~エピローグ~
ある日の朝。斉藤紗世は春の暖かな日差しとともに目を覚ました。
「う~ん。おはようございます」
凝り固まった身体を伸ばし、誰もいない隣に朝の挨拶を済まして、一人で寝るには大きいのベッドを出る。
欠伸混じりの半分寝ている眼で寝巻から着替え、顔を洗って両親の家に向かう。
斉藤家は朝食の準備が当番制で、今日は紗世の番だった。
料理は母から教わった家庭料理を作る程度の腕前。なので朝食は手間をかけずに冷蔵庫から卵とベーコンを取りだし、買い置きしている食パンをトースターの口にセットする。
フライパンを眺めて数十秒。
「できたっ」
焼きあがった目玉焼きとベーコンを吐き出されたトーストに乗せて完成である。
今日の献立はベーコンエッグとトースト。それに昨日残ったポテトサラダを添えておく。
料理を机に並べているところで、ちょうどペタペタと室内履きを鳴らして母である可与が現れた。
「あ、お母さんおはよう。お父さんは?」
母の姿はあるが、もう一人の両親の姿が無い。
斉藤家ではみんなで食事をするのが当たり前。
なので朝食の時間を忘れるなんてことはないと思うのだけれど。
「ええ、おはよう。幸作さんなら仕事場で寝ていたから起きてくるのは九時過ぎでしょうから、先に食べましょう」
「そうなんだ。じゃあ食べよっか」
「「いただきます」」
お互い席に着き。二人が向かい合って手を合わせた。
いつもと変わらぬ日々。いつもと変わらぬ平和。なのに五年前から少しだけ退屈な気がしている。
もう三十歳になって、見慣れた風景に慣れてしまっただけなのかもしれないけれど。
ある日突然、毎日が少しだけ物足りなくなっている自分に気づいていた。
「紗世、どうかしたの? そんなボーっとして」
顔に出していたつもりはなかったけれど、母の観察眼をごまかすことは出来なかったらしい。
もしかしたら呪いには読心術のような技でもあるのかも知れないと、幼い頃から密かに思っている。
隠すことでもない自分にとって小さな悩みを、紗世は可与の前に吐き出した。
「お母さん……わたしってなにか忘れていることってあるかな? 自分でも不思議なんだけど、何故かそんな気がするの」
「……どうかしら分からないわ」
紗世の疑問に可与は首を振る。
そして穏やかな口調になって続けた。
「けれど、そうだとしたらいつか思い出せるといいわね」
「……うん」
紗世は可与のどこか悲しそうな顔に頷いて、この話をするのはやめた。
自分が忘れていることがあるとして、家族を悲しませてまで思い出さなくてはならない大事なことなど、この世にあるわけがない。
「気分が優れないのなら寝ていなさい。私は街に行って来ますから」
「ううん、大丈夫。行ってらっしゃい、気を付けてね」
「そう。無理はしないでね」
「わたしなら大丈夫だよ!」
元気の証明に両手を上げる紗世に可与は微笑をこぼして家を出て行った。
考えても仕方ないことは、考えても仕方ないよね。
自分に言い聞かせ、紗世はテレビのリモコンを拾う。
いつも通りテレビを点け、画面から聞こえてくる情報を聞き流す。
なんでもここ数年で灯京周辺の街では伝承や物語に出てくるような化け物や化学技術の一端で体の一部が突然変異した人間の目撃情報が多発しているらしい。
現れる度に怪物退治をしている人々が対処してくれているようで被害は抑えられているとのことだ。
けれど、暗いニュースも全くないわけではない。
しかし、この日のニュースはキャスターが目を皿にして原稿用紙を見返す程のビックニュース。
灯京の渋山という場所で一人の男が吸血鬼を相手に犠牲者を出さず。それどころか素手で殴りつけてノックダウンしてしまったと言うのだ。
「へえ、そんな人が居るんだ……」
報道が事実なら並外れた能力を持っているはずのヒーローに、紗世は少しだけ親近感を抱いていた。
どんな人なんだろう。わたしみたいに一人じゃないの、すごいなぁ。
そう思った次の瞬間。
画面に数日前、誰かが携帯端末で撮影した実際の映像が流れ始める。
お世辞にも良いとは言えない画質。
そんな粗い映像な中で、ひび割れた地面の目の前に立った男が映っている。
しかし、その背中は輪郭がぼやけていてよく見えなかった。
その数秒後、男は画面とは別の方向に親指を突き上げたハンドサインを向け液晶の外へと走り去ってしまう。
「え……?」
そんな顔も見えない男のぼやけた背中に紗世は言葉を失っていた……。
画面からは事件の詳細などが聞こえてきていたが、今の紗世には聞こえていない。
まるで、紗世だけを残して時間が動いているみたいに。
例えぼやけていても十年間自分の前を歩いていたあの大きな背中を見間違えることなど、あり得ない。
いつか思い出せたらと願った忘れ物がそこにあった。
なぜか今隣に居ない紗世のかけがえのない人が、そこには居た。
「そっか。そこに居たんだね……わたしの英雄」
視界に収めただけで、存在を確認しただけで自分の鼓動が走り出すのが分かる。
その再開で恋に落としていた感情を拾い上げ。
またしても手から滑り落ちた。
熱いくらいに高鳴る胸の高鳴り。頬を伝う雫を拭って紗世は立ち上がる!
「わたし、行かなきゃ……!」
決意を胸に母の部屋から望位磁石を持ち去り、紗世は彼との約束を果たすために走り出す。
誓ったんだから、わたしが隣で救い続けるって!
後日、灯京で再開した彼は……
外見こそ少し大人になっていたが、何も変わらぬままの紗世の愛する人に間違いなかった。
これにて三章終幕でございます!
最後まで読んでいただき誠にありがとうございます!
話は変わり本編のことを少しだけ。
この三章は一、二章の過去編となるお話で、紗世と剣の出会いと誓いを知っていただく物語でした。
なので次章。四章は時間軸が現在に戻り、一人目の賢者を倒してからのお話になりますのでよろしくお願いします。
ではでは、この物語にもう少々お付き合い頂ける方々が居ましたら、次の四章でお会いいたしましょう( ・∇・)ノシ
明志多栄作