第三十六話 紫晶ノ契約
「限界だろ。これで終わりにしてやる。安心していろ、直ぐに仲間も送ってやる」
「はぁはぁ……限界?何……勝った気で……いるんだよ。私は……傷一つ、ついてなんかいない」
今にも気を失いそうなほど、私は疲弊しきっていた。
身体には上手く力が入らず、刀を落とさないようにするのが精一杯であった。
だが、私の身体に先ほどまでついていた傷は、すでに全て塞がり完治していた。
「ば、バカな。『高速治癒』の『贈り物』か!いやその瞳は『吸血鬼』か!」
傷の治りが異常に早いのは、吸血鬼の持つ『再生』の能力だ。
吸血鬼は不老にして不死の種族である。
しかし、不死性を持つのは、吸血鬼だけではない。
幻獣種やアンデッドなども不死性を持っている。
だが、同じ不死性でも特性はまるで違う。
例えば、幻獣種のフェニックスは、死と同時に自らの肉体を燃やし灰と化し、新しい体を灰の中から作り出す『転生』能力によって不死性を獲得している。
同じ様に吸血鬼は、傷を負う前の状態、死ぬ前の状態に戻す『再生』の能力によって不死性を獲得している。
『再生』の速さは、吸血鬼としての力に依存する。
最高位の始祖級である私は、傷を負った瞬間に再生する。
だが、吸血鬼の治癒は、傷を癒すものであって、体力は回復することはできない。
動けば疲れるし、疲労だって溜まる。
傷こそ塞がっているものの満身創痍である状態であることに変わりはない。
私は先ほどまで、瞳の色を変えて戦っていたためか、吸血鬼とは判別がつかなかったのだろう。
だが今は、元の眼、緋色の瞳をしている。
勝つために正体を明かし、時間を稼ぐ。
できれば使いたくはなかった、切り札をここで切ることを覚悟した。
「素晴らしい。まさか生き残りがいるとは、素晴らしいじゃないか。是が非でも捕獲してやる」
「はぁはぁ……不可能だ」
「そんなに疲弊した状態で何を言っている」
「はぁはぁ……やれるものなら……やってみるといい。だが、『お前はもう魔法が使えない』」
私は瞳の色をアメジストの様な紫色に変わる。
「一体何を……なに?魔法が使えないだと」
ドレファスは、何か魔法を放とうとしたのだろが、上手く発動せず魔力が無散する。
「『手も足にも力が入らない』だろう。……『魔力での防御すらできない』」
「そんなバカな——」
ドレファスと鬼人の彼女は、急に手足の力が抜けたかの様に崩れた。
「『しゃべることさえできなくなる』」
「————。」
ドレファスは、口をパクパクと必死に動かし、何かを話そうとしているが声が出ない。
それも当然だ。
これが私の新しい禁眼【紫晶ノ契約】だ。
これが私の今使える中での奥の手である。
【紫晶ノ契約】の能力は、言葉にしたことを現実にする能力――ではない。
本当の能力は、対価を支払うことで、視界内にいるものに、非常に強い暗示をかける能力である。
暗示の内容は如何なる内容でも発動し、射程は目視できる範囲全てと非常に強力であるが、他の能力と併用ができず、解除すると暗示が解けてしまう。
これだけだと、非常に強力な能力と思えるだろうが、この能力を発動するのには、対価が求められる。
それは、魔力や体力など容易に払える対価ではない。
【紫晶ノ契約】の発動には魂を対価に求められる。
私の持つ魂は、私自身の魂と魔物など隷属した魔物達の魂である。
当然、私自身の魂など使えるはずがないため、隷属した魂を消費して発動した。
消費した魂は、時間経過で回復はするが、回復には一月以上かかるため、容易には使えないのだ。
消費する魂の量も暗示の影響力、対象などで変化するため扱いが難しい能力である。
動きを封じたドレファスに、私はゆっくりと近づいていく。
両手をだらりと下げ、刀を床に擦りながら近づく。
ドレファスは、必死に体を動かし、床を這うよう逃げようする。
ドレファスの命令がないためか、鬼人の彼女は、糸が切れた操り人形の様に床に転がっている。
「—————。」
ドレファスは、首を必死に振り、瞳に涙をためながら何かを激しく訴える。
「そんな風にみんな死に恐怖したんだ。彼女達が味わった恐怖や苦痛がわかるか。今度はお前が絶望しろ!」
「—————。」
私は、寝転がるドレファスの右腕を斬り落とした。
ドレファスは、ただ涙を流しながら無くなった右腕をおさえ転げまわる。
「ははは。滑稽だな」
私は、さらに左腕、右足、左足と奪っていく。
その度にドレファスは、無音の悲鳴をあげ、のたうち回った。
「お前のこれから未来永劫、絶望しながら死んで死に続けろ」
私は影から狼たちを出すとドレファスを喰わせた。
「待たせたね。今、助けてあげる」
私は、無表情に横たわる彼女を仰向けにし、右手の手の平をピンと伸ばし、彼女の胸を貫いた。
「見つけた」
私は彼女の胸の中から目当てのモノを見つけると、それを引っ張り出した。
それは、深紅の石が埋め込まれた心臓であった。
私は、直ぐに引っ張り出した心臓の位置に直接、高位の魔法薬を振りかけていく。
傷は見る見る内に塞がっていった。
私は彼女の鼓動を確かめるために耳を近づけると、トクントクンとしっかりと鼓動の音が聞こえる。
高位魔法薬は材料が希少である分、効力も高く臓器や欠損部位ですら修復することができるのだが、初めて使用であったため、成功して私はホッとした。
念のため彼女の呼吸も確認するも問題なかった。
彼女から取り出した心臓は、握り潰し燃やし灰にした。
『吸血鬼擬き』などという贋作の存在を抹消するために。
私は気を失っている彼女を背負い、来た道を引き返そうとすると。
彼女の体格は私よりも大きく、背負うと私に覆いかぶさっているかのようになり、身なりこそ汚れているもの大人の女性一歩手前の女性を疲弊した足腰で背負うことはできず、案の定押しつぶされてしまった。
「ふぎゃっ——」
私が潰されているのに気が付いた狼の魔物達は、急いで駆け付け器用に彼女を自分の背に乗せた。
はじめからこうすればよかったと思いながら、口元を血で汚した狼たちの口をハンカチで拭い私も狼に跨り来た道を引き返した。
「おーい。アリス」
「アリス、お疲れ様」
そこには、ルナとノアがいた。
二人とも傷だらけで、傷が深いのだろか、ノアはルナに背負ってもらいながらこちらに来た。
「二人とも無事でよかった」
「無事じゃない。傷だらけ」
「そうよ。もうへとへとよ。というか、そいつ誰よ」
「今日の戦利品。まぁそれは、おいおいね。今はとりあえず撤収しましょう」
「そうね、あ、戦利品といえばこれ渡しておくわね」
「これは?」
「それも今は後回しよ」
私はルナから大きな筒の様なものを受け取ると収納魔法でしまった。
「さて撤収しましょうか」
「うん、でもその前に服、頂戴。私この下裸なの……」
ノアは自分のローブを僅かに開き、下に何も来ていないことを見せた。
「裸ローブってノア、貴方のがよっぽど変態狼ね」
「全部破れたから仕方ない……の」
「あははは。はい、とりあえずこれ着て」
「ん、ありがとう」
私はノアに回復薬と服をわたし、ルナにも回復薬をわたし傷を癒し二人にも狼たちに乗ってもらった。
そして私達は、全てとはいかないまでも最低限の目的を果たし出口へ駆けていった。




