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また逢う日まで、最後の別れ。

「場所を変えねえか? こんな狭い道じゃお前もやり辛いだろ」


「それはこっちのセリフだ。人間ごっこしてる身じゃあここでは思う存分に戦えねえだろ。武御雷たけみかずち


男は残念ながら口車には乗ってくれず。この場での戦闘をご所望らしい。


コイツの言う通り、この村では戦えない。


それをやったら紗世(さよ)や斉藤家がここまで築き上げてきた信頼にも傷が付くことになる。


それだけできない。してはならない。


紗世の隣に立つ者として、その辺の配慮は怠るわけには行かない。


しかし、結社の生き残りであるこの男を野放しにすることも出来ない。


「俺はそんな名前を名乗った覚えはないが……その名で呼んでくる奴は見逃さないと決めてんだッ!」


男が懐に手を伸ばした瞬間。俺は駆け出す!


男が上着の内ポケットから何かを取り出すのを待たず、背後に回り込んで固めた左腕を締め上げた。


そのまま地面に顔を押し付け、朝飯もまだだろう男に土の味を教える。


「ぺっ! 退屈な田舎暮らしのためにオレを殺すのか!? そんなことしたって無駄だ!」 


口に合わなかった朝食を吐き出し、男が吠える。


「負け惜しみか? 結社の残党であるお前がいなくなればこれで終わりだろ」


生き残りが居たことには驚かされたが、ここに来たのが一人だったことを考えるとこれで全てが終わるだろう。


けれど、それを聞いた男は口角を釣り上げ魅せられた盲目の瞳で狂気的に笑う。


「いいや違うね! この国には賢者様が居る。今は精々余生の幸せを堪能していろ。あの方たちが動き出せば近い将来、必ず黒須様の仰っていた我らの理想世界が始まる。そうなれば裏切り者であるお前と、その周りの人間も一人残らず根絶やしにしてくれるんだぁぁぁぁ!」


早朝の村では不自然な大声に、近隣の人々の声と足音が近づいてくるのが聞こえる。


マズいな。この状況を見られたら俺が弱い者いじめしている奴だ。


本当にしているのはゴミ掃除なのだが、村の人たちには理解してはもらえないだろう。


なら――――。


「そうかよ。それならお前らも賢者も、俺がまとめて地獄に送ってやる」


駆け付けた人々は村道に広がる景色を眺めて、呆然としている。


聞こえた声の正体を探し。何もない道に血眼になって、視線を凝らしている。


が、そこにはすでに何一つ残ってはいない。


数分後。駆けつけた人々はぶつぶつと何かを言いながら去っていく。


そんな眼下で離れていく人波から、身体で下敷きにした男に視線を戻す。


屋根の上、暴れる男の口に手を当てたまま俺は詠唱する。


その後、早朝の空に浮かぶ朝靄を晴らす稲光が走り。瞬く間に晴天が広がった。


この時、俺は一つの覚悟を決めた。


俺たちを取り巻く悪意の駆除と、紗世とのつかの間の別れを。



数日後、村の外れにある川下で全身黒焦げの何かが発見されたらしい。




その日の夜。俺は紗世が眠りに吐くのを見届けてから荷物をまとめて両親のもとを訪れた。


出発の挨拶と一つの頼みを聞いてもらう為。


「夜分遅くにすみません。お義母さんに頼みがあって来ました」


「それは良いけれど、突然どうしたの? 紗世には内密な頼みかしら」


お義母さんは少し怪訝な表情をしたが、快く中に招いてくれた。


真夜中の居間は静かで、あの日の事を思い出す。


席に着き。元気とは言えない顔の俺を見てお義母さんが口を開いた。


「それで? 紗世に内密のお願いとは何かしら」


「はい。これは紗世には内密というか、悟られたくないことなんです……」


目の前に座る二人と目を合わせ、改めて意を決する。


「そう。言って御覧なさい」


促されて息を呑む。


こんなにも言いにくい事を口にするのは初めてかも知れない。


自分の口が拒否反応を起こし、上手く声に出来るか不安になる。


「えっと、実はしばらくの間、紗世の記憶から……俺の、俺の存在を忘れさせてほしいんです」


お義母さん、もとい可与(かよ)さんは(まじな)い師だ。


その仕事は主に呼ばれた街に赴き。

人のトラウマや辛い記憶を奥底に隠し忘れさせたり、魔傷に苦しむ人を魔力で治療すること。


「……剣君。それは正気で言っているのかしら?」


しかし、もちろんそれは治療や救いといった善行目的だ。


「俺は正気ですし本気です」


その言葉に、部屋の空気が張り詰め。声が消える。


視線がぶつかる室内で、庭の葉が風に揺れる音だけが耳に届いた。


当然だ。こんなこと冗談でも許されない。


「落ち着いてくれ、(つるぎ)君。そんなことを頼むからには理由があるんだろ? まずそれを話してくれないか」


お義父さんが沸騰しかけた空気を換えるため、言葉の真意を訪ねてくる。



それから俺は今朝結社の生き残りに会ったこと、それからこの世界が賢者に支配されるかもしれないこと。


そして、その賢者達をぶちのめす為に少しの間。

この家と、紗世の元から離れることを話した。



「なるほど……」


聞き終わった二人はそれ程驚いていないように見える。


魔力に関係する仕事をしているんだ。

少なからず近しい可能性に気づいていたのだろう。


「……はい。なので俺が行った後、万が一にも俺を追ってくることが無いよう紗世の記憶から俺のことを忘れさせて欲しいんです」


「それは、私が呪いを人々の幸せの為に使っていると分かって言っているのよね?」


お義母さんが覚悟はあるのかと語り掛ける。


「もちろんです……それでも紗世にもうあんな思いをさせるわけには行かないんです。だから――」


言葉を遮られ、重ねて問われる。


「その為に実の娘に呪いで記憶操作を行えと? 本気で言っているのかしら」


その呆れてた物言いは怒気を含んでいる。


それも仕方ない。この頼みは彼女に対する侮辱なのだから。


「失礼なことを言っているのは分ってます……」


「分かっているのなら、そんな馬鹿なことを言うのはやめなさい!」


机を叩き、お義母さんはたまらず叫ぶ。


だが、俺も今回だけは誰に止められても怒られても例え嫌われても。引くわけには行かない。


「それでも、俺には紗世との叶えたい日常があるんです! アイツとの未来が踏みにじられるのを黙って見ているわけには行かないんですッ!」


結局、睨み合いになったお義母さんと俺の間にお義父さん手が割り込んだ。


「可与さん、君の言い分も分かる。だけど、僕も知っているんです」


一緒に止められると思っていたその口から、お義母さんをなだめる様な優しい声が空気に溶けてゆく。


「男の人には、守りたい者の為にできる限りを尽くして戦わなければならない時があると思います。彼にとっては今がそうなんですよ。きっとね」


お義父さんはそう言って、微笑む。


「私達は我が子を騙すことになるんですよ? それでも貴方はこれが正しいと言うんですか?」


「正しくはないです。それでも紗世が普通の子達のように世界を見れたらと、願ったことのある僕達がどうして今の彼を責められるんですか?」


お義母さんの瞳が揺れ、言葉に詰まる。


もしかしたら、二人にも紗世の為。

俺と同じ様な事を考えた時期があったのかも知れない。


「……分かりました。でも、この借りは生きて必ず老後に返して貰いますからね」


「それはいいですね。ハワイにでも連れて行ってもらいましょう」


優しい二人の言葉に涙が出そうになる。


こんな頼みを許し、そのうえでこの身まで安じてくれるなんて……。


俺は床に正座し。手をついて、額を床に叩きつける!


「ありがとうございます! この斉藤剣、全ての賢者を討ち必ず紗世さんを幸せにしてみせると誓います!」


「剣君。頭を上げてくれ、謝るのは僕の方だ。我が娘に外の景色も見せてやれない不甲斐ない父で申し訳ない……」


「いえ、今の俺が在るのはお二人がこの場所で紗世を守ってきてくれたおかげです。本当に、ありがとうございます」


最後にもう一度。深く頭を下げ、俺はご両親の想いも連れてこの場所を後にした。



旅立ちの空は薄暗く、朝日の気配も感じさせない真夜中の暗闇だった。


俺は少しの肌寒さに、着古したジャケットを羽織っておく。


街までの道のりで風邪を引いては格好がつかないからな。


振り向いた明かりの消えた部屋の中。優しい顔で眠る愛しい人へと手を振り、しばらく交わせなくなる言葉を告げる。


「紗世……行ってきます」


それを最後にして、もう振り向かないと決めた。


目の前には紗世と俺の平穏な日々が広がる未来だけが見えているから。

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