共存はハードモード。
「……で、これから俺達は何をすりゃいいんだ?」
画面の前に取り残された俺は、盾石のオッサン当然の疑問を聞いてみる。
賢者は、簡単に居場所が判るわけでもこちらから連絡が出来る相手でもない。
それなのに、俺達は肝心な賢者討伐作戦の詳細を告げられていなかった。
頼んどいて、丸投げじゃねえか……。
「その件に関しての詳しい話は、オレの方から伝えるよう頼まれている」
盾石オッサンは、デスクから立ち上がる。
顔に太字で仕方なくと書かれてそうなくらい。ゆっくりと面倒くさそうに溜息を吐きながら。
嫌なんだろうなぁ仲介役。
「ん? というか、わざわざ通信まで繋いで何がしたかったんだ。あの爺は」
取引の確認だけして画面から消えるなら、それも含めてオッサンに伝言役を任せれば済む話だろ。
もしかして……目立ちたかったのか?
「言葉に気は気をつけておけよ。それに面会の目的は恐らく”顔は覚えたぞ”という警告。この国で生きていきたいなら大人しく従う方が身のためだぞ? 剣」
要するに、脅迫か。
犯行も名もすでに知られ顔も割れたお前達に、今度こそ、この国で隠れる場所など無いと。
「はいはい。そんじゃさっさと俺達がどうすりゃいいのか教えてくれよ」
どうせ、拒否権なんて無いんだ。なら無駄話など省いて、さっさと敵の情報を開示してほしい。
俺の目的地には制限時間はなくても、急ぐ理由は十分にある。
「黙れ。言われんでもそのつもりだ」
俺に短く指摘して、盾石のオッサンは危険物でも扱うように慎重に口から吐露した。
「お前達の最初の標的は、海の向こう北の大陸に身を置く光の賢者、ラピッド・クラウン氏の討伐」
俺達が次に打ち倒すべき敵の名を。
「なるほど。今度の敵は光の魔法を使ってくるわけだな」
前に付いた特徴から賢者の魔法は馬鹿でも大体、察しがつく。
「そうらしいな。だが、気をつけろ? この世に賢者の魔法を確認したことのある者は多くない」
もし視認したということは、死んでいるということ。
多くの情報は残されてはいない。
「私の父の時のような事例は極めて稀ですからね」
吸血鬼一人倒すために、田舎の村までやって来る賢者は他には居ないだろうな。
「そうだ。彼の根城は現在は一般人の立入すら許されていない標高五千六百メートルのエルブルズ山。その何処かに身を隠しているらしい」
「何処かってどこだよ?」
そんな曖昧な情報では、日本地図から目的地の建物を探すようなものだ。一日どころか一週間かかっても見つけられるか分からない。
それに時間が掛かれば、見つけるか凍死するかのチキンレースになりかねない危険性もある。
「オレは三条氏からの言葉を伝えているに過ぎない。それにだ、半年後には殺し合いを始めようとしている敵に正確な居場所など教えているわけもないだろうが」
突き放す言葉に、俺は今度こそ呆れた。
「じゃあマジで山を歩き回って探すのか……?」
「オレに聞くな。この作戦では伝言くらいしかできん」
「ああ、そうだったな」
となると、情報の当ては一つに絞られる。
「それと、見つけたとして彼らの本領は底が知れない。油断だけは絶対にするな」
「了解。話はそれだけか?」
これからの作戦の為、一度三人で方針を決めとかねえとな。
「いや、もう一つある。これはオレからの警告だ」
「警告?」
まとまりかけた話に、盾石のオッサンはもう一つのルールを設ける。
「剣、お前がそこの二匹の監視をしろ。もしもそいつらが人間に被害を与えた場合、オレの会社はその二匹を敵と見なし即刻、退治させてもらう」
突然の敵対宣言にウォロフは、目を皿にして声を上げる。
「ええ!? オイラたちってナカマじゃないのかよ!」
「まあ、そうなるのは自然なことだと思います。個人的な話ではなく、この会社にも化け物に底知れぬ憎悪を抱えている人は少なくないでしょうから」
アシュリーの言う通り。化け物退治を生業としているこの会社は化け物に友や家族を奪われた者も少なくない。
化け物と協力関係を築くなら妥当な案だろう。
だからと言って、そんな面倒事。俺は避けたいのだが……
「オッサンの気持ちは分かるけどよ。それって賢者は許してくれんのか?」
「無論だ。そうなった場合の討伐許可はすでに頂いている」
聞かれることなど分かっていたとばかりに、盾石のオッサンが顔色一つ変えずに即答する。
「つまり私たちは、化け物の被害者すらゼロで解決しなければその場でお払い箱ですか……人間はなんてお優しい種族なんでしょうね。慈悲深くて涙が出そうです」
「アシュリーさん、違うよ! それってたぶん。ものすごくむずかしいことなんだよ!」
「分かっていますよ、ウォロフ君。今のは皮肉です」
「ああ、そうなんだ。おい、優しいなオジサン!」
うーん。可能ならば、本気で断りたい。
「……任せたぞ、剣」
「いや、俺に言われても……とも言ってられねえか」
面倒だが目的の為には、他に選択肢は用意されていないみたいだった。
「まあ、こいつらが居た方が賢者との戦いは楽になるし化け物くらい完封してやる」
大見得を切った瞬間。
その言葉を試すようにこの部屋の外で爆音が轟いた。
どうやら社長の窓枠を覆うシャッターの向こう側。街で、何かが吹き飛んだらしい。
「……どうやら、話は終わりのようだ」
「仕事の時間ってわけか。ったく、帰ってきた初日から騒がしい町だな」
昨日に続いて今日もとは、この町呪われてんだろ。
「仕方のないことでは? 化け物退治の組織が三つも存在していたのは今の世界でもこの町だけですからね」
「ウォロフは行けるか? これからすぐに化け物との戦闘が始まるかもしれねえぞ。無理そうなら隠れとけよ」
敵が何かは判らない以上、ウォロフには危険な相手かもしれない。
元々、賢者との戦いでウォロフは戦闘要員として同行したわけではない。隠れていても俺達は無問題だ。
「ううん、ダイジョウブ。賢者よりコワイものなんてなかなかいないでしょ?」
「そうか。よし、そんじゃ俺達の初仕事と行くか」
「ええ」
「オウ!」
掛け声ともにウォロフが駆け出し、後ろを微笑むアシュリーが追って部屋を出ていく。
「剣、さっきの言葉。期待しているぞ?」
遅れてドアノブに触れた俺の背中に、盾石のオッサンの願いとも圧力とも聞こえる重苦しい声が届いた。
まあどっちでも、俺の答えは決まってる。
”俺達”の目指す未来のためなら、どんな重荷を担がされても関係ない。止まるつもりなんて毛頭ない。
だから……
俺は振り返り、拳を突き出して笑ってやる。
「任せとけって、化け物でも賢者だろうと俺がぶっ飛ばしてやるよ!」