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同類なき化け物。

「え、どうしたのお母さん!?」


可与さんの言葉に、感情が追いつかず、紗世さよが声をあげる。


「紗世、離れなさい!」


可与さんの制止の声で室内に緊張が奔り、まだ状況を把握できていない紗世も、その場で立ち止まった。


「……剣くん。あなたは何者? 誰に言われてここに来たのかしら?」


思わず、深い溜息が出る。

そんなものは、おれが知りたいくらいなのだから。


「すみません。たぶん、可与さんの欲しい回答は出来ません」


「それは、あなたが決めることではないのよ? 早く答えなさい……!」


おれは答える。自分の知るかぎりの自分の正体を。


「……おれは人間です。誰に言われたというなら、自分の心に従って、ここに来ました」


背中に当てられた掌から魔力が伝わり、何かをされたのはわかった。


しかし、体感ではおれの身体に変化は無い。


「ふざけないで、そんな冗談を聞いてる余裕はないの。次に言ったとき目覚めるのは地獄だと思って」


今、おれは何をされた? 


「そう言われても、おれはこれ以外の答えを持っていません」


「こんな魔法陣ものを背中に刻んでおいて、そんな戯言をっ! 誰が信じるというの!」


「こんなモノ?」


魔法陣のことか? だとしたらこの人は……


こっち側の人間なのかもしれない。


「やめて、お母さん! 剣がどうしたっていうの? そんな話、傷が治ってからにしてよ!」


見守ってた紗世が、辛そうな表情で母に訴えかける。


「目的は知らないけれど、魔法陣を持ったあなたがこの結界内に居るのが、何より敵意に証明よ。おいそれと誰でも作れる代物ではないのよ、魔法陣それは」


可与さんの言っていることは、よく分からない。


けど、おれをこの場から消したいという意思が背中越しにでもビリビリと伝わってくる。


「この身体が呪われているのは、可与さんの言う通りだ。それでもおれは偶然ここに来たんです」


意識を失って、どのくらい飛んでいたかも、地面に衝突したのも思えていない。


だから、誓ってここが何処かなんて知らなかった。


けど────。


「動かないで!」


両手を挙げ、立ち上がろうとするおれの背に、可与さんが掌を突き当てる。


「安心してください。おれは戦うために立ったんじゃありません」


「この状況で、動く理由が他にあるのかしら?」


おれの言葉などに耳は貸さず、可与さんは一歩も引かない。


「可与さんが、さっき自分で言ったじゃないですか」


可与さんは何のことか分かっていないのか、それともその選択をすることを信じられないのか。


重い沈黙で、返事をする。


「おれは、ここから去りますよ。これ以上、恩人に迷惑かける訳にもいかないので」


振り返った目線の先には、驚きと不安で少し泣いている紗世が居る。


「……信じられないけれど、本当に抵抗する気は無いみたいね」


掌を背に突きつけられながら、おれは押し出されるように出口に向かってゆっくり歩く。


「待って、剣。話し合えばなんとかなるよ! お母さんも、落ち着いて話し合お?」


紗世は押し当てられた手を、剥がそうと手を伸ばす。


ああ、コイツはこの状況でも、まだおれを守ろうなんて思ってるのか。


「紗世、大丈夫だよ。可与さんの言ってることが正しい。言ったろ? おれは普通じゃないって」


旅の始まりに、紗世に会えてよかった。

もし会っていたのが不親切な人間なら、あのまま死んでいてもおかしくなかったと思う。


だから、最後くらい……


「ありがとな。最初に会ったのが、紗世で良かったよ」


おれは満面の笑顔で、別れを告げた。


紗世は笑ってはくれなかった。


けど、この日が紗世にとって最悪にならないなら、それでいい。


誰かのあんな顔を見るのは、もうごめんだ。


★ ★ ★


遠くなっていく剣の血の滲む背中を眺め、紗世は無力感に襲われる。


「なんで!? なんで剣を追い出すようなことするのっ!」


「仕方のないことよ。忘れなさい……」


可与は目を閉じて、首を振る。この話はこれで終わりという態度で。


十五歳の少年を何も持たさず、外に放り出したのだ。可与も辛い選択だった。


娘の安全と見知らぬ少年の安全など、比べられる状況ですらなかった。


もしも、剣が可与の思った通りの存在なら、先手を取られた時点で、二人とも死んでいた。


「仕方ない? お母さんは困ってる人を助けられる人になれって言ったじゃない!」


娘の言葉に、痛い所を突かれ可与は顔を歪める。


「それは、あなたの命を投げ出してでも、という意味ではないわ。彼も言っていたでしょう? 彼は普通じゃないの。一緒に居てはいけないの」


「普通じゃない? お母さん、それ本気で言ってるの」


剣のことを言い捨てる可与の冷たい瞳。


それに、紗世は感じた事のない疎外感が覚える。


「ええ」


「だったら、そんなの……わたしだって普通じゃない……!」


絞り出す声、紗世はその手を握り締める……!


産まれた頃から一人ぼっちで、村に住む数少ない子供たちと遊ぶこともできなかった幼少期。


人と触れ合うのも苦労した。


それでも寂しくなかったのは、紗世には優しい母と父が居たから。


「やめなさいっ! あんな悍ましい力とあなたの才能を同列にしないで!」


可与の掌が、紗世の頬を張る!


しかし、張られた頬の痛みなど、気にもならなかった。


こんな痛み……彼に比べれると思えば。


「剣がなにしたって言うの!? 力を持っているだけの彼がなにしたって言うの!」


だから、紗世の想いは止まらない。


「わたしは人と関わらなくてもお母さんとお父さんが居てくれた。だから、寂しい日でも我慢できたんだよ?」


放っておけない。痛々しい彼の寂しい笑顔が、今の自分に勇気と原動力をくれる。


「だけど、剣には家族も友達すらいない。頼れる人なんていない」


尊敬する母に、止められても走り出した鼓動が紗世を突き動かす!


「この世でひとりぼっちの男の子を見て見ぬふりしなくちゃいけない優しさなら、わたしはそんなのいらない! 優しくなんてなりたくない!」


母の声も置き去りして、紗世は走り出す。


「待ちなさい紗世!?」


飛び出した背中に伸ばされた可与の手は、しかし、決意を宿した彼女の肩には、届かなかった。

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