第二十七話 お説教
私がぼろ家に戻ってくると、すでに二人が帰ってきていた。
「アリスどこに行ってたの」
「いくら戦いたいからって、自分の仕事を放り出していくのはどうなのかしら」
家に入ったとたんに二人は、ジト目で睨んで私を糾弾してきた。
「別に仕事放り出したわけじゃないって。地図だってちゃんとやってるし——」
「ふーん。じゃ地図見せて見なさいよ」
「わ、わかった」
私は隠蔽していた魔法を解くと、そこには立体的に映し出されて地図ができていた。
地図が完成していたことに私は、そっと胸をなでおろした。
家を出るまでは、周辺の地図と大まかな建物の配置だけしかできていなかったため、不安はあったのだがそれが杞憂に終わりホッとした。
「ねぇまだ完成じゃないの?」
ビクッとノアの一言に驚き地図をよく見ると、未だに地図は書き込まれていた。
しかし、それは道や建物の場所ではなく、建物の内部や家具の配置などおよそ必要ではない、細かすぎる情報であった。
「アリス、あなたどれだけ細かい地図を作ろうとしているのよ……」
「……す、すごいでしょ」
「すごいけど、バカ……」
「まぁ地図の件はいいわ。けど、どこで何をやっていたの?」
私はルナとノア、二人からの冷たい視線から逃れるように俯き、できるだけ可愛く、甘えるように言った。
「……ちょっとそこまでお掃除に……」
「な……かわ……」
「アリス……正座。この作戦ちゃんと理解してる?」
ルナの反応に一瞬期待したが、ノアの一言が場の雰囲気を変えた。
判決は有罪であった。
「はい」
私はその場で正座させられ、勝手に行動したことに対してのお説教が始まった。
お説教では、この作戦の意味やらをノアから散々言い聞かせられた。
この作戦の最終的な目標は、『皆殺し』である。
そのためには、如何に人間をバレずに殺すことが重要である。
人口の多い街を迅速に滅ぼすためにわざわざ地図を作り、発覚しにくいスラムから狙っていること。
派手な戦闘をする私が、勝手に行動したことで生まれる危険などをノアから言い聞かせられた。
ノアが説教をしている間、ルナは私のことをニヤニヤしながら見ていた。
「理解した?」
「はい。ごめんなさい」
ようやく説教から解放されると二人に預けていた、魔物達がすり寄ってきた。
そして、二匹は私に二人の今日の活動を漏れなく伝えた。
「……ねぇノア、ルナ二人はさぁ当然、真面目にやってきたんだよね?不必要に斬ったり、時間をかけて死ぬのを楽しんでた訳ないよね」
「……知らない」
「……なんのことかさっぱりだわ」
「私にお説教してそういうこと言うんだ——」
「ルナに少しは楽しんでやろうって言われて——」
「何嘘ついているのよ。協力はどこに行ったの……よ……」
「二人とも正座」
「「はい」」
二人に正座させると私は、先ほどノアに言われたことを、そのままそっくり二人に得意気に言った。
二人は、頬を引きつらせながら私の説教聞いた。
「……奴ら私達を売った。慈悲はない」
「……リッスン達にはお仕置きが必要ね」
二人は、恨めしそうに二人を売った張本人達を睨みつけた。
二人の視線に気が付いた二匹は、およそ小動物が使うはずのない、見下した『ざまぁみろ』と言った表情を浮かべた。
しかも、アリスには見えない、二人だけに見える位置で行っているのだ。
アリスが二人の視線に不思議に思い、二匹に視線をやると二匹とも可愛らしい声をあげ首を傾げた。
二匹はアリスにすり寄り肩まで登り頬擦りをすると、再びアリスの影の中に消えていった。
傍から見たら、可愛らしい様子であると思われるのだが、先ほどの見下した表情を浮かべた二匹を見た二人には、愛らしい小動物の皮を被った悪魔の様に見えた。
「……アイツ、シバく」
「……次、会うのが楽しみね」
私達は互いに作戦の意味を再確認した後、少し遅めの夕食を取り、今後の予定を立てていった。
まず、直近の目的は、拠点の設営と脱出路の確保である。
脱出路の方は地図が完成してから考えるという結論になったが、拠点の方はノア達が見つけた候補地に明日行きそこで決めることにした。
つまり今のところは、何も決まらない行きあたりばったりの作戦だが、今は全てが上手くいくことを祈ることしかできない。
願わくは、万事上手くいき、人間達に滅亡の日が訪れることを、神様にでも今日のところは願っていようと思う。
アリス達が眠りについている頃、彼女の魔物達は着々と己が仕事をしていた。
彼らの内、翼を持つものは空を、地を這うものは路地を駆けていた。
身体の小さな魔物達は、人間の家に入り込み内部を調べる。
街の中の家は、スラムの家とは異なり、扉には施錠がされ外部からの備えを必要最低限されている。
しかし、これはあくまで同じ人間への備えであり、身体の小さい彼らは、鍵のかかった家でも関係ない。
彼らは、家にある僅かな隙間から容易く侵入することができるからだ。
カサカサっと床を這う音を僅かに立てながらネズミほどの大きさの蜘蛛や虫の魔物達が家の中に入っていく。
侵入した家の中には、一家団欒を楽しむ人間達がいた。
彼らにとって、人間は自分たちの主人の憎むべき敵であり、排除するべき対象であった。
だが、彼らは人間に襲いかからない。
彼らには、主人から与えられた大切な命令があるのだ。
侵入した彼らは、家の影に隠れるように闇に紛れ散っていった。
家の居間には、夕食を食べている一人の少女とそれを見つめる二人の男女がいた。
二人は夫婦であるらしく、少女が食べる様子を嬉しそうに見ていた。
二人とも決して裕福であるという身なりではないが、幸せな家庭を築いていた。
「ごちそうさまでした」
夕食を食べ終えた少女は、自分の食べ終わった食器を両手に持って台所に運んでいく。
その様子を二人の両親は、微笑ましく見つめていた。
「明日はお友達と遊びに行くんでしょ。朝寝坊しないように早く寝なさい」
「はーい」
「私はこの子を寝かせてきますね」
母親は父親に一言いうと立ち上がった。
「わかったよ。食器は僕が洗っておくよ」
「お父さん、おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
少女は母に連れられ寝室にいった。
寝室には、ベッドが一つだけあった。
少女はいつもの様にベッドに横になる。
母親が少女に毛布を掛け、少女が寝るまで頭を優しくなでる。
しばらくして、少女が寝たことを確認すると、母親は部屋を静かに出ていった。
ベッドの下にいた、一匹の蜘蛛に気が付くことなく——。
本来魔物とは、一部の例外を除き獣ほどの知性しかない。
しかし、アリスに隷属されている魔物達は違う。
彼らは、命令を遂行するために策を練り、他の魔物達と協力する。
森のゴブリン達が行う落とし穴などの罠よりも遥かに狡猾な罠を張り、長所を伸ばし、短所を補う。
それこそ、彼らの知性は、常人の知性に勝るとも劣らないものである。
故に彼らは、人間(強者)を容易く屠る。
彼らの目の前には、腹を刃物で刺され、未だに血を流しながら倒れる父親と毒で泡を吐いて倒れている母親。
そして、手に刃物を持った少女が立っていた。
少女の全身は紅に染まり、瞳は、足元に広がる父親の血液と同じ緋色に染まっていた。
彼らの目的は、あくまで街の地形の調査である。
しかし、それはこの街の人間を皆殺しにするためである。
そして彼らの主人の敵を駒である自分たちが放置するわけがない。
彼らは、まず寝静まる寝室に身を隠し、じっと機会を窺っていた。
まず、少女を毒で殺した。
どんなに小柄な魔物でも魔物は魔物である。
人間の無防備な少女を殺すことくらいは、容易にできる。
隷属化された魔物に殺された少女は、当然『感染』する。
そして、彼らと感染した少女は、深夜に両親を襲った。
娘の不意討ちに父親は、反応できずに腹を刺され、母親は動揺している間に蜘蛛にかまれ毒で自由を奪われた。
少女は緋色に染まった瞳で、両親が死んでいることを確認すると両親の首元に噛みついた。
そして少女は、無表情に立ち尽くした——。
顔に着いたか返り血が涙の様に、ぽたぽたと床に落ちていった。
魔物達は、再び闇に身を隠し、次の場所に向かっていった。
魔物達が街を調べ、人間を殺している中、一台の馬車が街の中を走っていた。
馬車の荷台は、幕で覆われ中を見ることができない様になっており、何を運んでいるかわからないようになっていた。
馬車は真っ直ぐ街の中心地、この地を治める貴族のもとへ向かっていった——。




