妥当な報酬。その二
「俺たちは市民を守る為にいつどんな時でも出動できるよう、二十四時間気を抜かず命がけで戦って過ごしてんだ! テメェみたいに小遣い稼ぎで化け物を相手にしてる奴とは持ってる信念が違うんだよっ!」
この隊員は、どうやらかなり酔っ払っているようだった。
その証拠に、怒鳴る男はアルコールの回った赤ら顔で信念などと言い出ている。
もしかして、これって新手のギャグなのか。
「ああ、分かった分かった。今度から気をつけるから、お前がアシュリーちゃんと無関係だってんなら行っていいか? 俺は今、お宅の社長を待たしてんだ」
こんな奴らと言い争ったって何の得もねえし、さっさと報酬の元に向かおう。
「全く分かってねえよ、ボケが! 今あんな受付のブスのことなん――」
「!」
しかし、男の次の発言を聞いた瞬間。その口を塞ぐために振るった拳が男の顔面を捉えた。
「ぶっ!?」
「おいおい。そいつはさすがにジョークにしちゃあ、ちょっと度が過ぎてねえか?」
咄嗟に手加減はしたが、それでもロビーの端から端の壁まで吹っ飛んだ男に俺は一方的に言葉を続ける。
「俺の悪口も盾石のオッサンの悪口だって、面倒なら涼しい顔で見逃してやる。でもな、女の子に対してのそんな暴言だけは絶対に見逃せねえな!」
その大声でロビーに居た人々から注目が集まるが、気にしている余裕はない。
俺を気に入らないとかいう理由で、この男が関係ないアシュリーちゃんに吐いた暴言は今すぐ訂正させなければならないからだ。
俺は、やっと膝をついた所だった男の前に立つ。
制服の襟を掴み、持ち上げた男はすでに怯えきった表情を浮かべていた。
だが、それでもまだこの男には言わせなくちゃならない言葉がある。
「ひぃ……すいません!」
「それは言う相手が違うだろ?」
「え?」
「てめえが謝罪する相手は、俺じゃねえって言ってんだよ」
睨みつけられた男が、はっとして風を起こす勢いでアシュリーちゃんの方を向く。
「俺がわるかった! わるかったから、もう許してくれ!」
「……いえ、そもそも私はそんな侮辱のことなんて特に気にしてませんので」
男の腹から声を出した謝罪に対する彼女の返事を聞き。とりあえず満足した俺は男の襟から手を離す。
無造作に離した男が尻で着地して、次には周囲から割れんばかりの拍手が鳴り響く。
周りの人々が口々に「いいぞー」「かっこいいぞー」「よくやったー」などと言いながら、拍手や口笛と共に称賛を贈ってくる。
気に入らなくてやっただけなんだが、期せずして良いことしちまったみたいだな。
歓声を背にして、俺は受付に座る顔を真っ赤にしているアシュリーちゃん前で親指を突き立て、してやったりな笑顔で笑う。
「一応お礼は言います。ありがとうございます」
「いや、俺が許せなかっただけだ。気にするなって」
照れているのか俯くアシュリーちゃんに、俺は大げさな感謝は無用だと、サムズアップを解いた手を軽く振る。
「いえ、気にはします」
「律儀だなぁ」
「というか、今すぐこの会社を辞めたくなりました。主に貴方のせいで」
「え」
あれぇ~?
どうやら彼女が下を向いていたのは怒りで興奮していたせいで、俺は今回もちょっとだけやりすぎてしまったらしい。
「あ~それはなんだか悪い事したな。今度なんかお詫びするわ」
さすがに反省せざるを得ない俺は、彼女に正式に品を用意して謝ることにした。
「……イチゴ」
アシュリーちゃんが唐突に呟く。
「ん?」
「イチゴのショートケーキをホールで食べたいです!」
「ああ、ショートケーキが好きなのか? クールそうに見えて意外と――」
「それから、あと一回でも可愛いとかふざけた言葉を言ったら殺しますよ?」
「はい、すみません」
可愛い顔で凄まれた俺は両手を上げて降伏し、お詫びのイチゴのショートケーキを届ける約束して、今度こそエレベーターに乗って社長室のある最上階に向かった。
社長室の扉をノックをしてから開ける前に、一応声をかける。
「オッサン、入るぞー」
「遅いわ! なんで一階からここに来るのにこんなにも時間がかかるんだこのたわけ!」
室内に一歩足を踏み入れただけの俺を、筋骨隆々な大柄にはち切れそうなスーツを着込んだ強面の男は開口一番、いきなりの怒号で迎えた。
「まあ落ち着けって、俺は悪を成敗して来たんだからよ」
「そうかいそうかい。またその正義感でこっちの仕事を邪魔されない事を祈ってるよ」
こいつ、ほんとに腹立つじじいだな。
「ほらよ」
苛立ちを抑えつつ俺は眠ったままの吸血鬼を、社長室の中央にちょうどよくあった背の低い机の上に寝かせる。
「もう一匹はどうした? 頼んだのは吸血鬼の雄と雌の二匹の筈だ。しかも、おかしな格好までしやがって……」
目の前の状況に納得がいかない様子の盾石のオッサンに、今回の戦いの一部始終を語るため、パンツ一丁の吸血鬼を挟んだ向かい側に座った。
そして、おっさん二人がパンイチの吸血鬼を挟んで座っているおかしな状況に気づき。思い直し、立ち上がって語り出す。
一部始終を、盾石のオッサンはただただ冷めた目で見守っていた。