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新たな日常。その九

「海が見たい……」


泣き止んだ紗世が目の周りを真っ赤にして呟く。


こんな時でもワガママなの変わらないらしい。

いや、こんな時だからなのか?


「海か……それならいい場所知ってるぞ」


俺は、少し前トレーニング終わりの散歩で立ち寄った教会の建つ崖の先から見た景色を思い出す。


「連れてってくれるの?」


「当たる前だろ。女の子には優しくするもんらしいからな」


「じゃあ、お願いしようかな……」


笑いかけた俺に素っ気ない態度で返す紗世。

泣き止んだと言っても、まだ俺を許す気はないのだろう。


当たり前だ。なにより俺が一番、自分を許していない。


今更になって悩んでブルってる自分が情けない。自分のことなら勝手に決めて、どんなに傷ついたって平気だってのに……


以前、温度差は激しいけれど俺は親指を突き立てて返事をする。


「ああ、任せろ!」


それでも……君の笑顔が見たいと願うこの感情は、きっと罪深き強欲なんだろう。




その後。少し歩くから抱えて走ろうかと提案したら、今は嫌だと却下された。


なので、俺たちは家から村を挟んだ反対側の崖まで小一時間かけ歩いて目的地に到着する。


「どうだ? 結構いい眺めだろ」


「うん。綺麗だね……今じゃなかったらもっと」


海風になびく亜麻色の髪を抑えながら、水平線と空の境界線を眺める紗世はそれでも嫌味を忘れない。


折角の絵になる立ち姿も台無しであった。


「お、おう。そうだな……」


じゃあ何でこんなとこまで来たのか聞いてみたかったが、紗世の言いたいことはまだ終わっていない気がした。


「ここ、教会があるんだね」


紗世が見上げた先には崖っぷち建つ白亜の教会が殺風景な景色の中で存在感を放っている。


「ああ、たまに鐘の音が聞こえると思ってたけどこれだったんだな」


「わたしもこういう所で、愛を誓うのかな?」


唐突に刺しにくる話題の転換に、内心ぎょっとしながらポーカーフェイスで答える。


「さあな、相手が和式がいいとか言ったら寺とかでやるかも知れないぜ」


「剣はどっちが良いと思う? わたしの花嫁姿はドレスか白無垢か」


それでも逃がさず、紗世は決定的な”何か”を口にさせようとする。


「きっと、紗世ならどっちも綺麗だよ。相手もきっと同じこと言ってくれる」


「いじわる……。らしくない事ばっかり言うんだね、今日の剣」


そうだな。


一年程前の俺だったら、そんなまどろっこしい言い回しなんかしなかった。


勘違いでも正解でも自分の好みをそのまま答えていたと思う。


「でも、いじわるって言うなら、今の紗世の質問も相当だったぞ?」


応えられないって、わかってて聞いてるんだからこんな空気になるのも仕方ない。


「うん。そうだね」


「俺が居なくたって紗世は、もう幸せになれるよ。きっと……」


本当はなって欲しくないと一割くらい思ってるって言ったら、紗世は俺を嫌いになってくれるだろうか。


いや、ならないだろうな。

むしろ嬉々として、にやけ面でいじり倒して来そうだ。


「あはは~ひどいこと言うなぁ。女の子には優しくしてって言ってるのに」


「ああ、そうだな。ごめんな」


それを機に、ぎこちない会話を繰り返していた二人の間に沈黙が流れる。


こんな事、本当に久しぶりだ。


出会って五年経つが、ここまで不器用な言葉を交わしたのは初めてかもしれない。


分厚い雲に明量を奪われた景色だけを見つめ、俺は時間が過ぎるのを待つ。


けれど、隣に立つ俺の恩人はそんな甘えを許すような奴ではない。


強引に握られた手から熱と震えが伝わってくる


「知ってると思うけど……わたしは剣が大好きだよ? きっと最初に出会ったあの日から、あなた以上に特別な人なんて現れる気配は微塵もない」


泣き笑いになった紗世の気持ちに応えるように、空を覆う雲からは大粒の涙が降り注ぐ。


「剣は……剣は、どう?」


俺の答えは…………。


「その腕は大地を揺らす剛力。その脚は千里を駆ける雷鳴。その一振りは万を葬る剣戟」


「え?」


突然、詠唱を始めた俺に紗世が疑問の声をあげた。


空気をぶち壊している自覚はあるが、詠唱しないと発動できないのが魔法の不便なところだ。


「剣帝顕現。武御雷」


だけど、その笑顔を見てしまったら嘘なんてつけなかった。


「抜刀術、一刀召喚!」


虚空にかざした手の平の中に魔法陣きせきが現れる。


そこから突き出した柄を握り、勢いのまま抜刀する!


「ありがとう。その言葉だけで俺の人生は、過去も未来も全部丸ごと救われた──」


俺は、同じよう瞳から嬉しさの雫を流して笑う。


「だからッ!」


天を睨みつけ、咄嗟に腰を下ろす。


両の手で柄を握り天を割る気合いで、必殺の剣戟を振り上げるッ!


音が盗まれたように、辺りが静まり返る。


その静寂の中で、役目を終えた刀をひっそりと魔法陣さやへ還す。


瞬間。


遅れて真っ二つに割れた雲の隙間から、差した陽の光が俺たちを照らした。


「えっと、剣?」


「紗世、こいっ!」


「え、あ、ちょっ!?」


キョトンとした紗世に理解する時間も与えず、先の事の思考など放棄して、俺は紗世を抱きしめる!


強く強く。俺の腕が紗世を傷つけない限界まで強く……!


そうだ。俺が幸せにできるかじゃない。

俺が幸せにしたいんだ。


五年前のあの日。俺を救ってくれたあの笑顔をずっと隣で見ていたいと思ったから。

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