王者の資質
『兄上さえいなければ、私が継げた』
真っ暗闇、浮かび上がるゴツゴツした手が私の首に延びる。
逃れようとその手を外そうとする、私の口からはうめき声しか上がらない。
『お前さえいなければ!』
私を締め上げる弟の横から、母が現れる。耳を掴み大声で怒鳴り始める。
『お前などリュースに何一つ叶わない、その身でお前が継ぐなど言語道断、今すぐにその身を滅し罪を改め』
あああああ!
息苦しさにカッと目を開く。
瞬間に気付く。
夢。
悪夢だ。
現実を確かめるために、身を起こす。
隣に目をやる。
私の妃が眠っている。
起こさずに済んだ様子にほっと息を吐いた。
血を分けた弟、実の母。彼らはもうこの世の人ではない。
***
水を飲むついでに抜け出て窓に向かう。
一つだけ灯りをぼんやりと灯す。
カーテンを開ける。雨が降っている。
ガラスを伝う水滴、そしてガラスに映る己の姿。
王の威厳など感じない風貌。哀れを感じて己を鼻で笑う。
もっと。
優れていれば。知力があれば。体力があれば。眼力があれば。統率力があれば。
血を流すことなく、弟が反旗を翻すこともなく、母に恨まれることもなく、そんな人物ならこの世は速やかに健やかに治められたはず。
***
「どうされましたか」
優しく柔らかい声にはっと気づき顔を上げる。
ガラスを映して、妻が傍に来ていたのが見えた。
「あ、あぁ」
慌てて流れていた涙をぬぐう。
だけれど、この妻に隠し事はとてもできない。
私はとても分かりやすいらしくて、様子から何があったか察してしまう。
「悪い夢を見てしまっただけだ」
取り繕うように振り向くと、妻は困った顔をして、それからゆっくりと笑みを浮かべた。
妻の手が顔にのびて拭き取ったはずの涙をぬぐう。
「王には、あなたが相応しいわ、マルク」
また見抜かれたか。
赤面する。
「理由を教えてあげましょうか」
「あぁ」
素直な子どものように頷いた。
「あなたは私が愛した人なのですもの」
ニッコリと笑う様に少し時が止まる。
「それは私の実力ではない。時のイタズラが私にきみをもたらせた」
「とんでもない」
妻はおかしそうに恥ずかしそうに笑うのだ。
「あなたがもっと賢くて、それとも強くて、つまり例えば、あなたの弟殿だったり、セーシュだったり、ギルガティだったり、フロードであったり」
彼女が挙げるのは、私がとても敵わない、優れている人間ばかり。私のコンプレックス。
「そんな誰かには私は惚れませんでした。私の選んだあなた。私に選ばれたあなたこそ、王に相応しい」
私は彼女の手をとった。
冷えた私の涙を拭いたので、指先が冷たくなっている。
「きみこそ、王に相応しいのでは?」
私は茶化すように、けれど真実のような気がして聞いてみる。
彼女には、優秀な人材が多くついている。
彼女自身が恵まれていて優れているからだ。家柄も申し分ない上に人柄も能力も飛びぬけて優秀。
彼女はゆるく首を横に振り、それから私の手をひいた。
「私は好きな人の役に立つことが喜びなの。他の誰でもないあなた。私が選ぶのはあなたです」
「きみが私を王にした」
つられて歩く。
「あなたほど、私が愛しく想う方はおりません。つまり、この世の王はあなたで決まりなのですわ」
「・・・あぁ」
ベッドに二人で横になる。
「悪夢にうなされるのもあなたの優しさ。彼らがあなたに勝てなかったものを一つ教えましょう」
「・・・なんだろう」
何一つパッとしない私が、輝かしい彼らに勝っていたものなどあるだろうか。
「素直さと優しさ」
「・・・王者には不向きだ」
「そうでしょうか。マルクの勝因は私を惚れさせたことですわ」
「・・・他の皆が惚れているきみを」
「彼らの力を含めて、私の持つものは全て、あなたに注ぎます」
頼もしい、と私は呟く。
強請られたのでキスを贈る。
「自分の全てを差し出しても良いと思える人に出会えたことは私自身の幸運です。私は自分の力の大きさを確かに知っておりますが、その分相手を選びたいと思うのです。そして、あなたの願いを叶えることが、私の生きがい」
呟く妻は、まるで女神だ。
私はまるで子ども。全てを支えてもらい、慰めてもらう。
けれど妻にとっては、私こそが愛する男に間違いないらしい。
悪夢の中で見た弟と母よ。残念だったな。
彼女に選ばれた者が王者だった。
彼女はなぜか私を選んだ。
だから、こんな凡人が、この世を統べる。
それが彼女の望みなら。
生涯かけて勤めあげよう。
『王者の資質』 おわり




