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袋のオオカミ退治、その二

何事もなく二階を通り過ぎ、外壁に穴が空いていた三階に向かい動いたままのエスカレーターの上をずかずかと歩く。


平らな床を踏み締め、俺は三階の入り口に進み出る。


開けた視界に映るのは、正面の壁に空いた大穴とその手前。

店員の男が、移動の形跡が残る左右に陳列された商品棚の壁の間で、一人縛られた状態で放置されている。


しかし、人質発見に、俺は喜ぶことができない。


これは明らかに、罠だ。


侵入してから一人も様子を確認しようともしない事といい、どう考えてもおびき寄せられている。

これでもかと存在感を示す、鼠捕りに置かれたチーズの元へ。


「まあ助けるのに変更はねえし、罠くらい望むところだ」


視線のよく通りそうな金属の空棚の間を進み。俺は中央で震えている店員の元へ歩み寄る。


「おい、あんた大丈夫か?」


背後から声をかけられた店員は、びくっと肩を強ばらせてゆっくりと振り返る。


「うわぁぁぁぁぁぁ!? 許して、殺さないくれでぇぇぇぇぇぇ!!」


そして、俺の姿を見るなり、半狂乱で取り乱した。


一応、助けに来たというのに失礼な反応だな。

まあいいけど。


「安心しろ、俺は別にあんたを殺しに来たわけじゃない。ここから無事に出すために来たんだ」


俺は迅速な逃走のため、店員を信用を勝ち取るべく。

努めて穏やかなに語りかける。


「嘘だ! お前もあの化け物たちの仲間なんだろ、僕の肉を貪り食うために来たんだろ!!」


駄目だった。


「違えよ。俺が化け物だったら、そんな油と砂糖で膨らんだ不摂生そうな贅肉なんて願い下げだよ」


「じゃあやっぱり殺す気なんだ!! さっきの奴らが言ってた通り用済みになったから殺す気なんだ!」


命懸けの状況。

疑心暗鬼になり、パニックに陥ってしまうのは仕方のないことだ。


「あんたは今、恐怖で混乱してる。一回、落ち着けって」


そんな助言に、店員はさらに恐怖を濃くして反論する。


「そんな血まみれの姿で何を言ってるんだ!? この殺人鬼!」


俺は飛来して言葉を反芻し、自分の身体を鑑みた。

頭のてっぺんからつま先まで赤く染まり。うら若い半吸血鬼女の血液で、下着までぐっしょりである。


あーなるほど。

誰だって、血まみれで剣を背負った男が現れたら、普通は事態が悪化したとしか思わないよな。


「あ~これはだな……そう、そうだ。返り血だよ! ここに来る前にぶっ飛ばした奴らの――」


「うあああああ! やっぱり殺したんだ!? 母さん父さん助けてぇぇぇぇ!」


咄嗟の言い訳を遮り、青ざめた顔で店員が絶叫した。


仕方ない。


こうなってしまっては複雑な説明は、返って混乱を加速させる危険性が高い。

出来るだけ、簡潔な言葉で安心させて味方だと教えた方がいいようだ。


「いいから、聞けっ」


俺はやかましい声を静めるため、店員の頬を軽く引っ叩く。


「ぶっ!?」


「よし、少し黙れ」


ぶたれた頬を小動物を愛でるが如く撫で店員は大人しくなる。

俺は人差し指を口に当て殺した声で言う。


「俺は、さっきからこっちの会話を盗み聞きして成り行きを見守ってる人狼から助けに来た化け物退治屋のもんだ」


「じゃ、じゃあっ証拠を見してみろよ! 本当に化け物退治の人ならライセンスを持ってるだろ!」


あ、それでいいのか。そんなんで証明になるのか。


俺は盾石のオッサンから渡されて以降、職質された時くらいしか取り出した事がない。

化け物退治の免許証を男の目の前にぶら下げる。


「ほら、これでいいか?」


「え、本当に? じゃあ僕、助かるの?」


止む負えず町をぶっ壊した化け物退治の後に警察に提示すると、盾石のオッサンに三割増しでぶちギレられるから本来の用途を失念していた。


「ああ。だから、ここから出るまでは俺の言う通りにしてくれ。手の届かない距離に離れられたりすると守るのも骨が折れるからな」


「分かりました。で、僕はどうしたらいいですか?」


やっと店員は、少し落ち着き取り戻したようだ。


「まず残った人質は、あんた一人か?」


「はい。爆弾で壁を吹き飛ばして入ってきた奴らが、僕をここに座るように脅して他の人は追い出していたので」


複数人いるなら、捜索が面倒になるところだったが、一人なら逃すのも守るのも簡単で助かる。


「じゃあ、人質はあんただけなんだな?」


「だから、そう言ってるじゃないですか。そんなことより早くここから出ましょうよ!」


「いや、出るのは簡単なんだ。だからもう一つだけ聞かせてくれ……」


「なんですか!? 僕は早く外に出たいんですよ!!」


「お前、どうして逃げなかったんだ? 拘束されてるわけでもないのに」


「それはここにいるように言われたから……」


「爆発が起きた時も、全員が出ていくときも、この階の棚を動かしてる時もチャンスは無かったか?」


「あるわけないだろッ! 相手は複数の人狼で足でも隠れても逃げ切れるわけないんだから!」


「そうか。ならいいんだ。さっさとズラかろうぜ? 出口は、そこからひとっ飛びだからよ」


俺は店員の背後。穴から見える外の景色に視線を流す。


「え、ここ三階ですよ?」


「ああ、大丈夫大丈夫。俺が一緒に飛んでやるから」


「はあ、ちょっとは期待してたのに……」


店員は別人のような落胆の表情で、冷たい目を向けた。


そして壁とは逆方向。

俺が上がってきたエスカレーターの方へと駆け出す。


「他の人が来ましたよ!! これで僕はもう人質やめていいんですよね!?」


「おい! 離れるなって!」


手を伸ばし、静止の声。

部屋の隅々から見計らったようにガシャガシャと不穏な音を立て始める。


俺は着ていたジャケットを棚の上へ放り投げた。


瞬間。


左右の空棚の隙間から、俺の声をかき消す銃弾の雨が降りそそぐ。


くそっうるせえ! 


耳元に響く発砲と跳弾の音。

これでは聴力での状況判断ができず、止む気配のない雨粒で目もよく見えない。


俺は打開の一手を打つため、ポケットに忍ばせた秘密兵器を両手に掴み取る。


まさか初っ端で使うとは思わなかったが、こうなったら盛大にぶちかますとするかっ!


俺は手にしたニシンの缶詰を、左右の銃声の聞こえる方向に放り投げた。


宙を舞う臭いの爆弾が、銃弾も受けて炸裂。ころころと人狼達の足元に転がっていく。


「うわっなんだこれ!? クセぇぇぇ!!」

「ウッ!?」バタンっ!

「オェッ、オッ。オェェェェェェェ!」


数秒後。漂う臭気に周囲の人狼達から、次々と悲鳴が上がる。

人間でも耐え難い臭さは、犬の嗅覚なら拷問に等しい激臭と化し、人狼の群れに甚大な被害を与えた。


「そりゃ世界一臭い食べ物って言うぐらいだ。さぞ酷いニオイだろうな。特に犬の鼻なら毒ガスにだってなんだろ」


流石に戦闘不能に追い込めるかは不明だが、数人くらいならまともに戦えない状態にできると期待したい。


とりあえず人狼は無視して、俺は近くに居るであろう半吸血鬼ヴァンパイア・ハーフに呼びかける。


「おい、聞こえるか!? 目標は三十メートル先を左斜め下に進行中だ、急げ!!」


走り去った店員の影を追い求め、体中の赤い染みが蠢き、俺の右手の先から真紅の糸が獲物に向かって発射した。


数秒後、伸びきった糸が振動。右手にヒットを知らせる。


「よしっ!」


左手で糸を掴み、右腕に巻きつけていく。

先に繋がれた店員は訳も分からず、俺の元へと逆戻り。


「何々なになになになになになになにっ!?」


釣り上げた店員を肩に担ぎ、穴の空いた壁の縁に立つ。


「安心しろって? 怖いのは一瞬だけだ……知らんけど」


「え、嘘ですよね? いや、ないないないない」


穴越しに地面を見下ろす俺に、店員は顔を引きつらせて首を左右に振り続ける。


「いってらっしゃいませ。良い旅を」


些細な抵抗を無視して、俺はにこやかな笑顔で落とす。


「ないってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!! この人殺しぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


落ちていく店員に伴って暴れる右腕に、血の微調整をしている感覚が伝わり何ともむず痒い。


ビンっ! と伸びきった糸が止まり、俺は右腕に力を込めて踏ん張る。


目下では即席バンジージャンプが終わり。

地上十センチ程で急停止した店員は無事解放され、地面にへたり込んでいた。


「とりあえず、これで人質のカタはついたな」


一つ目の不安を取り除き、ひと安心。残るは簡単な人狼の処理だけだ。

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