第一話 アリス
目が覚めると、いつも通りの天井が霞んで見えた。
窓から差し込んだ陽光が、私を照らす。
長い銀髪に透き通るような白い肌、スラっと細い手足。
女の子らしく膨らみ始めた胸。
鏡に写る自分がいつもの自分であることに私は安堵した。
そこでようやく自分が涙を流していたことに気が付いた。
涙の理由には、心当たりがあった。
いつもと同じ夢を見たからだ。
過去の記憶なのか、はたまた、ただの幻想なのかは、わからない。
あの人達が誰なのか、私に何を伝えたかったのかでさえわからない夢。
けれど、この夢を見るたびに涙が零れてしまう。
悲しくて、辛くて、胸が痛い。
何度同じ夢を繰り返したかわからない結末の変わらない夢。
目が覚めてしばらくしてからようやく落ち着いてきた。
腰まである銀色の髪を整え私は部屋を出た。
家の広間に行くと、黄金色の髪とピンと尖った特徴的な耳を持った若い女性がいた。
彼女は私に気が付くと、やれやれといった様子で少し困った顔をした。
「おはよう、お母さん」
「おはようアリス、また夢を見たのね」
私の涙の後を見て、母は言った。
朝食の用意をしていた手を止め、母は私の頬に手を当てた。
母は、心配そうに私を見つめた。
「うん。なんかあの夢を見ると涙が出てくるの」
理由はわからない。でもひどく悲しい気持ちになり涙が出てしまう。
母は、私に優しく微笑むとそっと私の銀色の髪をなでた。
「そうかい、さて朝ごはんの用意手伝っておくれ」
母はどこからか取り出したひもで自分の黄金色の髪を後ろでキュッと縛った。
私も母の後ろをついていった。
「今日はアリスの十五歳の誕生日だから好きなのを食べさせてあげるわ」
「ほんと!じゃあオークのステーキがいいかな」
「朝からステーキはお母さんにはきついなぁ。朝は普通にパンと野菜スープにしましょう。ステーキは夜ご飯に作ってあげるから」
ポンと手を打ち鳴らし、私にいたずらっぽく笑った。
「それじゃいつもと一緒じゃん。お母さん若いから大丈夫だよ」
「お母さんはエルフだから見た目が若く見えるだけよ。」
エルフというのは妖精種の一種である。
特徴的な尖った耳と整った容姿を持ち、長寿な種であり、見た目から年齢を推定することが困難なほど老化が遅く長期間若い肉体を保つことができる。
また、魔法の扱いに長けている種族でもある。
母も例にもれず、齢と不相応に若い見た目をしている。
「いいなぁエルフ私って何族なの?」
「さぁ貴方を拾ったのは七年も前だし見た目もあんまり特徴ないのよね」
「この銀色の髪と目は?」
私は自分の腰に届きそうなほどの長さの銀髪をなでた。
母は顎に手を当て、私の銀の瞳を覗き込んだ。
「獣みたいな耳がないから銀狼種ってわけでもないし、翼がないから白翼種ってわけでもないのよね」
私にとって一番新しい記憶は、今の母ソフィーのベッドで目を覚ましたときのことであった。
それ以前の記憶は思い出すことができず、今日まで母と二人で暮らしてきた。
そのため、自分が何の種族すらわからないのだ。
「人間かな?」
「それは絶対にないわ」
急に母は声を荒げた。
私は母の急変ぶりに驚くと、母は私の頭に手を置き、乱暴になでた。
「アリスが人間だったら私より魔法が上手くて、ボルドーおじさんより剣が上手いわけないでしょ」
「そういえばそうだね」
「まったくエルフ一の魔法使いと剣士が負けるなんてねぇ」
私は母と暮らしながら色々なことを教わった。文字の読み書きや算術など教養だけではない。
生きるための知識や技能、そして魔法も。
さらには、母の知人から弓術や剣術、槍術などの武術までも習った。
「やっぱり私が天才だからかな」
「いや、アリスの眼のおかげだろうね」
「それも私の実力だし」
私の頬を膨らませた様子を見て母がクスッと笑った。
『眼』それは私の持つ【贈り物】『魔眼』の能力だ。
『超越の魔眼』母の名付けたそれは、見たものの技や技能を模倣し自分のものにする魔眼だ。
一度でも剣技や魔法を見ることができれば、それを自分のものにすることができるのだ。
「まぁその眼もここに居たら使い道ないもんね」
「私あんまり戦うのは、好きじゃないから別にいいもん」
私達は、普段通り取るに足らない会話を楽しみながら朝食を作っていった。
朝食を片づけたあと、私と母は日課の庭の手入れをした。
庭には、多くの霊薬や錬金術の材料が栽培されている。
「お母さん、マンドレイクの収穫はいつするの」
「もう少し先でいいわよ。霊薬も余っているし、すぐ必要でもないしね」
「わかった」
私達は、庭の手入れをやり終え帰ろうとしたとき、ガサっと家の近くの茂みが揺れた。
「アリス」
短く母は私に呼び掛けた。私は収納魔法から普段使っている弓矢取り出し、矢をつがえた。
茂みに狙いを定め、標的が姿をあらわすのを待った。
そして茂みからでてきたのは……。
「えっ、エルフの女の子」
茂みから出てきたのは、エルフの女の子であった。
子供は、全身傷だらけで見ただけでも危険な状態だった。
私達は、急いで女の子に近寄った。
「お母さん!」
「すぐ傷を治してあげるからね」
「「超回復」」
私達が治療魔法かけると、子供は僅かに残っていた力を絞り出すように言った。
「に、ん、に、げ……」
「もう大丈夫だから」
女の子に安心してもらえるように、私はやさしく語りかけるが、女の子は必死になる一方であった。
「にん、げ、に、えて、はや、に、げて」
「逃げて?」
「アリス逃げなさい!」
女の子が何を言わんとしているのかを理解したのか、母は叫んだ。
それとほぼ同時に女の子が爆ぜた。




