故郷への帰還。
玄関を出たところで立ち止まり、掌の望位磁石に視線を落とす。
俺は精神を集中して今最も望む人の顔、声、香りに至るまで強く思い返した。
紗世。例えどこに居たって、どんな状況だって――――。
想いに反応した針が、カタカタと揺れる。
「必ず、俺が助けてやる」
揺れていた針は、一つの方向を差して動きを止めた。
つまり、その先に結社の基地がある。
紗世が、待ってる。
「こっちか……」
方角を確認して、つま先を地に立て足首を回す。
最強といえど、動く前の準備運動は大事だ。
次に足を肩幅に開き、腰を下ろす。
「信じて待っててくれ、紗世」
踏み出した一歩で飛び出す。
さらに二歩蹴って、我が家が小さくな見えるところまで距離を離した。
ここまで来れば、本気を出しても被害は出ないな。
まとめた両足の膝に爆発的な力を溜め、着地と同時に放つッ!。
「今、行く!」
蹴った地に罅を刻み、森を揺らして遥か高みへと飛び上がる。
あの島への道など知らなくても、どうということはない。
方向がわかるのなら……
空から行けばいいだけだ。
数時間の空中散歩の末。あの日逃げ出した孤島の近くに着水。
そこから少し泳いで、島に上陸した。
「今回は空は手薄だったか」
あの日を思い出し、頭上を見上げる。
空域も警戒していたが、特に警戒態勢ってわけではなさそうだ。
「さて、本番は……」
こっからだ。
森林の中の巡回兵を懲らしめるのと紗世の居場所を聞き出さないと。
まあ少しくらい暴れるのは問題無い。
黒須は人の絶望する顔が大好きな胸糞変態野郎だ。
紗世に何かするなら俺が見ている時にしかしないだろう。
これは信頼じゃない。
奴が俺が来ると知っているように、俺も知っている。
そう、十五年間の因縁が確信をさせる。
立ち止まっても仕方ないので、木々の群れの間を進む。
耳を澄ましているが、今んとこ敵の足音や装備の揺れるなどはしない。
まだ俺の接近に気付いていないのか?
それともすでに罠は始まっているのか。
「居ないなら居ないで、良いけどな。その方が気が楽だ」
ここから基地の入り口は、俺の足なら走って十分もかからない
誰も居ないというなら駆け抜けて、最短距離で行こう!
そう意気込み、走り出して十分。
本当に何事もなく基地の入り口へと到着してしまった。
「おいおい。マジかよ……」
ここまで上手くいくと嫌な予感が増してくる。
外に何も無いということはこの先はどんな罠があるのか分かった物ではない。
「まあ、いいか。覚悟ならとっくだしな」
入り口を通り、長い廊下をまたしばらく歩く。
記憶が正しければ、この基地は正方形の敷地が四つに分かれたエリアで出来ている。
まずこの先に居住エリアがあり、その左隣が医療エリア。でもってその奥が俺の居た機密エリアだ。
もう一つはよく知らないが、たぶん黒須の生活空間だったような気がする。
廊下を抜け、基地の内部に着く。
しかし、医療エリアに続く廊下以外の道が跡形が壁になっている。
『やあ、武御雷。思ったより遅かったね』
無人の廊下で天井のスピーカーから聞こえてきたのは俺が、今まさに探している男の声だった。
「黒須、紗世は何処だ?」
『おやおや、私が挨拶をしているのに無視かい? 悲しいねえ』
五年ぶりに聞いた声も余裕そうな喋り方も、全てが俺の神経を逆撫でしてくる。
「どうでもいいから、場所を教えろ。どうせそこで待ってんだろ」
『ククククッ、そうだね。でも、お姫様との再会はまだだよ。君にはその前にこの基地内の懐古ツアーをしてもらう』
俺が懐かしむ思い出など、さやと過ごした数日くらいしか無い。
お前との思い出など作った覚えがないし、もし作っていたならすでに捨てている。
「そんな時間稼ぎに、俺が付き合う意味は?」
『君のお姫様の命っていうのは、どうだい。知ってるだろ? 私は存外気分屋なんだ、ショーを台無しにされてしまってはショックで一人くらい殺してもおかしくない』
それを取引の材料にするということは概ね想像通り、黒須は紗世に俺の見ている状況で何かするつもりらしい。
させるかよ。
今日でテメエとの鬼ごっこも終わりにしてやる。
「……そうかよ」
『そうだよ。君にはあの日、臆病にも逃げ出した日の真実を知ってもらう』
その通りだ。俺は逃げ出した。
自分が最強などと驕ったばかりに手足を撃たれ、腹に無数のナイフをぶち込まれて瀕死に追い込まれ逃げ出した。
そんな道で死にかけていた俺を救ってくれたのが紗世だ。
だから、今度は逃げない。
今度は苦し紛れの勝利じゃない。完全勝利でこの地獄にケリをつける……!
「……」
『思い出の場所のヒントは全て分かりやすい形で残しているから安心してくれ。それでは、後ほど』
「……」
『最高の表情を見せてくれることを期待しているよ?』
最後に嫌味ったらしく問いかけると、それ以降黒須の声は聞こえなくなった。
言いたいことは終わったらしい。
「面倒だが、ここは大人しく進むしかなさそうだ」
思わず、溜息が漏れた。
なんせ愛の告白を邪魔された挙句、世界で一番会いたくない奴との再会だ。
そりゃ溜息くらい出るっつーの。
諦めて時間稼ぎに付き合うことにして、俺は前も右も無くなっていた廊下を、左へと直進した。