新たな日常。その七
「よし。なら今すぐ準備しろ、最高の景色を見せてやる!」
「え、いいの?」
望み通りの言葉を返したはずなのに、何故か疑問が返ってきた。
「いいのって、なんで言い出した紗世が疑問持ってんだよ」
「だって止められると思ったから……」
意外にもワガママなお姫様にも自重というものがあったらしい。
「まあそれで止まったことなんてない訳なんだが」
「だって、いつも怒られるって言うじゃん!」
まあ実際バレたら連帯責任で二人ともお説教を喰らうので、それは嘘でも冗談でもない事実だ。
「怒られる前に帰ってくるんだろ? 心配すんな俺に考えがある」
「え、じゃあ本当に良いの……? 桜を見に連れてってくれるの?」
「ああ、まかせとけ。絶対電車から眺める最高の景色を見せてやる!」
可与さんには申し訳ないが、少しくらい紗世に気分転換をさせてやりたい。
「わかった。じゃあわたし着替えてくるから待っててね」
「はいよ〜二分で済ませろよ」
「それは無理!」
二階の自室に向かおうとした紗世が、振り返る。
「それから、ありがとっ剣!」
その屈託のない笑顔で俺の目的は半分以上の果たせたも同然だった。
まあ実際はまだ何も始まってないけれど。
決まるや否や昼食も平らげ、俺たちは早々に家を出た。
向かうのはふもとにあるこの辺境と町を繋ぐ唯一の寂びれた駅。
一時間に一本の電車が止まるその場所で、紗世に最高の景色を贈るとしよう。いつものお礼も込めてな。
「紗世は電車って乗った事あるのか?」
最寄りまで俺が抱えて走り。
紗世を下ろして、村のはずれにある駅へと並んで歩く。
「ないよ。だって人が集まるところにはなるべく近づかないようにしてたから。そう言う剣はあるの?」
「いや俺の場合は必要ないだろ。高速で動くだけの移動手段なんて、走った方がましだよ」
外の世界に出る自由なんて無かったとか、そんな水を差す事は言わない方が良いだろう。
「もう、そうやってすぐ効率のことばっかり言うんだから……こういうのは結果じゃなくて過程を楽しむものだよ」
「へいへい。まあでも、お互い初めての乗車ってわけか」
「そうだね。きっとすごい綺麗だから剣も気に入るよ」
「いや桜なら道中の街道の脇に見飽きるほど生えてたけどな」
「もうまたそうやって、雰囲気壊すこと言う!」
と、結局素直に話していたらツッコまれてしまった。
そんな事を話している内、到着したホームに向かうため駅の中へと向かって足を進める。
「はっはっは、悪かったってほら早く乗ろうぜ?」
笑いながら俺が不思議な機械の間を通ると、不快な機械音と共に進行方向を塞がれた。
「ん? なんか止められてんな」
「え、なにこれ? どうやって通るんだろ」
どうやら紗世も分からない様で、その場に二人して立ち往生することになる。
「とりあえず、ぶっ壊して通るか? 見た感じそこまで頑丈な板でもなさそうだし」
「駄目だよ剣!? あそこに駅員さんもいるのにそんなことしたら!」
それはバレなきゃ良いって事なのか?
「うーん。だったらどうすんだ? この板一向に退く気配とかないぞ」
げしげしと足で押し始めた俺を見て、紗世が飛んでいく様に駅員のもとに駆けていく。
「ちょっと待ってて、わたし駅員さんに聞いてくるから!」
頼りない外観をした木造の駅から抜け出し、紗世を待つこと数分。
戻ってきた紗世は浮かない顔だ。
「……どうした?」
「電車に乗るには切符っていう乗車券を買う必要があるんだって……」
ふーん。電車ってそんな乗車システムだったのか。
まあでも……
「そうなのか、じゃあ買えばいいじゃねえか」
「……れた」
消え入りそうに俯いた紗世の囁きに、俺は思わず聞き返してしまう。
「ん、なんて?」
「……忘れた。お財布忘れたの!!」
「あちゃ~」
「だって今日はお散歩のつもりで来たから、お金なんていらないと思ったんだもんっ!」
あくまで自分は悪くないという主張を、頬を目一杯膨らませた顔で押し通す紗世。
お互い知らなかったんだし、こればっかりは仕方がない。
「まあまあ、いいじゃねえか。諦めはついたんだろ?」
「……」
しかし、紗世からいつもの元気な返事は返って来ない。
「その様子じゃついてはいないみたいだな」
「ううん。ただ、剣とお花見したかったなって」
否定していても、がっくりと落ちた肩と落胆に翳るその表情で本心など容易く分かってしまう。
それに何より。
気分転換のために来て、このまま帰ったのでは俺の気も治らないというものだ。
「しかたねえな。要は乗れりゃいいんだろ? だったら乗せてやるよ、約束しちまったしな」
そう言って、ニヤリと笑ってみせる。
「え、でも……あ、ちょ――――っ!?」
俺は紗世の言葉を遮り、彼女を強引に抱えて走り出す!
向かう先は、目の前で今まさに動き出したばかりの電車。
あの速度なら、まだ間に合うッ!
「最高の特等席に乗ってやろうぜっ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁ! こんなの望んでなかったぉぉぉぉぉぉ!!」
大地を蹴り粉塵を撒き散らしながら、俺たちは放物線を描いて跳び上がる!
その足の目的地はもちろん車両の上、俺たちの特等席へと音を立てて着地にする!
「ほら、そろそろ目開けろよ」
急なことで、心の準備が出来ていなかったのか。
紗世は着地しても俺の身体にしがみ付いたまま、目を閉じて震えている。
「だってぇ。いきなりそんなことするって思わないじゃん」
「わるかったわるかった。でもよ、早く見ないと花見終わっちまうぜ」
速度を上げた車両は瞬く間に、距離を稼ぎ。
ものの数分で目的地へと到達していた。
「え――――っ?」
目を見開いた紗世が、腕の中で息を呑む。
満開に咲き乱れる桜のアーチが至近距離で紗世の視界に飛びこむ。
お気に召したかは分からないが、確かに絶景であることは否定できないな。
確かに、これは良い眺めだ。
「ありがとう剣。来年も再来年も、その先もずっと……二人でお花見できるといいね」
「出来るさ。紗世が望む限りいつまでだって……」
その言葉に少しの切なさを抱えながらも、願う様に絞り出す。
「うん!」
それに、紗世は満開の笑顔で答えてくれた。
いつか紗世が魔力出力を完全に制し俺の届かない幸福を手に入れるとしても。
この手が届く限りは、この笑顔を必ず守り抜くと誓おう。