袋のオオカミ退治
先に向かった二人を追って、俺は爆音の発生地に到着した。
そこには、横に面積を広げられないなら上に積み上げればいいじゃないかとばかりに重ねられ、階層ごとに取り扱う商品のカテゴリーが異なる三階建ての複合型スーパーが見えた。
三階の壁には大穴が穿たれた破壊の痕。
眼下の入り口付近には野次馬の群れが並び、がやがやと朝の街路に音を立てている。
「おい、何してんだ? 問題は中で起きてんだろ、早く入ろうぜ」
俺は周囲の喧騒など気にせず、人垣の前で立ち尽くすアシュリーとウォロフに声をかけた。
しかし、振り向いたアシュリー首を振り。三階の大穴を指差す。
「それが、中に犯人が立て籠っていて民間人が人質にされているみたいです」
「人質? なんだ、人間の事件かよ。急いで来て損したな」
人間同士の犯罪ならば警察に任せればいい。
協力が必要な犯罪者が相手でも、モンスターバスター社の隊員数名が居れば十分だろう。
自惚れているつもりはないが、それなら俺達が出るほどの事態じゃない。
「いえ、それが……相手は、人間ではないみたいです」
「……なるほど」
久しぶりに気合の入った人間が現れたのかと思ったが、どうやら違うらしい。
この世界ではもう賢者の威光に逆らう人間は少ない。
というか逆らう意味を持つ者、自体がいない。
まあ逆らわなければ、平穏に暮らせるんだから命を懸けるメリットなんて無いんだろうな。
……今のところは。
「……中にいるのは、たぶんオイラのアニキたちだよ。匂いでわかる」
「おいおい、言われたそばからかよ」
というわけで、今日も化け物退治の時間だ。
しかも、ウォロフの望みと盾石のオッサンに告げられた条件をクリアするには、この戦いを犠牲者ゼロで乗り越えなくてはならない。
やれやれ、タイミングが良すぎるだろ。もちろん最悪な意味で、だが。
「……気になりなりますね。相手が人狼なら人質なんて何のメリットがあるのでしょうか?」
隣のアシュリーが口に指を当てながら、不思議そうに呟く。
「食料の確保とかじゃねえか?」
俺の所有する知識では、人狼が人間に関わるのにそれ以外の理由が思いつかない。
「ううん、それはないと思う」
だが、そんな浅い憶測をウォロフが否定した。
「それは、どうしてですか? ウォロフ君」
「ここ、中から生肉の匂いがする。食べ物ならそれで足りそうだし、人間の群れに見つかるキケンを考えたら、そんなことしないと思う」
考えてみればそうだった。
人狼は今横に立っているウォロフのように、人間の姿に化けれるのだ。
食料が欲しいなら、強奪でも人攫いでも人目を盗んで出来る。手に入れた後も現場に残るのは明らかな愚策。
賢者の居る町で、その行動は化け物退治に来いと言っているようなもんだ。
「なるほど。では人狼はわざと見つかる危険を冒して、人質を取っているという事ですか?」
「たぶん……」
ウォロフは、弱いに相槌を打つ。
問題は、何故そんなことしているのか分からないから、だろう。
「なんにせよ、人質を助けるのが優先だ。交渉の余地があるのか分からないが、相手を刺激しないようにまずは俺一人で入る」
「それならオイラがいくよ! ナカマだったら話し合いができそうだし!」
威勢よく名乗りを上げるウォロフ。
「それは駄目だ」
それは即却下した。
「な、なんでだよ!?」
理由を求める瞳に、俺は覚悟を問う。
「お前は万が一意見が食い違った場合、丸腰で戦えるか? 人質を無傷で救出できる自信はあるのか?」
「え、それは……」
「この作戦は相手に主導権を握らせるわけにはいかない。逆上した人狼が人質になにをするかもわからないからな」
それに、この作戦自体を人狼が考えたかも怪しい。
以前、廃ビルで対峙した奴らはもっと野生に忠実だった。
だが、今回の人狼は明らかに人間的な手口を取っているように思える。単に個体差の違いなのか、誰かの入れ知恵か。
理由は判らないが、そんなリスクに手は出せない。出す必要がない。
「一人丸腰で行くのなら、剣さんが適任というのは同意です」
「……じゃあオイラもまかせるよ、ツルギに」
ウォロフは多数決に渋々、頷く。
「ああ、俺が合図を出したらお前らも戦闘に加わるなり、周りの人間を守るなり好きにしてくれ」
戦闘は俺だけで十分だろうが、敵の武装は不明。俺一人で制圧と防衛を完璧にできる保障はない。
もしもの時は、民間人の安全の方は二人に任せる。
「待ってください」
作戦がまとまり。あとは実行だけだと、歩き出していた俺の背中に声が掛かる。
「私の適任というのは、制圧力はという意味です。剣さんの思考回路には不安要素しかありません」
「おい、どういう意味だコラ! 誰の脳回路が一世紀遅れだッ!!」
まさかこの状況で煽られるなんて思わなかったよ!
俺は全速力で振り返り。不当な突っ込みに大音声を投げつける。
「この作戦の失敗は私とウォロフ君にとって死活問題です。なので人質を安全に救出するため私に考えがあります」
そんな失礼な切り出しからアシュリーは“とっておき”の秘策を俺の身に託した。
「なんか一気にやる気なくしたな……」
それから数分後。入り口の前で、俺は最後の愚痴を吐く。
裏口からこそこそ入ったところで、匂いでバレるだろうという結論に至り。
大勢の視線が背中に注されながら向かったのは正面入り口。
籠城しているのは田舎の山奥に棲む人狼。
自動ドアは俺の侵入に快く道を開けてくれた。
なんなく入店できた室内。
そこには大量の在庫もとい目玉商品が積み上げられていて視界が悪いが、周囲を注意深く見回す限りそこは単なる閉店時間中の人気の無い店内の様だった。
元々この店自体が開店直後というのもあるが、それでも血の跡などは見えないところから人狼の目的は、やはり狩りではなく人質を利用して交渉をする事なのかもしれない。
「……見回り役とかいないのか?」
自分達の縄張りに敵が入ってきたことには気づいているはずだが……
今の所、接近してくる足音も気配もない。
人質を取っている割には救出に乗り込んでくることへの警戒もしていない様子で、これなら少しばかり現地調達が出来そうだった。
「日頃まったく買わねえから、どこにあるのかわかんねえなぁ」
俺は一つ思いついた作戦を実行するため、しばらく店内の商品が陳列した棚の間を歩き回る。
売れ筋至上主義の棚の配置に苦戦しながらも探すこと数分。
「お、あったあった。途中から存在を疑い始めていたが流石は灯京随一のなんでもスーパー、限られた需要にも応えてやがる」
一階店内の最奥。
俺は発掘した秘密兵器を懐に忍ばせ、不気味なほど静かな店内のエスカレーターをゆっくり上がっていく。