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新たな日常。その三

「今日、私は隣町に行かなくてはいけないから、村までのお買い物をして来てもらえるかしら」


朝食を片付けたあと、可与さんは紗世におつかいを言い渡す。


「うん、大丈夫だよ」


しかし、答える紗世の声を聞いた可与さんは、何も言わず、おれの方を見た。


「剣君も、いいかしら?」


「え、おれも行くんですか?」


どうやら、行くのは紗世一人でなくおれも含まれていたらしい。


てっきり紗世一人で行くものと思っていたので、返事を忘れた。


しかし、果たしておれは村に踏み入っても大丈夫だろうか……


「そうね。まあ居候の身で、家事もおつかいも起き上がるのすら面倒だと言うのなら、行かなくてもいいけれど?」


「いやいや、違いますよ!? 村におれが行ってもいいのかって意味であって、面倒だとかそんなこと思ってませんから!」


絶対、良しとは思っていない言い方ですよね? それ。


「ええ、だから剣君には紗世のボディガードとしてついて行ってあげて欲しいの。荷物もそれなりに重くなりそうだし」


確かに、どちらかと言えば紗世の力の方が不用意に人と関わるのは危険か。


それに、紗世はお世辞にも筋力がある方とは言えない。


だから、おれがついて歩くのは分からなくもないが……


「それ、おれ一人で行けばよくないですか?」


安全や荷物の運搬のことを考えると、そっちの方がいい気がする。


移動の面でも一人の方が速く行けそうだ。



「剣君は店名だけで村のどこに何があるかわかるのかしら? そこまで出来るというのなら、あなた一人に頼んでもいいのだけれど……どうかしら?」


質問に答える可与さんは、切れ長の目をさらに細めた笑顔を作り、終始穏やかな口調の語気を最後だけ微かに強めた。


要約すると、黙って行けである。


「あ、わかんないです。はい」


「あはは。大丈夫だよ! わたし何度も行ったことあるから」


乾いた笑いをこぼす紗世に励まされ、自分の無能さに泣けてくる。


おれって、こんなにも何も出来ない奴だったのか……


結社に居た頃、強くなるだけで褒められていた自分が恥ずかしい。


「分かっているとは思うけれど、くれぐれも目立つような行動には注意して。村の人々は紗世のことは多少知っているけれど、剣君のことは無闇に知られていいものではないですからね」


おれの背に刻まれた魔法は、外の世界では五人の魔法使いしか使えない世界を救い、世界を支配する代物だ。


もし、そんなことが村の人間たちに知られてしまえば、おれはもちろん。


おれを受け入れた紗世たちも恐怖の対象にされ。その後、どんな悲劇が待っているかは言うまでもないことだ。


「はい、分かってます」


「心配しすぎだよ、村への買い物くらいで」


おれはしっかりと、紗世はさらっと答える。


「特に紗世、買い物が終わったら寄り道せずに早急に帰路についてね」


「あ、はい」


「それじゃあ、私は行ってくるからお留守番とおつかい頼んだわよ」


「任せてください」


「はーい。いってらっしゃーい」


玄関から出ていく可与さんの背中を見送り、これから一日の課題に想いを馳せる。


紗世とおつかいかぁ。


ここ数日で分かってきたが紗世は優しいがすごくいい子ではない。


自分のしたいことに忠実というか、直感で生きているタイプ。


だから、このおつかいは如何に紗世の衝動を制御して、無事何事もなくおつかい終わらせるかというミッション。


必ず成功して、おれが少しでも役に立つことを証明しなければ。


扉を見つめ拳を握り込んでいるおれを、紗世が不思議そうに眺めていた。




「じゃあいこっか? 剣」


紗世が勉強を終え、食器を洗い終わったところで声を掛けられた。


どうやら、今朝の決意がやっと実る時が来たようだ。


「おう、任せろ。野犬が出ようが熊が出ようが守ってやる!」


「いや、いくらうちが山の上にあるからって、そこまで危なくないから……」


「ああ、そうなのか。てっきり道中獣だらけなのかと思ってた」


「居ても狸くらいだから。あ、でも見つけてもいじめちゃダメだよ! かわいそうだから」


「そんなことする訳ないだろ。暇人じゃあるまいし」


「なら、よしだね。じゃあメモもお財布も持ったし、お出かけに出発進行!」


勢いよく玄関から飛び出した紗世は、鍵も閉めず無邪気に走っていく。


まあ外に出るのはおつかいを頼まれた時くらいだから無理もないだろう。


「おーい、一人で遠くまで行くなよー。おれ道分かんないんだからなー」


代わりに鍵を閉め、はしゃぐ後姿を眺めて、おれは思う。


この無邪気な恩人が、ずっと笑顔でいられるよう少しでも役に立てる様にならないとな。



追いついた紗世の隣に並び、おれ達は流れる景色の中をゆっくり歩いて街道が導く山の下の村へと向かう。


なお道中、野良犬に出くわしたが紗世が常備しているという餌を与えると、すぐに懐いて森に帰って行き。


おれは荷物持ちしか、自分の活躍の場がないと悟ったのだった。

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