地獄を共にする相棒。その二
「どういうことですか?」
先ほどまでの会話がついでと言われ、俺は脳の処理が遅れる。
「五年前、君が旅立ったあの日から何かできることがないか考えていたんだ」
「この戦いは俺の勝手で始めたものなんで、気にしないでください」
あくまで紗世と自分の幸せのためであり、他の誰の責任でもない。単なる俺の願望。
助けなら、もう十分すぎるほどもらっている。
「自分で言うのもなんだけれど、侮らない方がいい。あの杖は四十年前、ロンドンに迫った小惑星が散らばりグリニッジ天文台跡地に落ちた破片のそばから芽吹いた新種の大樹からできた物。その魔素排出量は他の草木のおよそ百倍。紗世の半分程度の魔力循環環境を実現でき、自然外での賢者たちの魔力不足を十分に解消している。それによって……」
突然、早口になって語りだすお義父さんに両手を挙げ、降参のポーズを示す。
「わ、分かりましたから。いや全然理解はしてませんけど、落ち着いてください」
ほとんど分からなかったが、一つだけ理解できた。
なぜ、ゴルドールは鉄と油まみれの工場のような環境で魔法を連発出来ていたのか。
「申し訳ない。自分の作った物のことになるとちょっとね……」
照れ臭そうに眼鏡を持ち上げるお義父さん。
「は、はあ」
俺は勢いに圧され、生返事で答えた。
「……僕に一緒に戦う力はないから多くはしてあげられない。だけど、杖で敵を手強くしてしまった分はさせてほしい」
お義父さんが背を向け、作業台の上に置かれた布をまくり上げる。
振り向いたその手には重量感のある無骨な外見の鞘に納められた刀を差し出されている。
目前の刀を凝視する。
刀にしてはやや短く、反りのない直線の刃。
それは室内戦を得意とする者達が使うのに適している忍刀によく似ている。
違うのは、柄から上下に逸脱した刃渡りとその厚さ。
「こ、これは……?」
「杖で送ってしまった塩の分、君の力になる武器だ。さあ、柄を握ってくれみてくれ!」
俺の勘違いか、お義父さんの目は少し輝いているように見えた。
それはまるで、まだ見ぬ興奮を待ちわびる少年のような眼差し。
「まあ一応くれるっていうなら、いただきますけど……」
躊躇いながらも、差し出された柄を握る。
その瞬間。些細な脱力感に襲われ、鞘に数本の蒼白い光の線が走った。
「ちょっ、これ何かマズいこと起きてません!?」
「大丈夫。持ち主を知ろうとしているだけだよ」
「え、刀におしゃべり機能とか付けたんですか? 俺、できれば道具とは適切な距離感でいたいんですけど……」
一振りするたび太刀筋のレクチャーなんかされたら、たまったもんじゃないぞ。
「この刀は賢者が修行を行っていた切り立った山岳地帯で取れるグリモライトと呼ばれる魔鉱石から出来ている刀で、この国で最高刀鍛冶に作製を依頼したんだが……」
脱力感のせいか、それとも別の理由か。重くなった瞼を精一杯の抵抗で見開く。
そんな俺を見て、お義父さんは何かを察したように咳ばらいをする。
「えっと……要するに特殊な魔石で出来ていて、持ち主から魔力を拝借しているんだよ。ただの鋼では君の一振りで壊れてしまうだろうからね」
「確かに……本気で振ったらぶっ壊れますね」
モンスターハンター社の屋上。
巨大な剣ごと切り捨てた吸血鬼と共に、粉々になった銀の剣を思い返す。
「どうだい? そろそろ楽になってきただろう」
「そういえば、さっきの脱力感は無くなりましたね」
言われて気づく。体のだるさはすでに治まっていた。
「それじゃあ仕上げだ。鞘から解放し、そこの柱で試し切りしてみてくれ!」
「よくわからないですけど、勢いでやっちゃいますよ?」
言われるまま、引き抜くっ!
抜き出した刀身は、深海のような黒色。
鍔がなく刀身を徐々に細くした様な柄の先で、深い輝きを誇る刃の上を蒼白い電撃が走っていく。
いつも召喚している刀と遜色なく馴染む感触に、俺は少しばかり高揚。
そのまま抜刀の勢いを殺すことなく、言われた通りに刀身と同じ色をした石柱に渾身の一撃を叩きつける!
一瞬の抵抗を圧し潰し、豆腐のように沈む刀身。
通り道は一切の歪みのない直線を描き、切断面を赤々と溶かし。
振り終えた刀身と切り口から、わずかに熱が伝わってきた。
「最高硬度の魔石を簡単に……同調は上出来みたいだね!」
横からの弾む声に、俺は疑問を抱く。
「これって、そんなにすごいことなんですか?」
「ああ、そうか。君にとっては石柱を切ることなんて簡単なことだったね」
そう。自慢じゃないが俺は今まで切ろうとしてもので、切れなかったなんて経験が無い。
だから、言われていることがいまいちピンと来ないのだ。
「安心してくれたまえ、この刀の最大の特徴は切れ味じゃない。君の人智を超えた力なら大抵の物体は断ち切れるからね。けれど、君は魔道を使えないだろう?」
「お義母さんが使っているやつですか。はい、出来ません。俺が魔力を使ってできるのはたった一つの詠唱だけで……魔道に関しては素人なんで」
魔道とは、魔力のコントロールに長けた者が行使できる戦闘方法の一つ。
俺が知る限り、それを行使できるのは世界で賢者とお義母さん。それと、紗世くらい。
「まあ、普通は魔道を極めた者が魔法使いになるんだけれどね……」
お義父さんは、有り得ない存在を前に乾いた笑いを出す。
「だけど、この刀は君の代わりに魔力を纏い、強度を上げているんだ。そしてもう一つ――――」
分厚い皮の手袋を付けた手で、俺の手から刀を取ったお義父さんが両手で柄を握りしめ、短くなった石柱に向け、振り抜いた。
刀身は十分な勢いで加速。さっきとほとんど同じ軌道を描いて、激突。
がきぃぃぃぃん。
金属の耳障りな音が鳴り響く。
お義父さんは、手元に返ってきた衝撃で刀を取り落とす。
刀身は一ミリも沈まずに弾かれた。
「こ、この刀は最初に柄を掴んだ者以外の魔力では輝かないんだよ。つ、つまり君の魔力以外に真価を引き出せる者はいない」
痺れた腕を庇いながらも、話は続けるようだ。
「つまり、賢者がこれを使おうとしても無理ってことですか?」
「そういうこと。あ、でも一つだけ注意点がある」
「何ですか?」
「この刀を、魔法体の状態では使用しないでくれ。紗世から聞いた力を想像するに、その身体の全力には耐えられない。恐らく振り終わると同時に大破してしまうだろう」
「〈武御雷〉の時に、この刀を振ることはないと思うんで、了解です」
床から大刀を拾い上げ、お義父さんは大切な儀式の様にもう一度、差し出す。
「僕が伝えたかった事はそれだけだ。それじゃあいってらしゃい。いつまでもこの場所で君の勝利と無事帰還することを願っているよ」
「はい、いってきます! 必ず、最高の勝利を持ち帰ると誓います!」
受け取った新たな相棒を背に携え、お義父さんの仕事場を飛び出した。