1-7 レアード学園生徒会
生徒会室は第一別棟―――生徒からは「クラブハウス」と呼ばれている、本校舎から少し離れた位置にある建物の最上階にあたる三階にある。
クラブハウスはその名の通りレアードに存在するクラブやサークルなどの部室が集まる棟で、総生徒数300人を誇るこのレアードでは、見分を広めるためか部活に入る者が多く、それなりに部室も多い。
よってクラブハウスは本校舎とほぼ拮抗するくらいの大きさを誇っている。
その巨大なクラブハウスの三階に辿り着いたレンは、思わず茫然としていた。
「思っていたより大きい組織なんだな、生徒会というのは」
思わずそう呟いたのも無理はない。
学生パンフレットの学内案内図を見てここに辿り着いたレンは、この巨大なクラブハウスの三階の三分の二程度を生徒会という組織に関連する団体が占めていることを確認していたからだ。そしてその様を実際に目にして、こうして驚いているというわけである。
さらに驚く理由がもう一つ。
「これはノックでいいのだろうか?」
レンの目の前にあるのは、巨大な木製の両開き扉だ。まるで貴賓室のような豪華さのある扉だが、その頑丈さも貴賓室クラスかもしれないと思えるほど分厚い質感がある。
果たしてノックで中に音が届くのだろうかと疑問に思っていると、まるでタイミングを見計らったかのように扉が開いた。
「なにやら扉の外で立ち尽くす気配がするかと思えば、どうしたんだい?」
中からひょっこり顔を出したのは、やたらボーイッシュな顔の割にかわいらしい赤いリボンでおさげ髪を作っている女子生徒だった。
緑色の髪を揺らし、薄紅色の瞳でレンを見つめる彼女は、やがてレンの胸にあるネクタイに目をやる。
「赤色のネクタイ、ということは新入生かい? とりあえず用があるのなら入りなよ」
そう言って緑髪の女生徒はレンを生徒会室へと招き入れる。
特に断る理由もないどころか、彼女の言う通りここに用があったレンはそれに応じて生徒会室に足を踏み入れた。
招き入れられた生徒会室は、思っていたよりも狭く感じられた。その理由は部屋の壁にぎっしりと置かれた家具装飾類のせいだろう。
つまりは資料棚やら資料机やら、そういった類のものが生徒会室の大部分を占拠しているのだ。また、入口脇左側には来客用の小さなテーブルやソファが置かれており、部屋奥部には執務机が三つ、コの字を描くように存在している。それらも部屋を狭く感じさせる要因となっているのだろう。
その執務机の一角、生徒会室入口を入ると対面する形になる最奥部に、一人の男子生徒が座っていた。
「誰が訪ねてきたのかと思えば、新入生か」
一言で表せば、その男子生徒は威厳のある人間だった。
赤茶けた髪に橙の瞳、まだ若い印象が強いというにも関わらず、発せられる凄みは素人目にもわかるほどのものだろう。武に通ずるレンからすれば、それはより一層強く感じられる。
只者ではないと咄嗟に身構えられるほどだったが、ここが学園であるということを思い出し、かろうじてそれを抑える。
しかし相手にはそれを見抜かれたようで、赤茶髪の男子生徒はふっと軽い笑みを浮かべた。
「その反応、流石だというべきか。君が噂の新入生―――レンで間違いないな?」
「え、そうなの!?」
本人がイエスと答える前に大仰に驚いてみせたのは、隣にいた緑髪の女生徒だった。
「それならそうと早く言ってよ、ようこそレン君、我らが生徒会へ!! 私達はキミを大いに歓迎するよ!」
がっしと両手を勢いよく捕まれ、ものすごい笑顔で歓迎を受けるレン。
状況が飲み込めず混乱のままに「えーっと?」と男子生徒の方へ目をやると、彼はため息を一つ吐いた。
「ミィン、まだ彼がそうなると決まったわけではないし、そもそも話すらしていない。早まりすぎだ」
「おっとそうだったね、ごめんごめん久しぶりの有望株だからついね」
ミィンと呼ばれた女生徒はたははと笑って手を放す。
そのまま小走りにレンから離れると、生徒会室の奥にあった執務机の一角、レンから見て左側の傍で立ち止まった。
生徒会室に入ってからわずか数分でいろいろあったせいで状況把握が遅れたが、どうやら現在この部屋にはレンを含めて緑髪の女生徒と赤茶髪の男子生徒の三人の生徒しかいないらしい。
先程エイゼルに聞いた話から生徒会というのはそれなりの勢力を誇る組織だと予想していたレンからすれば、その本拠地である生徒会室にたった二人しかいないというのは完全に予想外の出来事だ。
とはいえ、いきなり大人数が待ち受ける場所に単身放り込まれるというのも困るので助かるといえば助かるのだが。
「改めて、ようこそ我らが生徒会へ。私はミィン―――ミィン ラクティア。生徒会風紀委員長をやっている者だ」
と名乗ったのは、緑髪の女生徒だ。
彼女は自分の机なのであろう執務机に浅く腰掛け、その机の上にあった「風紀委員長」と書かれた札を指差していた。どうやら、その机は彼女のものらしい。
「で、こっちにいるやたら威厳のあるのが―――」
「生徒会長のアークティス=パンツァーゲイルだ。以後見知りおきを願おうか、レン君」
「まぁちょっと長い名前だし、みんなは『アーク』って呼んでるからレン君もそう呼んじゃっていいよ」
確かに「アークティス」という名前は少々呼びづらいので、愛称があるのは非常に助かることだ。
当人であるアークもその愛称に納得しているらしく、さして気にしている様子もない。
「改めまして、今年度よりレアードに入学しました一年A組のレンです。よろしくお願いします、ミィン先輩、アーク先輩」
「うーん、なかなかに礼儀作法がよくできてるね。やっぱり貴族の出なのかな?」
レンのしっかりとした挙動を見て、ミィンが考察する。
礼儀作法は父から教わったもので、割とみっちりと身に沁み込んでいるので自然としっかりしてしまうのは仕方ないことなのだが、そこから探りを入れられるとレンとしては少し困ることになる。
「なんてね、ごめんごめん、キミの素性を探ろうというわけじゃないんだ。政争に利用されないようにとか、色々な理由でファミリーネームを伏せて入学する生徒はここレアードには多数いるしね。ただ一個人として気になってしまうのは仕方ないことさ」
「はぁ、そこはすみません、俺にも都合があるので」
「大丈夫、むしろ探るような真似をして悪かったね、キミが何者であろうと、私達が目をつけたのはそこではないからね」
「それはどういうことでしょう?」
「単刀直入に言おう。レン君、生徒会に入る気はないかい?」
ミィンからの突然の提案に、レンは当然首を傾げる。
「俺が生徒会に、ですか?」
「そうだとも、私達生徒会はぜひともキミという戦力が欲しいと考えているんだ」
と、言われたところで「では受けます」などと即答できるわけもない。
一般的に考えてもレンが返事をできるような状況ではないことは見て明らかだし、そもそもの問題が彼にはある。
「すみません、せっかくお誘いいただいているところ申し訳ないのですが、俺には生徒会という組織がどういったものなのかよくわかっていないんです」
「え、そうなのかい? うーん、エイゼル教官から世間知らずとは聞いていたが、問題はそこからだったか」
腕を組んだミィンは、アークと顔を見合わせる。そうして少しのアイコンタクトを交わすと、アークが頷いた。
「生徒会とは、有り体に言ってしまえば生徒による自治組織だ。レアードに存在する生徒に起こる問題、または生徒が起こす問題を改善、解決するのが主な目的だ」
「なるほど、その辺はエイゼル教官から聞いていた通りなんですね」
「ああ、そうだ。だが、キミも肌で感じているだろうがレアードは一筋縄ではいかない学園だ。世界各国の名門貴族や将来有望な若者が集うこの学園では、大きな問題が頻繁に起こる」
アークが言う通りそれは確かにレンも肌で感じ取っていた通りのことだった。
レンが解決してきた事件の中にはそれに抵触するようなものはなかったが、このレアード学園という場所は一歩間違えれば国際問題が起きかねない問題が起こり得る可能性を多分に含んだ場所だ。
たとえば、国籍の違う二人の貴族生徒が暴力沙汰を起こし、内一方が大怪我を負ってしまったなどという事件が起これば、当然貴族の親は黙っていない。それが国にとって有力な貴族であればあるほど、問題は大きく膨らむことだろう。それこそ、下手をすれば国家関係に罅を入れることになるかもしれない。
「そういった問題を起こさないため、問題を早期解決する、あるいは起こさせないように対策するのが我々の役目だ」
「なるほど、大体わかりました」
まだ完全に生徒会という組織を理解できたわけではないが、言葉通り大体のことは理解していた。
しかしそうなると、また新たに疑問が浮上する。
「しかし、なぜ俺を生徒会に勧誘するんでしょうか?」
「というと?」
「俺は今期の一年生の中では入学時総合成績が三位です。俺よりも優秀な新入生が二人もいるのに、俺が勧誘された理由がわかりません」
「ふむ、なるほど。キミの言い分はもっともだが、その答えはキミ自身も薄々感づいているのではないか?」
アークの言い分に、レンは押し黙る。それは肯定を意味していた。
その答えをレンの代わりに代弁したのはミィンだった。
「キミはこの島に来てから様々な事件を解決してきた。私達生徒会は、その問題解決能力を高く買っているんだ。だからこそ総合成績の順位に関係なくキミをスカウトしたというわけさ」
もっとも、一位と二位をスカウトしないのにはいろいろ理由があるんだけどね、とミィンは付け加える。
しかしその理由を今ここで語る気はないようで、とにかくレンのスカウトという本題に沿って話は進む。
「で、どうだろうか。生徒会に入ってみる気はないかい?」
と問いかけられたところで、レンにとってはまだ答えを出せる段階ではない。
とにかく話が急すぎる。まだ生徒会という組織に対して明確なイメージを持っているわけでもないし、具体的にどういう活動をするのかも不明だ。興味がないといえば嘘になるが、レンにもこの学園にやってきた目的というものがある。生徒会の活動内容がその目的の妨げになる可能性がある以上、容易に首を縦に振ることはできない。
「すみません、せっかくのお誘いですが、この話の返事は保留させていただけないでしょうか?」
そんな状態でできる返事といえば、これくらいしかないだろう。
生徒会側の二人もある程度は予測していたのか、仕方ないといったような表情を浮かべている。
「わかった、それではこの件は保留ということにしておこう」
「うーん、やっぱりこの場でいい返事はもらえないかぁ。アーク、激務の日々はまだまだ続きそうだねぇ」
「仕方ないだろう、それに、彼が確実に生徒会に入ってくれるという保証もないんだ。現体制で問題に対処する可能性も視野に入れておくべきだろう」
「下手をすれば無茶振りになるんだけどね、それ。まぁ、アークの無茶に付き合わされるのはいつものことかぁ」
とほほ、と項垂れるミィン。
話を聞いていたレンは、現生徒会の大体の事情を察した。
要するに、人手不足らしい。
「あの、生徒会というのはそんなに人手が足りないのでしょうか?」
「まぁね。ほら、いま生徒会室にいるのは私達だけだろう? 生徒会役員は各委員を合わせて40名程度いるんだが、全員が生徒会の仕事で外出しているのさ」
「全員、ですか」
「生徒会はいつも忙しいんだけど、今年度は特に忙しくてね、特にキミ達が入学してから何故かこの島で起きる事件の数が急に増えたんだ。予想はできると思うけど、キミが解決してきた事件もその一部ってわけだね」
事件というと、レンが関わったのは五件。
確かにおかしいと思っていた。いかにリンクライン島が六大陸の中央に位置する、世界的に重要な土地だとしても、一介の生徒であるレンが何度も事件に巻き込まれるのは異常だ。
それも単純に分母の数が多かったというのであればある程度説明がつく。もっとも、レンの場合はある程度の運(あるいは不運)と自発的に事件に関わっていたという理由もあるわけだが。
「特に今は厄介な事件に関わっていてね、どうしても警備の人手を増やさないといけないんだよ」
「厄介な事件、ですか」
しまった、とミィンが苦い顔をする。明らかに口を滑らせたといった風だ。
しかし、次の瞬間にはふと逡巡するように顎に手を当てる。
「ねぇアーク、あの件、レン君には教えておいた方がいいんじゃないかな」
「ふむ、確かにそうだな、彼ならあるいは巻き込まれてもおかしくはない」
「? なにかあったんですか?」
レンがそう問うと、ミィンは真剣な顔をした。