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底無しのお人好し。

「はい、これでもう大丈夫ですよ」


「はぁはぁ、例は言う。けど、アンタ全く容赦ねえな」


壮絶な手当てを終え、包帯を巻いてくれた少女に、おれは少し怯えた目を向ける。


「そうですかね。わたしちゃんと痛いって言いましたよ?」


「うん、言った。言ったんだけどさあ……」


そういう前置きを言うときって、少し声が漏れる程度の痛みだと思うじゃん。


誰が、その前置きされて二秒後に絶叫してる自分なんて想像すんだよ。


「でも、すごいですね。こんなぼろぼろなのに、さっきから元気いっぱいで」


そう言う、少女の顔には呆れ笑いが浮かんでいる。


「ああ、こういうのは慣れてるからな」


いや、待てよ。


確かに痛いのはなれっこだけど、そもそも意識が途切れた原因は魔力切れによるものだと思う。


なのに、なんでおれは元気に喋っていられるんだ? 普通だったら立ち上がるのも億劫なはずなのに……


「えっと、なんであんな所で倒れてたのか聞いてもいいですか?」


まあ、やっぱり聞かれるよな。

あんなとこで寝てるだけでも普通じゃない。加えて、この出血。


何かあったと思わない方が、おかしい。


でも……


「ごめんな。アンタに迷惑かけたくないしそれは聞かない方がいいと思う」


「いえ、言いたくないなら大丈夫ですよ」


少女はそれ以上は聞かず、言葉を納めてくれた。


「ありがとう、手当てまでしてもらって感謝してる。それじゃ、おれは────」


応急処置も終わり、目的のため立ち上がる。


しかし、何故か少女に手を掴まれて、その場に拘束される。


「もしかして、その怪我で外に出ようとしてます?」


さっきまで、穏やかだったその顔には少し機嫌の悪さが窺えた。


言葉だけでは足りないということか。


「ごめん、今おれにはアンタを満足される礼はできない。でも、この恩はいつか必ず返すから!」


助けられて、その上踏み倒すような自分の不甲斐なさに呆れかえる。


それでも今は、一分一秒でも早く。

自分のやりたい事を探す旅に出なければならない。


それが、さやとの約束だから。


「そんなのいりません。わたしが言ってるのはそんな怪我で出歩かないでということです」


「あ、なんだ。そんなことか」


「そんなことって……わたしが見つけてなかったら、あのまま死んじゃっててもおかしくない怪我なんですよ!」


おれの態度を見た少女が、気に障ったのか怒号を飛ばす。


「わかったから、落ち着いてくれ。おれは大丈夫だから」


「ダメです。あなたはここで救急車が来るまで安静にしててください」


うーん。これ以上話がこじれると、町への行き方を聞くどころじゃなくなるな。


仕方ない。ここはこの子の言う通りにして傷が落ち着いてから出発することにしよう。


「わかったわかった。大人しくするから許してくれ」


「わかってくれたならいいです……家族の方には、わたしが代わりに連絡しますので。えっと、お名前……?」


怒りを落ち着けた少女が、訊ねる。


しかし、残念ながらそれは、完全に無駄な気遣いだ。


「いや、家族は生まれてから十五年、居たことないんだ」


「え……」


父親は一族が襲撃を受けた時に殺され、母親はおれをこの世に送り出すのと入れ違いで亡くなったと、黒須が言っていた。


「名前は……」


武甕雷と言おうとして、おれは口を紡ぐ。


結社の全員からそう呼ばれて育ったから、今までなんの疑問もなく、それが自分の名前だと思って生きてきた。


けど、違う。それはおれの名前じゃない。


それは、背中に刻まれた魔法の名だ。


「無い、かな」


「名前も、なんだ……」


余程珍しいのか、少女は目を丸くしておれを見る。


そして、何故か奇妙な沈黙が続く。


「あ、いや、一応。前いた場所では武甕雷って呼ばれてはいた、けど」


「すごい名前だね……君ってもしかして、神様だったりする?」


「いや? そんな名前の神が居るのか」


「うん」


そうだったのか。この魔法ちからの名は、神から取ってつけた名だったのか。


「でも、みんなが呼んでたなら、それが名前なんじゃないの?」


「違う」


おれは、それだけはハッキリと否定する。


結社から解放された今。その名で呼ばれるのは遠慮したかった。


「でも、ずっとあなたって呼ぶのも不便だから、武甕雷って呼んでもんいいかな?」


「いや、うーん」


「あ、それはヤなんだ。……でも、他になんて呼べばいいかなぁ」


少女の真面目に考える表情に、おれは内心で嗤う。


この子も不思議な人だな。さっき会ったばかりの知らない奴の呼び名を真剣に考えるなんて。


どうせ、すぐに呼ばなくなるのに。



「あっ! 思いついた。君の名前!」


「……は?」


発注した覚えがないのに、勝手に名前を作られていた。


「剣がいいよ、つ、る、ぎ。武甕雷は剣の神さまって聞いたことあるし、似合ってると思うよ!」


剣……。そういえば、おれの魔法の詠唱にもそんな様な言葉があったな。


「いや聞いてないし、勝手におれの名前を作るな」


「え〜だって、武甕雷はヤなんでしょ? じゃあ剣って呼ぶしかないよぅ」


「なくねえよ。てゆうか、お前態度の変わりかた急だな」


さっきまで距離を感じる口調だったのに、少し喋った間に何があったというのだろう。


「ああ、剣のこと年上の人だと思ってたから、さっきまでは一応敬語にしてたんだよ。でも、同い年なら普通でいいかなって」


なるほど。幼い顔で気づかなかったけど、この子同い年だったのか。


そして、サラッとつるぎ呼びが定着していた。


「もう何とでも呼んでくれ……」


「うーん。でも、そっかあ」


おれが降参し、呼び名が剣に決まってしまったのに、少女は浮かない顔だ。


「どうした?」


「いやね。さっきまでは剣の怪我が治るまで休んでいけばいいって思ってたんだよね」


「……おう」


それだけでも、十分すぎる話だと思うが。


どうやら、この短い会話の中でこの子の意見が変わったらしい。


「でも、剣には家族も帰る場所もないって言うから……」


「から?」


一瞬の思案の後────。


「剣さえよければ、ここに住んじゃえば良いんじゃないかって!」


大きく叩いた手を合わせながら、少女はとんでもない提案を口にした。

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