第三十四話 奥の手
少し過激な描写が入ります。
屋敷の中はルナに任せ、私は地下へと続く階段を下っていた。
階段を下るとそこには鋼鉄でできた扉があった。
私は扉にそっと手をかけ、音をたてないように慎重に扉を開いていった。
扉を開くと同時にむせ返るほど濃い血の匂いが押し寄せてきた。
私は顔をしかめながらも中へ入っていく。
中は事前に調べた通り広い空間が広がっていた。
私の魔物によって判明したことそれは、屋敷の地下に作られたこの地下空間の存在とここで行われていたことであった。
この地下空間は、丁度屋敷の真下に作られているため外からその存在を知ることはできず、唯一の入り口も隠蔽されていた。
しかし、ある日、偶然私達は深夜に屋敷に入る馬車を目撃した。物は試しにと魔物を潜りこませると何故か門番は馬車の中身を確かめずに簡単に中に入ることができたのだ。
理由は馬車の荷物が原因であった。馬車で運ばれていたのは首輪をつけられた獣人や魔族たちであったのだ。
そう馬車に乗っていたのは、奴隷商人であったのだ。
馬車は屋敷の裏手に回ると奴隷を全て使用人に引き渡すと、直ぐに屋敷から出て行ってしまった。
奴隷たちもまた直ぐに使用人に連れられ地下に閉じ込められ、悲惨な目にあわされていた。
彼らは人体実験の被験体にされていたのだ。
この地下空間は地下であるものの、魔道具によって部屋は辺りが覗える程度には明るい。
私は魔法で姿を消し、奥へ進んで行った。
奥へ進むほど血の匂いは、濃くなり、死の匂いというのだろうか今に引き返したくなるよう気配が漂ってくる。
周りには、獣人達を閉じ込めていたであろう檻や鎖、首輪があった。
その全てが血で汚れ、ここで行われていたであろう行為を連想させる。
そして、足を進めていくにつれ、ネットリとしたものに包まれた様な不気味な感覚がしてきた。
『なんて、禍々しい魔力なの……』
奥に進むほどに辺りに垂れ流されている不快な魔力はどんどん濃くなっていった。
私は、顔を僅かにしかめながらその魔力の源に辿り着いた。
『な……なんてことを……』
そこにあったのは、大量の死体であった。
十字架の様なものに磔にされ焼かれた死体、無数の槍で体を貫かれた死体、他にも残忍な手口によって殺された獣人や魔族の死体が大量にあった。
私は拳を強く、強く握りしめた。
死体はまだ新しいものが多く、焼き焦げた匂いや臓物の匂いが辺りに充満している。
『ここまで……ここまでやるのか……』
彼らを助けるために来たはずなのに、救えなかった後悔、無残な姿へしてしまった懺悔の気持ちもあるが。
それ以上に沸々と私の中の禍々しいまでの激情が沸き上がる。
「いやぁ流石は勇者様方だ。彼らの知識は本当に素晴らしい。君達もそう思うだろう。まぁ大人しく聞け」
突然の大声に私は、物陰に身を潜め、声のした方向へ目を向けると、身なりの良い服を着た一人の人間と鎖につながれた魔族がいた。
人間である眼鏡をかけた男は、鎖で縛られ宙に吊るされている女性に向かって話していた。
鎖で吊るされている女性の額には、二本の角があった。
『鬼人族』魔族の中でも特に身体能力に優れ、子供でも岩を砕くほどの筋力を持つ戦闘民族である。
だが、鎖で繋がれた鬼人の女性は、身動きすることすら難しいほど強く、硬く拘束されていた。
『魔力の原因は彼女なの……』
私はこの禍々しい魔力は、人間のものだと思っていたが、鬼人の彼女から放出されていた。
「見てみろ。これは勇者様方から頂いた知識をもとに作られた拷問器具で鋼鉄の処女というものでね。中に数えきれないほどの針があって、中に入れた者を串刺しにするんだよ」
男は、子供がおもちゃを自慢する様に鋼鉄でできた女の像に触れると中をゆっくり開いた。
吊るされている女性は意識がないのか、ぐったりとしている。
『ビチャ』
まるで水たまりのようなものに大きなものが落ちたような音がした。
中から出てきたものに私は眼を疑った。
出てきたのは、年端も行かない獣人の少年の死体だった。
眼を凝らすと少年の身体には、無数の穴が開いており、床には大量の血が流れていた。
「他にもあるがまぁどれも今回の勇者様方の知識のおかげで、私の研究は随分捗ったよ」
『……殺す』
私は二本の刀を抜き放ち、人間の男のもとに跳んだ。
いつもの私ならもっと冷静な判断ができていたのかもしれない。
相手の戦力を分析してから、確実に敵を殺すために行動していただろう。
しかし、救えなった後悔とそれを上回る殺意が私を突き動かした。
「彼らが私達に与える知識は素晴らしい文化、政治、武器そして——未来を。」
私は魔法で姿を消し、男の背後から首を斬り落とそうと刀を振るった。
瞳孔の開いた緋色の瞳は、鮮血よりも紅く深い色であった。
完全な背後からの姿を消した奇襲、男は気付いた様子も振り返る様子もない。
そして、男の首を切断するかのように思えた刀は、突如、防がれた。
男は腰に差した剣を抜き、後ろを振り向くことすらせずに剣を受け止めたのだ。
「な、なんで……」
刀で攻撃したことで魔法の効果が切れ、姿を晒す。
「人の話は最後まで聞くべきだ。暗殺者よ。最初に言ったろ。大人しく聞けと」
「『玻璃ノ未来』『虎目ノ計測』」
私は右眼を水晶に変え未来を観測し、左眼を虎目に変え現在を観察する。
しかし、男は背後にいる私を振り向くことすらせず、語り続ける。
「ここまでのこのこやってくる貴様は本当に愚かだな。貴様は、いや貴様らは、不思議に思わなかったのか?門には、私兵が待ち受け、屋敷の使用人達は息を潜め、ここに私がいることに——。私はねぇ君達が来ることを知っていたのだよ。君たちが来る前からね」
「そ、そんな馬鹿な……」
私達が作戦を変更し、ここに乗り込むと決めたのは、今日のことである。
事前にばれるはずがないのだ。
しかし、事実、私兵達は街の収束に向かわず、屋敷にはあっさり侵入することができ、やつがここにいた。
「解せぬか。まぁ私も実際に起こるまでは、半信半疑であったがね。流石は勇者様方だ。」
「勇者だと……。」
「あぁ勇者様方は大変偉大な方たちだ。このドレファス・フィーア・ユーノ子爵が断言しよう。そしてこれが彼らが私に与えた武器だ」
次の瞬間、額を何かで打ち抜かれる姿を幻視した。
私は顔を精一杯反らした。
ドレファスは、懐から短剣ほどの大きさの筒の様なものを取り出し、私に筒の先を向けた。
『バン』
何かが弾けるような、小さな爆発音が地下に響いた。
ツーっと私の頬が何かが、かすめたかの様に血が流れる。
「これは拳銃というものでね。火薬を使った武器でね。見ての通り視認することのできない速さで弾丸を飛ばす」
「それが勇者の与えた武器か」
「おや、その声は女か……。まぁいい私の庭に入り込んだ害虫は例外なく駆除だ」
私は、ドレファスとの距離を詰めようと接近するも、拳銃の攻撃のせいで上手く近寄ることができない。
『玻璃ノ未来』のお陰で急所や頭などへの攻撃は辛うじて避けられているが、完全には避けられず腕や肩に被弾してしまう。
私は弾丸を避けるために一度、物陰に隠れた。
私は床に転がる首輪を手に取り、変成魔法を使った。
首輪を変成して私が新たに作ったのは、ドレファスが手に持つ『拳銃』である。
私の『虎目ノ計測』は真理を見通す。
魔法を視れば魔法の効果を読み取り、道具であればその構造、原理を暴く。
私の瞳はすでに『拳銃』を扱うドレファスを捉えている。
視認できない速さで攻撃できる武器を持つのは、もはやドレファスだけではなかった。
私は刀の一本を納め、物陰から飛び出し発砲した。
『バン』
『キン』
だが、またもや目を疑う光景がそこには映っていた。
放たれた弾丸は、狙い違わずドレファスの眉間に向かって放たれた。
しかし、放たれた弾丸をドレファスは自身の剣で切断したのだ。
「驚いたな。まさか拳銃を持っているなんて、いや創ったのか……」
驚いたと口にはするもドレファスには、動揺した様子もなく淡々と語っている。
「それが君の『贈り物』か。だが残念だったな。弾丸は私には届かない。私の『贈り物』『自動防御』は如何なる攻撃にも反応し迎撃する。お前に勝ち目などはない」
「ならこれならどうだ『金剛球』」
私はノアの魔法を行使した。
金剛石でできた槍が次々に襲う。
迎撃する速度が追い付かないほどの全方位攻撃がドレファスを向けて放たれた。
「迎撃が追い付かにほどの攻撃なら私を殺せると思ったか?これでも子爵の地位に立つ貴族だ。舐めるな」
『金剛球』が直撃したはずのドレファスは、無傷であった。
「これがレベル差というものだ。貴様の攻撃では、私に傷一つつけられん」
「……化け物め。死ねぇぇぇ——」
私は、引き金を引きながらドレファスへ向かっていった。
「愚かな——」
ドレファスは、拳銃の弾丸を全て斬り捨てる。
装填された弾丸を打ち尽くすと私は、拳銃を放り投げ刀を再び抜いた。
全身を覆うように魔力を流し、身体強化の魔法をかけ限界まで身体能力を向上させる。
刀にも魔法かけより硬く、鋭く強化する。
拳銃を捨てた時には、刀の間合いまで数歩の距離であった。
私は、二本の刀で攻撃を仕掛けるも、ドレファスは一本の剣で迎撃する。
攻撃の手数の多さでは、断然勝っているはずであるのに、攻撃の多くは防がれる。
防御を突破した攻撃も、身体を覆う魔力の壁に阻まれ、満足にダメージを与えられない。
だが、勝算はある、如何に能力が優れようと、如何に肉体を鍛えようと使って消耗しないものはない。
魔力だろうが、肉体だろうが武器だろうと。
何回何十回と刃を交わした。
地下空間には金属のぶつかり合う音がこだまする。
違いに無言のままの永遠に続くかと思われた戦闘であったが不意にそのときは、訪れた。
『キーン』
「な、私の剣が——」
突如、ドレファスの剣が折れたのだ。
「な、なぜだ!」
「終わりだ」
何十回と攻撃を防ぎ、弾丸をも防いだドレファスの剣の耐久値が限界を超えたのだ。
一回の戦闘で剣が折れるなんてことは、通常では起こりえないだろう。
しかし、『玻璃ノ未来』で未来を予知し、『虎目ノ計測』で剣の脆い部分を見極めることで不可能を可能したのだ。
がら空きになった懐に私は、渾身の連撃をドレファスに放つ。
ドレファスの『自動防御』は、どうやら剣を持っていないと発動しないものであるらしく私の連撃がドレファスを斬る。
金属同士がぶつかりあう様な音が地下に響く。
硬い魔力の壁は、度重なる連撃によって徐々に削れていき。
そして、決壊した。
『パリン』
ガラスの砕ける様な音と共に魔力の壁は砕けた。
「これで終わりだ!」
「グハッ」
魔力の壁が崩れたドレファスに私は、渾身の一撃を放った。
私は確かな手ごたえを感じたのだが、ドレファスは未だに立っていた。
刀によって、肩から腰にかけて大きな傷が刻まれ、出血は少なくない。
「私の勝ちだ!外道。貴様の奥の手もすでに破った。おとなしく地獄に堕ちろ!」
「私の奥の手を破った?笑わせるな。私は剣士でもなければ魔法使いでもないんだよ」
「今更何を……」
「私の職業は調教師そしてこれが私の奥の手だ。」
ドレファスは、出血で貧血になったのかよろめきながらであるが、地下空間に響き渡るほどの大きさで叫んだ。
「『拘束解除』我が敵を排除しろ!」
『キャァァァァァァァ』
ドレファスが叫んだ後、悲鳴にも似た絶叫が響き渡った。
「これで貴様は、本当に終わりだ。これは俺の最高傑作。深紅人形だ」




