時過ぎだから、ざっと一時間以上は放置していたことになる。

まあ戦闘後、ヴォルフとかいう人狼の部下共が起きるのを待っていたから、それくらいはかかって当然か。


「えっと、アニキとの戦闘が長引いちゃったのかな~ははは……」


「そうそう、あの人狼とウォロフのタイマン。アシュリーにも見せてやりたかったぜ」


「へえ……」


人の姿で頭を搔くウォロフ。それに乗っかる俺。尚も不満げなアシュリー。

俺達の間には、何とも言い難い気まずい沈黙が漂う。


「もしかして、あれですか? お二人とも私が半吸血鬼ヴァンパイア・ハーフだから、吹き飛ばされた際の骨折、打撲、擦り傷等は、すぐ治るだろうから無傷同然だと思っていませんか?」


「思わないよ、そんなヒドいなこと!?」


半眼になったアシュリー問いかけ、ウォロフはそこだけは強く否定した。

義兄弟きょうだいとの喧嘩や、意見の衝突で一杯一杯になり失念していただけで、ウォロフは元より仲間の怪我を軽んじるような薄情な奴ではないのだろう。


「俺も俺も、そんなん全然思ってないぞ」


まあ、俺は普通に思ってたけど。

とりあえず、ここは面倒なのでウォロフに便乗しておこう。


「ウォロフ君、どうやら薄情者は見つかったみたいですよ」


俺の言葉に、アシュリーは目を細める。


「え、ツルギ?」


「違えよ! 確かにそれも思ったが」


「……思ったんですね」

「……思ったんだ」


あっさり看破されてしまった嘘の辻褄を合わせるため、俺は言葉を並べる。


「あの状況じゃ、捕まったウォロフを一人残していくわけにも行かなっただろ? かと言って、俺が一人残らずぶっ飛ばしてもウォロフは納得しなかった、だろ?」


というか、内容自体は忘れていたと気づいた時から用意していたので、割とすらすらと言える。


「ま、まあ、たしかに……?」


「ほら見ろ! だから俺の行動はなんら悪くない。全会一致で無罪だろ」


それに結果的にタイマンで勝ったとはいえ、ウォロフが負けても俺が全員ぶっ飛ばすつもりだったから、どの道残らざる終えなかったのだ。


「ええ、そうですね。確かにその行動に責める要素はなさそうです。ですが……」


聞き終えたアシュリーは、疑問の晴れていない視線で俺を捉え言葉切り。薄く笑った。


「先程の私の外傷を軽んじていた発言は、どうでしょうね?」


詐謀偽計。冷たい美顔に狡猾な影が差す。


「……ん?」


ついさっき、発言の中で生まれた新たな失言。すでにすり替えられた議題、多数決は二対一。


かくして俺、斉藤剣さいとうつるぎ半吸血鬼ヴァンパイア・ハーフのアシュリー・ガトレットの策略により、この多種族共闘内裁判で数の圧政で敗北。

有罪判決が言い渡される。


判決の後。言い渡された内容は、後日なんか奢れとのことで……

今日の報酬にも贅沢な期待はできそうにないことは言うまでもなかった。

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