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断罪の炎。

目の前に立つがっちりとした体格の男を見る。

正確に言えば、その肩から生える異形の左腕に注視した。


肩口から黒く染まった腕は、細く引き締まっており。

干からびた大地のような皮膚に細かい鱗のような物がびっしりと敷き詰められている。


特徴から導き出される結論は、ただ一つ。


魔法使いの出現により不満を募らせた人間が対抗策で創り出したと言われ、数年前から目撃され始めた化け物。


何処から増えているのか未だ不明。

科学作用によって、他生物の特性を持った人間。


また、複種合人間キメラか。


「助けるだぁ!? テメエにはこの手が見えねえのか、おっさんのお造りにすんぞ!」


「きれいに盛り付けてくれんのか? でも生憎、タンクトップ一枚で女を無理やり連れ回すセンスの奴には頼みたくねえな」


こいつ、絶対に途中から面倒になって厚切りの身を並べそうだもんな。


「食材に、指名する権利も拒否権もねえッ!」


「きゃっ!?」


男は見た目通りバネのある足で地を蹴り、女性を抱えたままでの強襲。

振り回される短い悲鳴が灯京の端、静閑な深夜の街路に反響した。


有無を言わさず飛んできた左手を右手で受け、男の動きを止める。


「硬っ!?」


威力こそ足りないものの拳の強度は、下手をすれば怪我をしそうなほど強固。


トカゲ人間も案外侮れないらしい。


「クソが! 放せコラ!」


受け止め、固く握りしめられた腕を動かそうとする男。

しかし、力比べでは勝負にならず、俺が掴んだ腕はびくともしない。


「知らねえのか? グーじゃパーには勝てねえんだぞ」


小さな子供でも知っている絶対のルールに男は舌打ちをする。


「チッ、だったらこっちも教えてやる……」


呟くと同時。男の右足が一足分下げ、力を溜める。


「じゃんけんは、暴力には勝てねえんだよ!!」


放たれた横薙ぎの蹴りが、俺の横腹に直撃。


しかし、それどころではない俺は脇腹に当たった蹴りを無視して、男から女性を無傷で解放する方法を考える。


この状態で男をぶっとばすと彼女まで巻き込まれてしまう。女性を解放しないことには攻撃には移れない。


「っ!? テメエ一般人じゃねえな!」


自慢の蹴りに対しノーリアクションな俺を見て、男は驚愕の声を上げる。


「いや、こちとらただの中年なんだが?」


特に珍しい資格など持ち合わせていない俺は、個人には一般人だ。


「素性は言えないか……やはりアイツらに協力する追手の一人のようだな」


勝手に納得された。

しかも、最後の言葉が気になる言い方で。


「あいつらって? 俺は帰り道の途中でここを通っただけだよ」


「やかましい! 腐れ外道がっ!」


言い放つと同時に、男は右手で抱えていた女性を向かい合う俺の後方へ放り投げた。


「なっ!?」


やむを得ず男の黒腕から手を放し、回れ右して走る。

俺はフライを追う捕手のような気持ちで、重力によって女性が地面に引き寄せられる落下点との間に滑り込んだ。


そうして、なんとか女性を受け止める。


「怪我は……無さそうだな」


「はい、ありがとうございます。あたし怖くて、本当になんてお礼を言ったらいいか……」


男と彼女が離れたことは、ラッキー。


「気持ちは嬉しいけど、今すぐ逃げた方が良い」


「へ?」


しかし、投げた男がこのまま黙って見ていてくれたならだ。

後方から迫る足音。やはりそんな期待は出来なかった。


「奴が来るっ!」


「ヒーロー気取りは済んだか? なら、おれの為に死ねぇぇぇぇぇぇ!」


腕から女性をゆっくり降ろしている合間。

背後に肉薄した男の左手が、振り返りざまに頬を掠める。


開かれた掌での刺突。

普段なら避けるのも面倒な攻撃。しかし、掠めた頬は微かに熱く、一筋の何かが伝う。


ちょっと、痛えじゃねぇか……!


どうやら爪がかすっただけで、出血。


魔法でもなんでもない攻撃で怪我するのなんて初めてで動揺するが、やはりさっきの硬さからして、奴の左腕の強度は俺の想像以上らしい。


「あ、あの、ごめんないっ!」


「問題ないぜ、お嬢さん。気にせず逃げてくれ!」


背後の申し訳なさそうに逃げ出した声に、俺は誰も見ていないサムズアップで答えた。


これで、やっと殴れるわけだ。

やられた分は、やり返さない訳には行かない。


「そっちこそッ!」


体重を左手に預け、回避も防御も考えていない不意打ち。そんながら空きになった男を蹴り飛ばした。


地を転がった男に俺は問う。


「……覚悟はできてんだろうな?」


複種合人間キメラは化け物とは違う。

現在、この世界では化け物を殺した場合に問われる罪はない。

よって、どれだけ無害でも良心的でも化け物を殺して負う責など存在しない。


だが複種合人間きめらの場合、法によって裁かれる。そして、人間である以上危険度によって求められる処置が異なる。


レベル1 敵対意思がない場合、変化している部分を切除。その後、専門的な治療を行う。


レベル2 反抗的な態度を示しているが、攻撃行動に移っていない場合。拘束、厳重注意の後、レベル1と同様の処置を行う。


レベル3 敵対意思を持ち、攻撃行動を始めた場合。対象を化け物と見なし討伐を許可する。


目の前の男は疑うことなくレベル3。化け物と見なして戦う対象だ。


「何が覚悟だ。テメエらがこんな体にしたくせに! 正義の味方みたいな面してんじゃねえ!!」


蹴りを喰らい呼吸が荒くなった男は、腹を抑えながらもまだ立ち上がる。


「よくわかんねえけど、来るんだな? それなら容赦はしねえぞ!」


黒腕の左手を構え突っ込んでくる男に、俺も真っ向から突っ走って迎え撃つ。


左手がいかに脅威でも、それ以外の部位と運動神経は常人に毛が生えた程度。


俺はバカの一つ覚えで打ってくるジャブをかわし、低空タックルで下半身を両手で挟む。

抱えた男を肩で担ぎ上げ、上半身を反る勢いに任せて後方へ投げ飛ばした。


数メートルの飛行を終えた男が、勢いを殺して着地。追撃を警戒して瞬時に振り返る。


しかし、俺はもう走り出していた。


「一発は、一発だッ!」


「ぐふぉっ!?」


振り返った顔面に、俺の拳が寸分違わず飛び込んできた。

衝撃で回転。そのまま倒れ込んだ男の背に乗り、腕を拘束。


「放せコラッ!」


「観念しろ。こんな所で死にたくねえだろ?」


攻撃行動を見たのは俺とさっきの女性くらい。

よくわからないが訳ありみたいだし、警察に自首でもすりゃまだレベル2で誤魔化せるかも知れない。


かすり傷程度、このくらいで勘弁してやろう。


「こんな身体にしといて、どの口で言ってんだ!」


「さっきから何を勘違いしてんのか知らねえが、俺はお前の言ってる奴らとはなんの関係もねえよ」


「拘束までしといて、そんな言葉が信じられるかっ!」


「放せば信じんのか? そんなら」


吠える男の手を放し、背中から降りた。


「ほらよ」


立ち上がった男は戸惑い。混乱した表情で俺の顔を窺い見た。


「なんで放したんだ? アンタ、本当に関係ないのか……?」


「ああ、正直お前が何を言ってるのかも分からん」


「そうだったのか。わるかったな、勘違いで殴りかかっちまって……」


「それはもう気にしてねえよ。それよりこれからどうすんだ?」


聞いてる限りでは腕を他人に無理矢理、変えられたようで同情はする。


しかし、おそらくこの世界ではもう今まで通りには生きられない。

腕を失って人間として生きるのか、闇に身を隠し化け物として静かに暮らすのか、選ぶのは男の自由だ。


「……おれ、自首するよ。こんなおれでも田舎に家族が居るんだ」


「そうか、それは良かったな。幸い被害も少なくけが人も、ゼロだ」


「ありがとう、アンタのおかげだ。この恩は絶対に忘れない……」


「ああ」


俺は差し出された手を繋ごうと、迎えに行く。


しかし、手が触れる直前。

突如、天から飛来した燃え上がるハルバードが、容易く男の胸を貫き、地面に突き刺さった。


「がっ!?」


「っ!? おい、しっかりしろ!」


業火は瞬く間に男の全身を覆う。

咄嗟に触れようとした右手の皮膚は焼かれ、痺れるような痛みが走る。


「は!? クソッ!」


意を決し、もう一度手を伸ばそうとした俺に、


「邪魔をするな! それ以上は我々への妨害行為とし、貴様にも正義の裁きを下すことになるぞ!」


ビルの屋上。天高くそびえる場所から大げさな口調の警告が届いた。

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